上 下
65 / 92
マゴテリアへ

第29話

しおりを挟む
「どうしてアリアネスを置いていった、ファニアぁ!!」

「っ落ち着いてください、騎士団長!」

 ロヴェルとファニアの力によって、オルドネアの領土内の森に転移したラシードは激高していた。今にもファニアに殴りかかりそうになるのをアルフォンソとザガルードが必死に止めている。しかし、そんな2人の努力の甲斐なく、ファニアはラシードを煽るようにせせら笑った。

「どうして?はっ!騎士団長ともあろう人がそんなことも分からないの?これじゃあアリアネスも浮かばれないわね!」

「お前ぇ!!!」

 ラシードの目がすわり、剣に手を伸ばそうとする。

「やめてください、ラシード様!」

 アルフォンソが顔を青くしながらさらに力を込める。

「クソ!ラシード落ち着け!」

 ザガルードも声を張り上げた。



「いい加減にしろ!」

 そんなラシードの頬を平手打ちしたのはキウラだった。ラシードの野生の獣のような瞳がキウラに向けられるが、キウラは一切怯まなかった。

「騎士団長!アリアネスはこんなことを望むと思うのですか!彼女は国のため、なにより貴方のためにマゴテリアに赴いた。そんな彼女が私たちがこんなところで揉めることを望んでると!!!」

「っ!」

 言葉を詰まらせ黙り込んだラシードを見て、キウラは今度はファニアの頬を引っ叩く。

「あなたも!こんな状況で喧嘩を売るような真似をするな!我々は敗北した!気がたつのは分かるが、今はそんなことをしてる場合じゃないだろう!」

「…そう…ね。ごめんなさい。」

 小さく呟いたファニアがその場に尻餅をつく。

「っファニア!」

 ラシードが慌ててファニアに駆け寄ると、その顔を真っ青になっていた。

「お前…。」

「えへ。妖精王ともあろう私が情けない話よ。貴方たちをここまで運ぶのが精一杯ってね。…ごめんなさい、ラシード。あなたに八つ当たりをしたわ。アリアネスも連れて行きたかった。けれど、ミリアンネが放った黒い光はバライカの力なの。あの黒い力は彼女の中に根を張ってしまっていた。アリアネスを一緒に連れてくれば私たちの居場所はすぐにバレてしまうわ。」

「そうか…。」

 ラシードも力無くその場にすわりこむ。

「ははっ!俺もお前と一緒さ!騎士団長がなんて様だ!愛する女の1人も守れやしねぇ!」

 泣き笑いのような表情のラシードが拳を地面に叩きつける。

「くそ!くそ!くそぉ!!」

 ラシードが慟哭する。





「それではみなさん、私はこれで。」

 可愛らしい女の声が凛と響いた。


「マリアさん…?」

 力を使い切って地面に倒れ込むロヴェルが自分達に頭を下げるマリアを見る。

「ここまで連れて来てくださってありがとうございました。でも、私はオネオンを助けに行きます。」

「っ!お前、状況が分かってるのか!このままマゴテリアに戻っても兵士に見つかれば殺されるかもしれたいんだぞ!」

 ザガルードが怒鳴るが、マリアはにっこり笑って首を横に振る。

「それでも行きます。私はオネオンの妻なんです。私が彼を助けるの。そう決めたの。」

「お前…。」

 覚悟の決まったマリアの瞳にザガルードが気圧される。

「みなさんはオルドネアに戻ってください。…きっとみなさん、地位のある方々なんですよね?なんとなく分かってました。田舎者の私とは違うから。…失うものが何もない私は怖いものなんてないんです!きっとオネオンとアリアネスさんを助け出して見せます!大丈夫です!オネオンもアリアネスさんもあんな奴らに負けません!だって2人ともとっても強いんだから!」

