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復讐編③
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復讐編③
ウラノスside
「流石ウラノス様!素晴らしい魔術でございます!」
「僕にすり寄ったって意味ないよ~。そんなことしてる暇あるんだったら、魔術の研鑽に努めた方がいいんじゃないかなぁ~?
「くっ!いやはや、鋭いご指摘で!では私はこれで!」
己の富を肥やすことだけしか考えていない老害が、ヘラヘラと笑いながら足速に去っていく。それを無言で見送った後、自分もスタスタと歩き出した。
国の魔術防衛の要であるリングイン魔術師団。ウラノスの父親はその師団長を務めている。その息子として、自分は幼い頃、優秀な魔術師になることを期待されていた。そして、それに見合う努力もしていた。自分は戦闘センスと恵まれた体躯を持っていたメルギーと違い、魔術の才能は何も持っていなかった。そして、その代わりに自分の姉であるアセラが父親の類い稀なる才能を受け継いでいた。
「おや、ウラノスじゃないか?こんなところでどうした?何かあったのか?体調でも悪いのか?また熱を出したんじゃないのか?」
そんな事を考えていると、向こうからその張本人が現れた。魔力の強さを物語る黒い髪を短く切り、特級魔術師の証である漆黒のローブを来た双子の姉、アセラは心配そうな顔でウラノスの顔を覗き込んで、自分の額に手を伸ばしてくる。それを苛立たしげに叩き落とした。
「勝手に触らないでくれるかな?不愉快なんだよね、あんたに触られるの。」
「ウラノス…まだそんな事を言ってるのか?そんな考えは良くないとお姉ちゃんは何度も!」
「誰がお姉ちゃんだよ、気持ち悪い。お前なんか僕の姉貴じゃない。」
「ウラノス…。」
アセラの瞳が潤む。しかしそれを見ても可哀想だなんて少しも思わない。こいつのせいで自分の人生はめちゃくちゃになった。こいつさえいなければ僕は幸せになれたのだ。
双子として生を受けたアセラと自分。小さい頃は平等に父と母に愛されて育った。しかし、全てが変わったのは10歳の時。魔術研究で有名なモリア家の書物を狙った盗賊に屋敷が襲われた。両親が城でのパーティーで出払っている夜を狙って侵入してきた男たちは、自分とアセラが眠る寝室にもやってきた。
「お前ら、僕が相手だ!」
自分が応戦しようとした。最近覚えた火炎魔法を使って倒してやろうとしていたのだ。恐れなど全くなかった。自分の方が強いのだから。なによりも自分よりも弱い姉を守らなくてはならない。
「危ない、ウラノス!」
「えっ!?」
それなのに、自分の前にアセラが躍り出てきた。
「あうっ!」
「アセラ!」
「ぐぅっ!!!!消えろ!」
盗賊の剣がアセラの右目をかすった。目から夥しい血を流しながら、アセラが右手を盗賊たちに向ける。すると、盗賊たちが立っている空間がぐにゃりと歪み、その姿が掻き消えてしまった。
「えっ、な、何?」
「大丈夫か、ウラノス?怪我はないか?」
「ぼ、僕はなんとも。それよりアセラが!」
「こんな怪我大丈夫だ!ウラノスが無事で良かった!」
「アセラ!ウラノス!」
そうこうしているうちに、報告を受けて帰ってきたのか、父と母が部屋に飛び込んでくる。そして右目を怪我しているアセラを見て、2人ともアセラに駆け寄り抱きしめた。そして、ウラノスをキッと睨みつける。
「あなたは男の子なのに、何をしてたの!アセラを怪我させるなんて!アセラは女の子なのに!将来嫁の貰い手が無くなってしまったじゃない!こんな傷があれば貴族社会では生きていけないわ!」
「ぼ、僕は!」
「父さん、母さん、問題ないです。私は誰かに嫁いだりするつもりはありません。私はこの家を継いで、そして魔術師団の師団長になります。」
「何を!」
母が悲鳴をあげると、父がそれを制する。
「アセラ、先程使ったのは時空魔法だな?…師団に属する魔術師でも使えるものは少ない。どこで学んだ?」
