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第2話

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 妖精の加護に関する任務が終了して以降、第10支団では穏やかな日が続いていた。
 新しい任務も与えられず、アリアネスとセレーナは日々、町の巡回をして過ごしていた。騎士の男に謝罪されてから、ほかの団員からも「悪かった」と謝られることが多くなり、朝の訓練も比較的良い雰囲気でできている。何より、いつも自分に目ざとく小言を言っていたキウラが、まったく近寄ってこなくなったのだ。

「最近のキウラ小隊長はどうしたのかしら?」

「あの女もうやっとお嬢様の素晴らしさに気づいたということですよ。」

 町の見回りを終え、帰路についているアリアネスとセレーナの話題はキウラのことだった。

「ある日突然、わたくしに声をかけなくなったのよ?しかも最近はよく出かけているみただし。」

「…外に男でもできたのではないですか?」 

 セレーナがふんと鼻を鳴らして吐き捨てる。

「セレーナ。あの小隊長がそんなことをする人だと思うの?」

「…いえ、職務には忠実な女です。そんなことはないかと。」

 きまり悪そうに答えるセレーナに「感情に任せて人を悪くいってはいけないわ」とアリアネスが注意する。

 キウラは最近になって、第10支団を留守にすることが多くなった。なんでもマゴテリアとの諍いが頻発してきたので、それに関する情報収集を騎士団本部でしているとのことだった。 

「情報収集は大事だわ。でも、あの訓練第一のキウラ小隊長が、朝の訓練をすっぽかすなんてありえないわ。」

「確かにそうですね…。」

 キウラのことで思い悩んでいたアリアネスがアルフォンソに呼び出されたのは、その日の夜だった。


 コンコンと支団長の部屋の扉をノックすると、「入れ」と低い声がした。

「失礼いたしますわ。」

中にいたのはアルフォンソだけだった。

「夜遅くに申し訳ねーな。」

「かまいませんわ。今日はどのようなご用事で?」

「…とりあえず座ってくれ。」

 アルフォンソに促されたアリアネスは応接用のソファに腰かける。

 アルフォンソもアリアネスの対面に深く座り込んで、ふーと長い溜息をついた。

「…随分と疲れてらっしゃるみたいですけれど、どうかされたのかしら?最近は任務もなく、比較的お休みをとりやすいと思いますけれど。」

 アルフォンソの憔悴ぶりにアリアネスが声をかける。すると、アルフォンソが心を決めたように「よし」と独り言を言ってこちらを向いた。

「…まずはこれから話すことを絶対に外に漏らさないと約束してくれ。」

「…内容次第ですわ。」

「頼む。」

「まぁ。」

 頭を下げて懇願するアルフォンソの姿に驚いたアリアネスは、少し考えた後「承知しましたわ」と返事をした。

「助かる。」

 そう言ってもう一度深呼吸をした後、アルフォンソはアリアネスを真っ直ぐに見つめて言った。


「…キウラがマゴテリアに通じている可能性がある。」






「なんですって!」

「大きい声を出すな!」

 思わず声が大きくなったアリアネスが「申し訳ありません」と謝るが、アルフォンソの口から出たありえない言葉にを「まさかそんなはずはありません」と否定した。

「キウラ小隊長が職務に忠実で、誰よりも騎士らしい騎士だということはあなたが一番ご存じのはずですわ。」

「もちろんだ。…あいつは俺が一から育て上げた最高の騎士だ。でもだからこそあいつが今どれだけ異常かが分かる。」

 アルフォンソはこぶしで自分の膝を強くたたいた。

「あいつは訓練をすっぽかすような奴じゃないし、男に色目を使うことなんてもってのほかだ。なのに最近、あいつは歓楽街に入り浸ってる。しかも、見慣れない貴族風の男と会っていることも突き止めた。」

