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御門君と聖女と私①

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「今日はこちらの世界に来たばっかりだし、ゆっくりしましょう!部屋を用意してるわ!」

 私たちの微妙な雰囲気を察したのか、女神がそう提案してきた。そして、尻餅をついたままの私に手を差し出してくれる。

「大丈夫?つかまって。」

 本当は御門君の手につかまりたかった。しかし、彼はサキラさんに夢中だ。サキラさんの手を握りながらにこやかに何かを話しかけている。

「ほら、つかまって。」

 御門君たちから目を離せない私を見てため息をついた女神は、私の手を無理やり引っ張って立ち上がらせた。

「あ、ありがとうございます…。」

「どういたしまして。さぁ、行くわよ。」

 女神に手を引かれながらサキラさんと御門君の後ろをついて行く。御門君はまったくこちらを向いてくれない。そばに行きたい。抱きつきたいのに、怖くてできない。

 また怒鳴られたらどうしよう。愛する人からの怒りが怖くて怖くてたまらないのだ。

 あちらの世界にいた時のことを思い出す。受け答えは確かに必要最低限。デートも月に一回。連絡も私が10回送って1回帰って来ればいい方だった。

 けれど、たまに向けてくれる優しい目線が。
「危ないからあんまりはしゃぐな」と言って歩道で道路側を歩いてくれるさりげない気遣いが。
 「これ、欲しがってただろ?」と言って手渡してくれた小さなキーホルダーが。


 私を彼にとって特別な女の子なんだと思わせてくれた。

 付き合い始めたのは中学1年の時から。大好きな彼の隣にいたくて、努力した。そして、やっと彼の隣にふさわしい自分になれてきたと思っていた。

 しかしその席はあっという間に別の女性に奪われてしまった。

「…だから言ったでしょ?後悔するって。」

「あ…。」

 女神が静かな声で呟くように言った。

「説明不足で悪かったとは思うけど。あなたしつこいし怖かったから。実際に見せた方が早いと思ったの。見たら分かるでしょ?御門君はもうあなたのことは…。」

「やめて!!!!!!!」

 女神の言葉を自分の大声で遮った。それ以上は聞きたくなかった。現実を受け入れたくなかった。


「うるさいぞ、亜月。少しは大人しくできないのか?」

「御門君…。」

 彼の冷たい視線に晒されたくなかったのに。


「…御門、行きましょう。今後の旅のことで同行する方々を紹介したいわ。アヅ、あなたはお部屋で休んでおくといいわ。転移は普通の人間にとってはかなりの負担なの。女神様、アヅさんをお願いしても?」

「えぇ、いいわ。」

「…亜月、大人しくしとけ。」

 御門君の言葉に返事ができずに黙ったままでいると、御門君の呆れたようなため息が聞こえてくる。

「女神よ、申し訳ないがそいつをお願いしてもいいか?迷惑をかけると思うが。」

「もちろんよ。あなたたちは旅の仲間たちと親睦を深めてきてちょうだーい!」

「では行こうか、サキラ。」

「えぇ。」

 二人手を取り合って去って行く。

「御門君の馬鹿…!」

 私は小さく悪口を言うことしかできなかった。
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