「自分で練習しました。」
「…そうか。そうであるならば、お前を後継者に指名しよう。行くぞアセラ。まずは傷の治療だ。」
「はい、父さん。」
「ま、待ってください、父上!この家は僕が!」
両親にずっと言われてきた。この家はウラノスが継ぐのだと。そのために血反吐を吐くような勉強と魔術の練習をしてきてのだ。のびのびと外で遊び、友達と街に行き、ぐっすりと眠る姉と違い。それなのに、こんな事で覆るのか。そんなことあっていいはずがない。
「父上!僕も時空魔法ぐらいすぐに覚えます!アセラができたんだ、僕にだって。」
「もう10歳だ。10歳になるのに、まだ火炎魔法などを練習しているお前は凡人だ。一流にはなれない。お前には魔術の才能はない。今日までご苦労だったな。今後は好きにしろ。」
「ちち…う…え?」
「さぁ、行くわよ。アセラ、あなた。…ウラノス、あなたも無事で良かったわ。」
母が取ってつけたような台詞を吐いた後、父とアセラを連れて部屋を出る。アセラが何か言いたげにこちらを見ていたが、結局何も言わずにともに部屋から出て行った。
「ははっ!ははははははははは!」
笑いが止まらない。これが努力した結果か。努力などしても意味などないではないか。
その事件以降、ウラノスは努力する事をやめた。どれだけ努力したって、アセラには敵わないのだから。その後調べたが、時空魔法はとんでもない難易度の魔法で、才能があるものしか会得できないとのことだった。なら才能がない自分には無理だ。
努力をやめても、自分はモリア家の長男。アセラには敵わずともそれなりの魔術が使える自分には魔術師団でもそれなりの地位が約束されていた。あの事件以来、父が自分に話しかけることはなくなった。母も自分が口走った言葉が気まずいのか、あまり顔を合わせることもない。アセラだけは、今まで以上に積極的に話しかけてくるようになった。
やれ火炎魔法を教えてほしいだの、新しい魔法を覚えたいから練習に付き合ってほしいだの、新しい魔法理論について論文を書いたから見てほしいだの。
同情だったんだろう。物心ついた時から厳しい教育と魔法の練習が課せられていたというのに、あっという間に全てを失った自分への。
全てめんどくさくなって。なんでもヘラヘラと笑ってかわすようになった。親にも周囲の人間にも、そしてアセラにも。そんな自分を見て、みんなホッとしたような顔をしていた。そうアセラ以外は。
アセラだけが「笑いたくもないのに笑うな」と言ってきた。誰のせいでこうなったと思ってると罵りたかった。でもしなかった。お前に才能がなかったからだと正論をつきつけられたくなかったから。
「それじゃあ僕はこれで。」
泣きそうな顔をしている姉を置いてその場を立ち去ろうとする。
「あ、待て!ウラノス!」
「ん?どうした、アセラ?…なんだウラノスか。」
「っ!」
今日はなんてついてないんだ。アセラとは真逆の方へと歩き出したが、その道の先には父であるウィングアートがいた。姉と同じ黒い髪と瞳。眼鏡の奥の鋭い眼光が自分をとらえる。ビクッと身体が震えてしまった。
「こんなところで何をしている?」
「…来年から魔術師団に配属になるので、その調整に。」
「ほぉ、お前のような凡人でも魔術師団に入れるようになったとは知らなかった。」
「っ父さん!!!」
父の言葉が心臓に突き刺さる。アセラが父とウラノスの間に割って入ってきた。
「どうしてそんな事を!ウラノスは努力している!それをどうして評価しないんだ!」
「努力せねばならないような平凡な人間などモリアには必要ないのだ。お前には分かるはずだ、アセラ。もうそいつに構うのはよせ。いくら双子といえども、もう立場が違うのだ。お前は将来、この国の魔術師を率いていく存在。こいつは頑張って幹部クラスだ。モリア家の面汚しめ。」
「父さん!!!!!!」