「…あなた自ら調査されたの?」

「キウラは俺の支団になくてはならない存在だ。何か理由があって動いているとは思うが、その意図が分からない。最近は俺と話すことを避けてやがるしな。」

 参ったとでもいうようにアルフォンソが自分の顔を手で覆う。

「…事情は分かりましたわ。それでどうしてわたくしにそのような話を?」

 アリアネスが尋ねると、アルフォンソは厳しい顔をアリアネスに向け「頼みがある」と持ちかけた。

「頼み?」

「あぁ、あんたにキウラが会っている貴族の男について調べてもらいたい。俺は貴族に関してはからっきしだめだ。知り合いもいないしな。」

「諜報が得意なほかの団員にまかせては?」

「…うちの団員にキウラのことを知られたくない。俺の力不足だが、団員の中にうわさ好きのやつもいる。あいつが戻ってきた時に肩身が狭い思いをさせたくない。」

「…随分とキウラ小隊長のことを気になされるのね。」

「あっ?まぁ、あいつはこの団にとって必要な存在だからな。」

 キウラの話題になると心配そうな顔を隠さないアルフォンソを見て、アリアネスがくすりと笑う。

「引き受けてもかまいませんが、一つ条件がありますわ。」

「…なんだ?」

「この任務が成功したら、キウラ小隊長と小隊長の座をかけて決闘することをお許しください。」

「…ほぉ?」

 アルフォンソがにやりと笑う。

「お嬢さんはキウラに勝てると思ってるのか?」

「わたくしは早く上まで上り詰めて、ラシード様をコテンパンに叩きのめさなければいけないのです。そのためにはまずは小隊長への昇格が必要ですわ。」

どうなされるの?と尋ねるアリアネスにアルフォンソは「あいつが負けるはずがない」と付け加えながら「いいだろう」と返事をしたのだった。



「本当に歓楽街にきているのね。」

「…まさかあの女が…。」

 アルフォンソからの依頼を受けた次の日、アリアネスは早速、セレーナと一緒にキウラを尾行していた。
 アルフォンソの了解を得て、セレーナにも事情を話し、2人で任務にあたることになった。

 目立たないよう、町娘の格好をした二人は町ゆく男に次々と声をかけるキウラの様子を物陰から監視していた。

「ふしだらなことが大嫌いなあの女が歓楽街で男に声をかけるなんて、やっぱり変ですね。しかも、あんな恰好で。」

「そうね…。」

 キウラの今の格好は体のラインが出るのに加え、きわどい部分までシースルーになっているシフォンのドレスだった。いつも結んでいる髪をほどいて、しどけなく男に寄りかかりながら話している。
キウラは男に声をかけながらフラフラと歩き続け、歓楽街のはずれにある店に入っていった。 

「店に入ったわ。」

「普通の飲み屋みたいですね。」

「入りましょう。」 

 少し時間を空けて、店の扉を開けると、そこは一般市民も憩う騒がしい大衆飲み屋だった。 

「いらっしゃい!」と店員に声をかけられたアリアネスとセレーナはあわてて空いている席に座る。 

「こんなお店に来たの、わたくしはじめてよ!すごく活気があっていいところね!」 

 アリアネスが目を輝かせてセレーナに話しかける。

「お嬢様、あんまり興奮しないでください。あくまでこれは仕事ですから。」

「わかってるわ。」

 注文を取りに来た店員にとりあえず飲み物を注文し、店を見渡してキウラを探す。キウラはカウンターで頼んだらしい飲みものを持って階段で2階に上っていた。そして、カーテンで仕切られた部屋の前にいる男に何かを耳打ちした後、その向こうに消えていった。

「あの場所はなんなのかしら?」

「カーテンの前にいる男が警備も兼ねているみたいですね。下手に声をかけると危険かもしれません。」 

セレーナが突撃しようとしているアリアネスを止めながら注意する。

「でも、あの中に入らないとキウラが何をしているか分からないわ。」 

「なら、俺と入るか、アリアネス?」

「え?」

「…なんであなたはいつも突然現れるのですか?」

 突然近くで聞こえた声に振り返ると、にやにやと笑うラシードがアリアネスの隣に座っていた。セレーナは呆れた声を出す。

「ラっ、ラシード様!?」

「ラシードじゃなくて、ラウルだ。」 

 ここでは本名は話すなとラシードがアリアネスに耳打ちする。

「なぁ、アリアン。俺と一緒に2階に行こうぜ?」

 ラシードがアリアネスの頬を優しくなでながら、誘ってくる。

「2階には何がありますの?」

 アリアネスが頬を赤く染めながら聞くと、ラシードは「行けば分かるさ」といってアリアネスを立たせた。

「ラウル様!?」

「セレアは入口を見張ってろ。」

 アリアネスの腰に手を回し、エスコートをしながら、ラシードはセレーナに指示を出す。セレーナは黙って頷いた。

「さぁて、アリアン。俺と楽しもうか。」

「ひゃ!ちょっとラウル様!」

 ラシードがアリアネスの体を引き寄せながら、腰をさすってくる。スキンシップから逃れようとアリアネスは体をくねらせた。

「2階の部屋に行くまで我慢してくれよ、子猫ちゃん。」

 ラシードがまたアリアネスに耳打ちする。周囲に警戒をしなければならない人物がいる。ラシードの態度からそう判断したアリアネスは体をラシードに預け、熱っぽくその整った顔を見つめた。

