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魔王のお願い②

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「おい、君!大丈夫か?」

 低くて心地いい声が聞こえる。

「くそ!おい、治療ができるものを連れて来い!今すぐに!寝てたら叩き起こせ!」

 体が冷たくて震えてしまう。なのに、胸の辺りだけは燃えるように熱い。

「治療できるやつはできるだけ女型にしろ。怪我をしているのは人間の女の子なんだ!」

 大きな声で指示を出している人がいる。周りではバタバタと多くの人が走り回っている音がする。一体何が起こっているのか確認したいけれど、体に全く力が入らない。目を開けたいのに、まぶたは言うことを聞いてくれない。

「必ず助けるから大丈夫だ。君は死なない。こんなところで死んじゃダメだ。異世界から来たんだろう?この世界のように危険と隣り合わせじゃない平和な世界から。元気になって戻るんだ!」

 低い声がずっと私のことを励ましてくれる。でも眠い。眠ってしまいたいのだ。

 大好きな御門君はもういない。死んでしまった。この世界と女神とサキラさんによって殺されたのだ。この危険な世界に私はひとりぼっちだ。


 元の世界に戻す?そちらで幸せになれる?

 ふざけるな。

 何も知らないくせに。

 両親なんてもう何年も前に家から出て行った。もともと仕事人間だった2人は、私がまだ小さい時はかろうじて家に帰ってきてくれたものの、中学生になり自分で家事が一通りできるようになると、使いきれないほどのお金を振り込むだけで家に一切寄り付かなくなった。

 そして、いつのまにか離婚した2人はそれぞれ別の人と再婚している。一応母親側に引き取られたものの一緒に暮らすことは私自身が拒否した。会ったこともない男の人を父親なんて呼びたくない。母親も私が一人暮らしを続ける旨を伝えると分かりやすくホッとしていた。


 御門君に依存していたのは分かっている。自分に家族がいないから、御門君にだけは嫌われたくなくて尽くしすぎていたことも。

 でもじゃあどうすれば良かった?家族の愛も優しさも何も知らない自分は、幸せになれないのか?大好きな人ができても、最後には去っていくような人生なら、もう生きていたくなんてない。

「そんなこというな!まだ若いんだろう!好きな人だってすぐにできる!あんな男よりもずっと誠実で優しくてかっこよくて強い男が君を幸せにしてくれる!」

 口ではなんとでも言えるんだ。親からも愛されないような私を選んでくれる男なんて元の世界はおろか、こちらの世界でもいるはずなどないのだから。

「っ!いるって言ってるだろ!なら僕がなってやる。君を心から愛して可愛がって、世界一幸せな女の子にしてやる!だから死ぬな!!!」

 その台詞にふふっと笑いが漏れる。そうか。世界一幸せな女の子にしてくれるのか。

「…なら、頑張ろうかなぁ。」

 その言葉を吐くと同時にまた意識が遠のいていったのだった。
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