分かっていた。小さい頃から。努力して魔法を会得しても、父は一度たりとも満足そうな顔をすることはなかった。その程度かとでも言いたげにため息をついた後「励め」とだけ言って部屋を出て行っていた。最初から自分は期待などされていなかったのだ。
「…もう行ってもいいですか?」
「逃げるか。それだからお前は駄目なのだ。魔法でやり返すぐらいのことかできないのか?俺の息子とは思えぬ体たらく。やはりモリア家の子供はアセラだけだ。」
「っぅ!!!」
(泣くな泣くな泣くな泣くな)
溢れそうになる涙を必死に堪える。周りには魔術師団に属する魔術師たちがいる。そいつらに涙だけは見せたくなかった。ただひたすらに惨めだった。
(あぁ、あの女もこんな気持ちだったのかな。)
思い出すのは先日、学校を退学処分となったエールカ・モキュルのこと。庶民の出で、とんでもない妄言を吐き、学校中の生徒に嫌われた女だった。
自分も嫌いだった。努力し続ける姿が目障りだったのだ。周りに馬鹿にされても、虐められても、ひたすらに図書館に通っていた。結局、退学になるまで、学年トップの成績を明け渡すことはなかった女だ。
努力など続けても意味がない。どうせ才能があるものにすぐに抜かれてしまうのだから。自分は努力など無駄だと分かっている。
一度だけ声をかけたことがある。「そんなに勉強したって元から頭の良い奴が勉強したら敵わない。無駄な努力はやめろ」と。
しかし、彼女はにっこり笑っていった。
「それでも努力します。たとえ他人に無駄だと思われたってやるんです。馬鹿にされたって続けていれば小さくても花が咲くものなんです」
馬鹿らしいと一蹴してその場を去った。でも今、その言葉が頭をよぎる。
(あの時、諦めずに努力し続ければ今、何かが変わっていたんだろうか。悪い事をしたな、エールカ。)
魔法を磨き続けていれば、父に1発魔法をお見舞いするぐらいの気概はあったのだろうか。
「もう遅いけどね。」
「そんなことない。努力はいつからだってできるものだ。」
「ぎゃあああ!」
自分の独り言に答える者がいた。それと同時に目の前にいる父親の髪が赤く燃え上がる。声がした方向を向くと、そこにいたのは漆黒だった。
「エールカを虐めていたのを反省したのは褒めてやろう。反省した者を許せとエールカが言ってたから許してやる。特別だぞ。」
父よりもアセラよりもずっとずっと深い黒。とんでもない魔力量の証拠だ。そして彫刻のように整ったその容姿。
「え、あなたは?」
「俺のことなどどうでもいい。本当はお前を殺しに来たんだがな。反省してしまったからすることがなくなってしまった。しょうがないからいけ好かない男の髪を燃やした。」
「か、髪を?」
「あぁ。あの程度の魔力量で偉そうにしていたのが気に入らなくてな。」
「あ、あの程度!?父はこの国1番の魔力量で、魔法師団団長を務めているんだぞ!」
「あの程度でか?つまらんな。それに会得している魔法も少なすぎる。これで団長とはこの国の魔術の程度がしれるな。」
「き、貴様!!!」
漆黒の男と話していると、父が間に入ってくる。その髪は燃えてチリチリになってしまっている。
「私が誰だか分かってるのか!良くもこんな事を!」
「防御魔法が弱すぎるんだ。髪の毛一つ守れなくてどうする?」
「だ、黙れ!貴様一体何者だ!」
「お前にわざわざ名乗る必要性があるとは思えない。」
「なんだと!!魔法師団のトップであるわたしにふざけた真似を!ってぐわぁ!!」
「うるさい。全部燃やすぞ?」
「や、やめろ!消せ!消せと言っている!」
漆黒の男がパチンと指を鳴らすと、せっかく消えていた父の頭から火柱が上がる。また父が大きな悲鳴をあげて地面をのたうち回る。
「っぷ!っはっはっはっは!!!」
その情けない姿に、ウラノスはとうとう笑いが堪えられなくなった。腹の底から笑いが込み上げてくる。目尻に涙が浮かぶほど爆笑してしまう。すると別の笑い声が聞こえてきた。自分よりも幾分か高い声。アセラの声だ。
「あはははっ!な、情けない!団長ともあろう男がこんな、情けない姿を!あっはっは!」
「笑ってないで助けろ!!!」