「…随分といい顔するじゃねーか。とんだ女に育っちまったな。」

 ラシードはくすっと笑って優しくアリアネスの頭をなでた。

「よぉ、兄さん。部屋、1つ貸してくれねーか。」

 階段を上って2階に到着したラシードはカーテンの前にいる男に声をかける。

「…鍵は?」

「鍵?あぁ、これか?ほらよ。」

 男がぼそりとつぶやくように言うと、ラシードはポケットの中から何かを取り出し、男に放り投げる。

「…確認した。突き当りを右だ。命が惜しければほかの部屋はのぞかないことだ。」

「わかってるよ。」

 ラシードはひらひらと男に手を振って、アリアネスをカーテンの向こうに促した。中は薄暗く、通路と思われる場所にぽつぽつとろうそくの明かりが見えた。扉が等間隔に並んでいて、部屋は全部で6つほどだった。

「ここはいったい…。」 

「紳士の社交場さ。貴族が誰にも知られたくない取引や話をする時に使うとこだ。下の大衆酒場はカモフラージュだ。」

 こっちだとラシードに手を引かれ、一室に入る。そこには、一目で高級とわかるベルベッドのソファと机、そして大きなベッドがあった。備え付けの棚にはたくさんの酒やワインが並んでいる。

「なんでベッドが?」

「そりゃーいろんなことを楽しむためさ。」

「ラシード様?きゃっ!」

 ラシードに手を引かれ、アリアネスはベッドに倒れこむ。そして、上着を脱いだラシードが覆いかぶさってきた。

「いつからあんな色っぽい顔ができるようになったんだ、俺の子猫ちゃんは?」

「色気のある顔って!ラシード様が正体がばれないようにっておっしゃるから!」

「だとしても、どこで覚えたんだ?ん?怒らないから言ってみろ?」

 ラシードがすりすりと頬を摺り寄せてくる。

「こーんなにいろいろ育っちまって。俺だけのかわいい子猫だったのによー。」

「覚えてきたなんて!ほかの誰ともいかがわしいことはしていませんわ!わたくしがいったい誰のために10年間も努力してきたと思ってらっしゃるの!」

 まるで自分がほかの男に色目を使ったというような言い方をされて、アリアネスは怒りで震えた。

「わたくしの努力は全てあなたにふさわしい女になるため!ほかの男なんてどうでもいいのです!」

 激昂するアリアネスに、ラシードは珍しくあわてたように「すまん」と謝罪する。

「すまんっていったい何に謝ってらっしゃるの!あなたは何でも自分ひとりで解決しようとなさるわ!この部屋に入るのだって何もわたくしに説明をされなかったわ!」 

「悪かった。お前がここに来るって情報が入ったのがついさっきで俺もあわてて来たから説明できなかった。あんまりお転婆するなって言ったろ?」

 なだめるようにラシードがアリアネスの頭をなでるが、アリアネスの怒りは収まらない。

「わたくしはわたくしのしたいように動きます!ラシード様は関係ありません!」 

 アリアネスは「どいてください」とラシードの体を押し、ベッドから立ち上がる。

その瞬間、すさまじい悲鳴が響き渡った。その声は聞き覚えのある女の声。

「キウラ小隊長!?」

 アリアネスは急いで部屋を飛び出す。悲鳴に気を取られたアリアネスはラシードの「行くな!」という忠告に気づかない。

「キウラ小隊長!どこにいるの!!」

 アリアネスは廊下に飛び出し、キウラを探す。

「キウラ!」


「あは、みーつけた。」

「キウラ?」

 声のした方を振り返ると、そこにいたのはキウラだった。

「キウラ小隊長どうされたのですか?」

「騎士団ではほかの妖精の力が強くて手が出せなかったの。じゃあ行きましょうか、アリアネスちゃん。」

キウラがにっこりと笑うと同時にアリアネスの意識が遠くなる。 

「キ…ウラ…。」

「おやすみー。」




「アリアネス!アリアネス!!!」

 ラシードはアリアネスを追ってすぐに部屋を飛び出したが、アリアネスの姿はどこにもなかった。
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