 ぐんっと拳を握りしめるマリア。



「は!はっはっはっ!そうだ!そうだな!俺の子猫ちゃんは女だ!」


 高らかに笑ったラシードが勢いよく立ち上がる。


「こんな情けない姿、アリアネスには見られたら騎士団長の座を奪い取られちまう!」

 そう言って座り込むファニアに手を差し伸べる。

「ファニア。まだ俺に協力してくれるか?」

 ファニアはラシードを眩しそうな目で見つめるとにっこりと笑った。

「当たり前よ。だって私はあなたに加護を与えた妖精王なんだから。」

「マリアって言ったか?すまなかったな。…あんただけにいい格好させる訳にはいかねーんだよ。アリアネスは俺が助け出す。なんたって俺はあいつの婚約者なんだからな。」

「元婚約者です。」

「…まだ怒ってるのかお前。」

 すかさず訂正したのはセレーナだった。スカートについた土埃を払って姿勢を正すと、美しいカーテンシーを見せる。



「ラシード様。私しばしお暇をいただきます。」

「…行くのか?」

 ラシードが静かな声で聞く。

「はい。1人、敵国に情報収集できる者がいた方が都合がよろしいでしょう?…それに私はこれ以上お嬢様から離れたくありません。」

「…頼めるか?」

「お嬢様のためなら。」

 セレーナがもう一度頭を下げて、踵を返そうとする。



「セレーナさんが行くなら俺も行かないとですよね。」

 セレーナの手を掴んだのはロヴェルだった。

「っお前が来ても足手まといだ!」

「でも俺はセレーナさんの近くにいないと力が出せないんです。ファニア、いいよね?」

 ロヴェルがニヤリと笑うとファニアはため息をついて手を振る。

「私がダメって言ったって行くんでしょ?妖精の力があった方がセレーナも何かと役立つわ。どうかその未熟者を連れていってあげて。」

「そんな!私は1人で!」

「はいはい、セレーナさん!行きますよ!」

「離せぇ!」

 ギャアギャアと喚きながら、ロヴェルとセレーナが森の中に消えていく。


「さぁて、まずは一度城に戻って体制を立て直すぞ。」

 ラシードが指示して出発しようとした時。ファニアが突然立ち止まる。

「ファニア?」






「ラシード、悪い知らせよ。オルドネアの王都がマゴテリアの攻撃を受けた。本格的な戦争が始まったわ。」






 オルドネア帝国建国1000年の節目に、マゴテリアとの全面戦争が始まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?

水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。 学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。 「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」 「え……?」 いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。 「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」  尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。 「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」 デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。 「虐め……!? 私はそんなことしていません!」 「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」 おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。 イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。 誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。 イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。 「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」 冤罪だった。 しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。 シエスタは理解した。 イザベルに冤罪を着せられたのだと……。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ
恋愛
ダウエル伯爵家の令嬢レイチェルはコルボーン伯爵家の令息マシューに婚約の延期を言い渡される。 離婚した幼馴染、ブロードベント伯爵家の出戻り令嬢ハリエットの傍に居てあげたいらしい。 反発したレイチェルはその場で婚約を破棄された。 しかも「解放してあげるよ」と何故か上から目線で…… 傷付き怒り狂ったレイチェルだったが、評判を聞きつけたメラン伯爵夫人グレース妃から侍女としてのスカウトが舞い込んだ。 メラン伯爵、それは王弟クリストファー殿下である。 伯爵家と言えど王族、格が違う。つまりは王弟妃の侍女だ。 新しい求婚を待つより名誉ある職を選んだレイチェル。 しかし順風満帆な人生を歩み出したレイチェルのもとに『幼馴染思いの優しい(笑止)』マシューが復縁を希望してきて…… 【誤字修正のお知らせ】 変換ミスにより重大な誤字がありましたので以下の通り修正いたしました。 ご報告いただきました読者様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。 「(誤)主席」→「(正)首席」

少女を胸に抱き「可愛げのない女だ」と言う婚約者にどういう表情をしたら良いのだろう?

桃瀬さら
恋愛
大きな丸いメガネ越しにリーリエは婚約者と少女が抱き合っているのを見つめていた。 婚約者が"浮気"しているのに無表情のまま何の反応もしないリーリエに。 「可愛げのない女だ」 吐き捨てるかのように婚約者は言った。 どういう反応をするのが正解なのか。 リーリエ悩み考え、ある結論に至るーー。 「ごめんなさい。そして、終わりにしましょう」

愛情のない夫婦生活でしたので離婚も仕方ない。

ララ
恋愛
愛情のない夫婦生活でした。 お互いの感情を偽り、抱き合う日々。 しかし、ある日夫は突然に消えて……

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

俺の可愛い妹を妊娠させておいて婚約破棄するような王太子は殺す。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...