「嫌だ!もうあなたのいう事を聞くのはまっぴらだ!」
アセラが笑いながらウラノスに歩み寄ってくる。
「すまない。すまなかった、ウラノス。決してお前の立場を奪おうと思っていた訳ではなかった。…この国の魔法師団は腐っている。魔法の研鑽を理由に諸外国から奴隷を集めて非合法な研究を繰り返している。その筆頭が魔法師団団長だ。」
「そんな、はずは!」
「すまない。いえなかった。父上の禁術魔法でそれを口にすることを禁止されていたんだ。でもこの人の魔法のおかげでそれが解かれた。礼を言いたい。」
「構わない。お前ら程度の魔術師など、俺にとって羽虫に過ぎん。」
「羽虫か…。」
ハハッとアセラが笑う。
「ウラノス。私は他国に亡命するつもりだ。この国よりもずっと魔法技術が進んでいる国に渡をつけてある。一緒に行こう。こんな国にいれば、お前も私もダメになる!」
「アセラ…。」
アセラの言葉が嘘だとは思えない。でも踏ん切りがつかないのだ。アセラは魔法の才能があるから重宝されるだろう。でも自分はどうだ。才能もなく努力もしてこなかった自分は。
「だから努力に遅すぎることなどないと言っているだろう。それにその娘も、他の国の魔術師に比べればまだまだだ。」
「心を読まないでください…。」
「心の防衛術も学んでこい。お前らレベルの凡人は努力し続けろ。才能なんてものは俺レベルのものを持ってから言うんだな。」
男が片手を振るうと、空間が歪む。歪んだ空間の向こうには、見たこともない街並みが広がっていた。
「まさか、転移魔法?」
アセラが驚愕の表情で固まっている。確か転移魔法は遥か昔に失われた古代魔法のはずだ。
「これぐらいできてから才能だのなんだの言うんだな。学べ、凡人ども。これは餞別だ。亡命国まで繋げてやった。」
「…行こう、ウラノス。これからは2人で魔法を学び続けよう!」
アセラがウラノスの手を引いて駆け出す。
「っ!エールカに悪かったと伝えてくれ!」
後ろを振り返ってウラノスが言う。漆黒の漢は無表情のまま、ヒラヒラと手を振ってくれた。
ウラノスside
「流石ウラノス様!素晴らしい魔術でございます!」
「僕にすり寄ったって意味ないよ~。そんなことしてる暇あるんだったら、魔術の研鑽に努めた方がいいんじゃないかなぁ~?
「くっ!いやはや、鋭いご指摘で!では私はこれで!」
己の富を肥やすことだけしか考えていない老害が、ヘラヘラと笑いながら足速に去っていく。それを無言で見送った後、自分もスタスタと歩き出した。
国の魔術防衛の要であるリングイン魔術師団。ウラノスの父親はその師団長を務めている。その息子として、自分は幼い頃、優秀な魔術師になることを期待されていた。そして、それに見合う努力もしていた。自分は戦闘センスと恵まれた体躯を持っていたメルギーと違い、魔術の才能は何も持っていなかった。そして、その代わりに自分の姉であるアセラが父親の類い稀なる才能を受け継いでいた。
「おや、ウラノスじゃないか?こんなところでどうした?何かあったのか?体調でも悪いのか?また熱を出したんじゃないのか?」
そんな事を考えていると、向こうからその張本人が現れた。魔力の強さを物語る黒い髪を短く切り、特級魔術師の証である漆黒のローブを来た双子の姉、アセラは心配そうな顔でウラノスの顔を覗き込んで、自分の額に手を伸ばしてくる。それを苛立たしげに叩き落とした。
「勝手に触らないでくれるかな?不愉快なんだよね、あんたに触られるの。」
「ウラノス…まだそんな事を言ってるのか?そんな考えは良くないとお姉ちゃんは何度も!」
「誰がお姉ちゃんだよ、気持ち悪い。お前なんか僕の姉貴じゃない。」
「ウラノス…。」
アセラの瞳が潤む。しかしそれを見ても可哀想だなんて少しも思わない。こいつのせいで自分の人生はめちゃくちゃになった。こいつさえいなければ僕は幸せになれたのだ。
双子として生を受けたアセラと自分。小さい頃は平等に父と母に愛されて育った。しかし、全てが変わったのは10歳の時。魔術研究で有名なモリア家の書物を狙った盗賊に屋敷が襲われた。両親が城でのパーティーで出払っている夜を狙って侵入してきた男たちは、自分とアセラが眠る寝室にもやってきた。
「お前ら、僕が相手だ!」
自分が応戦しようとした。最近覚えた火炎魔法を使って倒してやろうとしていたのだ。恐れなど全くなかった。自分の方が強いのだから。なによりも自分よりも弱い姉を守らなくてはならない。
「危ない、ウラノス!」
「えっ!?」
それなのに、自分の前にアセラが躍り出てきた。
「あうっ!」
「アセラ!」
「ぐぅっ!!!!消えろ!」
盗賊の剣がアセラの右目をかすった。目から夥しい血を流しながら、アセラが右手を盗賊たちに向ける。すると、盗賊たちが立っている空間がぐにゃりと歪み、その姿が掻き消えてしまった。
「えっ、な、何?」
「大丈夫か、ウラノス?怪我はないか?」
「ぼ、僕はなんとも。それよりアセラが!」
「こんな怪我大丈夫だ!ウラノスが無事で良かった!」
「アセラ!ウラノス!」
そうこうしているうちに、報告を受けて帰ってきたのか、父と母が部屋に飛び込んでくる。そして右目を怪我しているアセラを見て、2人ともアセラに駆け寄り抱きしめた。そして、ウラノスをキッと睨みつける。
「あなたは男の子なのに、何をしてたの!アセラを怪我させるなんて!アセラは女の子なのに!将来嫁の貰い手が無くなってしまったじゃない!こんな傷があれば貴族社会では生きていけないわ!」
「ぼ、僕は!」
「父さん、母さん、問題ないです。私は誰かに嫁いだりするつもりはありません。私はこの家を継いで、そして魔術師団の師団長になります。」
「何を!」
母が悲鳴をあげると、父がそれを制する。
「アセラ、先程使ったのは時空魔法だな?…師団に属する魔術師でも使えるものは少ない。どこで学んだ?」
「自分で練習しました。」
「…そうか。そうであるならば、お前を後継者に指名しよう。行くぞアセラ。まずは傷の治療だ。」
「はい、父さん。」
「ま、待ってください、父上!この家は僕が!」
両親にずっと言われてきた。この家はウラノスが継ぐのだと。そのために血反吐を吐くような勉強と魔術の練習をしてきてのだ。のびのびと外で遊び、友達と街に行き、ぐっすりと眠る姉と違い。それなのに、こんな事で覆るのか。そんなことあっていいはずがない。
「父上!僕も時空魔法ぐらいすぐに覚えます!アセラができたんだ、僕にだって。」
「もう10歳だ。10歳になるのに、まだ火炎魔法などを練習しているお前は凡人だ。一流にはなれない。お前には魔術の才能はない。今日までご苦労だったな。今後は好きにしろ。」
「ちち…う…え?」
「さぁ、行くわよ。アセラ、あなた。…ウラノス、あなたも無事で良かったわ。」
母が取ってつけたような台詞を吐いた後、父とアセラを連れて部屋を出る。アセラが何か言いたげにこちらを見ていたが、結局何も言わずにともに部屋から出て行った。
「ははっ!ははははははははは!」
笑いが止まらない。これが努力した結果か。努力などしても意味などないではないか。
その事件以降、ウラノスは努力する事をやめた。どれだけ努力したって、アセラには敵わないのだから。その後調べたが、時空魔法はとんでもない難易度の魔法で、才能があるものしか会得できないとのことだった。なら才能がない自分には無理だ。
努力をやめても、自分はモリア家の長男。アセラには敵わずともそれなりの魔術が使える自分には魔術師団でもそれなりの地位が約束されていた。あの事件以来、父が自分に話しかけることはなくなった。母も自分が口走った言葉が気まずいのか、あまり顔を合わせることもない。アセラだけは、今まで以上に積極的に話しかけてくるようになった。
やれ火炎魔法を教えてほしいだの、新しい魔法を覚えたいから練習に付き合ってほしいだの、新しい魔法理論について論文を書いたから見てほしいだの。
同情だったんだろう。物心ついた時から厳しい教育と魔法の練習が課せられていたというのに、あっという間に全てを失った自分への。
全てめんどくさくなって。なんでもヘラヘラと笑ってかわすようになった。親にも周囲の人間にも、そしてアセラにも。そんな自分を見て、みんなホッとしたような顔をしていた。そうアセラ以外は。
アセラだけが「笑いたくもないのに笑うな」と言ってきた。誰のせいでこうなったと思ってると罵りたかった。でもしなかった。お前に才能がなかったからだと正論をつきつけられたくなかったから。
「それじゃあ僕はこれで。」
泣きそうな顔をしている姉を置いてその場を立ち去ろうとする。
「あ、待て!ウラノス!」
「ん?どうした、アセラ?…なんだウラノスか。」
「っ!」
今日はなんてついてないんだ。アセラとは真逆の方へと歩き出したが、その道の先には父であるウィングアートがいた。姉と同じ黒い髪と瞳。眼鏡の奥の鋭い眼光が自分をとらえる。ビクッと身体が震えてしまった。
「こんなところで何をしている?」
「…来年から魔術師団に配属になるので、その調整に。」
「ほぉ、お前のような凡人でも魔術師団に入れるようになったとは知らなかった。」
「っ父さん!!!」
父の言葉が心臓に突き刺さる。アセラが父とウラノスの間に割って入ってきた。
「どうしてそんな事を!ウラノスは努力している!それをどうして評価しないんだ!」
「努力せねばならないような平凡な人間などモリアには必要ないのだ。お前には分かるはずだ、アセラ。もうそいつに構うのはよせ。いくら双子といえども、もう立場が違うのだ。お前は将来、この国の魔術師を率いていく存在。こいつは頑張って幹部クラスだ。モリア家の面汚しめ。」
「父さん!!!!!!」
分かっていた。小さい頃から。努力して魔法を会得しても、父は一度たりとも満足そうな顔をすることはなかった。その程度かとでも言いたげにため息をついた後「励め」とだけ言って部屋を出て行っていた。最初から自分は期待などされていなかったのだ。
「…もう行ってもいいですか?」
「逃げるか。それだからお前は駄目なのだ。魔法でやり返すぐらいのことかできないのか?俺の息子とは思えぬ体たらく。やはりモリア家の子供はアセラだけだ。」
「っぅ!!!」
(泣くな泣くな泣くな泣くな)
溢れそうになる涙を必死に堪える。周りには魔術師団に属する魔術師たちがいる。そいつらに涙だけは見せたくなかった。ただひたすらに惨めだった。
(あぁ、あの女もこんな気持ちだったのかな。)
思い出すのは先日、学校を退学処分となったエールカ・モキュルのこと。庶民の出で、とんでもない妄言を吐き、学校中の生徒に嫌われた女だった。
自分も嫌いだった。努力し続ける姿が目障りだったのだ。周りに馬鹿にされても、虐められても、ひたすらに図書館に通っていた。結局、退学になるまで、学年トップの成績を明け渡すことはなかった女だ。
努力など続けても意味がない。どうせ才能があるものにすぐに抜かれてしまうのだから。自分は努力など無駄だと分かっている。
一度だけ声をかけたことがある。「そんなに勉強したって元から頭の良い奴が勉強したら敵わない。無駄な努力はやめろ」と。
しかし、彼女はにっこり笑っていった。
「それでも努力します。たとえ他人に無駄だと思われたってやるんです。馬鹿にされたって続けていれば小さくても花が咲くものなんです」
馬鹿らしいと一蹴してその場を去った。でも今、その言葉が頭をよぎる。
(あの時、諦めずに努力し続ければ今、何かが変わっていたんだろうか。悪い事をしたな、エールカ。)
魔法を磨き続けていれば、父に1発魔法をお見舞いするぐらいの気概はあったのだろうか。
「もう遅いけどね。」
「そんなことない。努力はいつからだってできるものだ。」
「ぎゃあああ!」
自分の独り言に答える者がいた。それと同時に目の前にいる父親の髪が赤く燃え上がる。声がした方向を向くと、そこにいたのは漆黒だった。
「エールカを虐めていたのを反省したのは褒めてやろう。反省した者を許せとエールカが言ってたから許してやる。特別だぞ。」
父よりもアセラよりもずっとずっと深い黒。とんでもない魔力量の証拠だ。そして彫刻のように整ったその容姿。
「え、あなたは?」
「俺のことなどどうでもいい。本当はお前を殺しに来たんだがな。反省してしまったからすることがなくなってしまった。しょうがないからいけ好かない男の髪を燃やした。」
「か、髪を?」
「あぁ。あの程度の魔力量で偉そうにしていたのが気に入らなくてな。」
「あ、あの程度!?父はこの国1番の魔力量で、魔法師団団長を務めているんだぞ!」
「あの程度でか?つまらんな。それに会得している魔法も少なすぎる。これで団長とはこの国の魔術の程度がしれるな。」
「き、貴様!!!」
漆黒の男と話していると、父が間に入ってくる。その髪は燃えてチリチリになってしまっている。
「私が誰だか分かってるのか!良くもこんな事を!」
「防御魔法が弱すぎるんだ。髪の毛一つ守れなくてどうする?」
「だ、黙れ!貴様一体何者だ!」
「お前にわざわざ名乗る必要性があるとは思えない。」
「なんだと!!魔法師団のトップであるわたしにふざけた真似を!ってぐわぁ!!」
「うるさい。全部燃やすぞ?」
「や、やめろ!消せ!消せと言っている!」
漆黒の男がパチンと指を鳴らすと、せっかく消えていた父の頭から火柱が上がる。また父が大きな悲鳴をあげて地面をのたうち回る。
「っぷ!っはっはっはっは!!!」
その情けない姿に、ウラノスはとうとう笑いが堪えられなくなった。腹の底から笑いが込み上げてくる。目尻に涙が浮かぶほど爆笑してしまう。すると別の笑い声が聞こえてきた。自分よりも幾分か高い声。アセラの声だ。
「あはははっ!な、情けない!団長ともあろう男がこんな、情けない姿を!あっはっは!」
「笑ってないで助けろ!!!」
「嫌だ!もうあなたのいう事を聞くのはまっぴらだ!」
アセラが笑いながらウラノスに歩み寄ってくる。
「すまない。すまなかった、ウラノス。決してお前の立場を奪おうと思っていた訳ではなかった。…この国の魔法師団は腐っている。魔法の研鑽を理由に諸外国から奴隷を集めて非合法な研究を繰り返している。その筆頭が魔法師団団長だ。」
「そんな、はずは!」
「すまない。いえなかった。父上の禁術魔法でそれを口にすることを禁止されていたんだ。でもこの人の魔法のおかげでそれが解かれた。礼を言いたい。」
「構わない。お前ら程度の魔術師など、俺にとって羽虫に過ぎん。」
「羽虫か…。」
ハハッとアセラが笑う。
「ウラノス。私は他国に亡命するつもりだ。この国よりもずっと魔法技術が進んでいる国に渡をつけてある。一緒に行こう。こんな国にいれば、お前も私もダメになる!」
「アセラ…。」
アセラの言葉が嘘だとは思えない。でも踏ん切りがつかないのだ。アセラは魔法の才能があるから重宝されるだろう。でも自分はどうだ。才能もなく努力もしてこなかった自分は。
「だから努力に遅すぎることなどないと言っているだろう。それにその娘も、他の国の魔術師に比べればまだまだだ。」
「心を読まないでください…。」
「心の防衛術も学んでこい。お前らレベルの凡人は努力し続けろ。才能なんてものは俺レベルのものを持ってから言うんだな。」
男が片手を振るうと、空間が歪む。歪んだ空間の向こうには、見たこともない街並みが広がっていた。
「まさか、転移魔法?」
アセラが驚愕の表情で固まっている。確か転移魔法は遥か昔に失われた古代魔法のはずだ。
「これぐらいできてから才能だのなんだの言うんだな。学べ、凡人ども。これは餞別だ。亡命国まで繋げてやった。」
「…行こう、ウラノス。これからは2人で魔法を学び続けよう!」
アセラがウラノスの手を引いて駆け出す。
「っ!エールカに悪かったと伝えてくれ!」
後ろを振り返ってウラノスが言う。漆黒の漢は無表情のまま、ヒラヒラと手を振ってくれた。
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