上 下
26 / 92
仕事

第8話

しおりを挟む
「妖精の諍い?どういうことなの?」

 ミストレイアとアリアネスの会話を黙って聞いていたトレスが尋ねる。

「うふふ。妖精は長命で不思議な力を持つ存在であることは、妖精狂いのあなたなら知っているはずよね。」

「えぇ、もちろんよ。それがどうしたの?」

「ならいたずら好きで嫉妬深いことは?」

「…それも知っているわ。自分が気に入ったものへの執着はたとえその身が滅びようとも続くと。」

「その通りよ。じゃあいまから昔話をしてあげる。」

 ミストレイアが椅子に腰掛けて、まるで歌うように語り始めた。

「すべての始まりは、オルドネア帝国建国の時。ある妖精が帝国騎士団の前身である傭兵団にいたビルハウンドに加護を与えたことから始まるの。そして、その妖精は、妖精の身でありながら人間を愛してしまった。」

「妖精が人間を?」

 アリアネスが繰り返すと、ミストレアはにっこりと笑って続きを語り始める。


「でもね、その愛を許さないものがいたのよ。そう、それが妖精の王。」

「妖精王!?妖精王ですって!?」

 トレスが興奮して立ち上がるのを、アリアネスがなだめる。

「妖精王?妖精にも王様がいらっしゃるの?」

 アリアネスが驚いていると、ミストレイアはゆっくりと頷いた。

「いるわ。妖精たちはね、最も力の強いものが頂点に立つのよ。そして、その妖精王はビルハウンドに加護を与えた妖精を愛していたの。だから自分を捨てて人間を愛したことが許せなかった。そして敵国の人間に加護を与えて、オルドネアを滅ぼそうとしたの。」

「まさか…。それがオルドネアの建国時の戦争の発端なの?」

 トレスが少し考えた後に尋ねるとミストレイアは「その通り!」とウィンクする。

「人間は妖精の諍いに巻き込まれただけ。本当なら妖精王の加護を受けた国が勝つはずだった。でも妖精の加護を受けたビルハウンドはとんでもない強さだったわ。軍神ともいわれるぐらいだったのよ。」

 すっごくかっこよかったのよね~とミストレイアが熱に浮かされたように顔を赤く染める。

「…まさかあなたが加護を与えた妖精なんじゃ。」 

 トレスが訝し気に尋ねると、ミストレイアは「違うわ」と即答する。

「結局ビルハウンドが率いるオルドネア帝国が勝利した。そして、ビルハウンドに加護を与えた妖精は妖精王をぼこぼこにして、王の立場をもぎ取ったの。」

「ぼこぼこに…。」

「えぇ!それで、元妖精王は力もなくなったから大人しくしてたはずなんだけど、本当にしぶといやつでね。また力を取り戻して、オルドネア帝国と敵対しているマゴテリアの騎士に加護を与えたみたいなのよ。」

 困っちゃうわね~とミストレイアが笑う。

「ビルハウンドに加護を与えた妖精はね。自分が死んだ後のオルドネア帝国も守ってほしいっていうビルハウンドの願いを聞き入れて、ずっとオルドネアを守ってきたの。元妖精王はそれが気に入らないみたいでオルドネア帝国自体を滅ぼしたいみたい。ほーんと嫉妬に狂った男っていやよね。ファニアもかわいそう。」

「え?」

「あっ!」

 アリアネスがポカンと口を開ける。ミストレイアはしまったという顔をして自分の口をふさいだがもう遅かった。

「今、ファニアっておっしゃったわよね?」

「いっ、言ってないわ!何も!」

「おっしゃたわ!確かにファニアって!トレスもリフォールグも聞いたわよね!」

「聞いたわ。」
「聞きました。」

「じょ、冗談よ~。受け流してちょうだい。」

「できないわ!」

アリアネスが身を乗り出し、ミストレイアを問い詰めようとする。







「まったく!いたずら妖精はすぐ口を滑らすんだから!」

「そもそもミストレイアに話すなって方が無理だろ。根っからのしゃべりたがりなんだからよぉ。」

 店の古ぼけたドアがぎぃぃという音をたてて開く。呆れたよう口調で男女がお喋りをしながら入ってくる。


「ごきげんよう、みなさん。」

 アリアネスの前にいるのはにっこり笑うファニアのラシードだった。







「どういうことなの…?」

 トレスが困惑してファニアを見たり、ミストレイアを見たりする。

「ミストレイアの話のとおりよ。私がビルハウンドに加護を与え、ずっとこの国を守ってきた現妖精王のファニアスタスなの。」

 ファニアは楽しそうに笑っているが、アリアネスは頭の整理が全くついていない状態だった。

「まったく、俺がなんのために秘密にしてたと思ってんだ、馬鹿妖精。アリアネスになんかあったら二度といたずらできないように滅ぼすぞ。」 

 ラシードが苛立たしいのか、自分の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

「ぶ、物騒なこと言わないでよ!そもそもラシード、あんたがアリアネスたちをここに来させないようにすればよかっただけの話でしょ?」

 ミストレイアがカウンターの下に引っこみ、顔だけ出しながらラシードに反論する。

「オルドネアの妖精の気配がしたんだよ。あれ以上接触してたらアリアネスのことが知られちまうじゃねーか。そんなこともわかんねーのか。」

「こらこら、やめなさいラシード。」

 ファニアがどうどうとラシードを落ち着かせる。

「アリアネス様。妖精のばかげた争いに巻き込んで申し訳ないと思ってるの。でも、妖精王の加護を受けた人間に勝てるのはこの国ではラシードしかいなかったの。だからもし婚約破棄をしなければ、あなたの身が危なかったのよ。」

 許してちょうだいとファニアが頭を下げる。シンッとしばらく誰も喋らない沈黙があった後、アリアネスが口を開く。

「…頭をお上げにあって、ファニア様。」
 
 ファニアが顔を上げてアリアネスを見つめる。

「あなたのことをすぐには許せないわ。わたくしが国王主催のパーティーで婚約破棄を言い渡されたおかげで、お父様とお母様にも心配をかけたわ。…伯爵家としてのプライドも傷つけられた。」

「…そうね。申し訳なかったわ。」

「アリアネス、ファニアは…。」

「それ以上に!信じられないのはあなたよ、ラシード様!」

「うぐぅ!!」

 口を挟もうとしたラシードにアリアネスは自分が履いていた靴を脱いで投げつける。

「あなたは!私に相談せずに全てひとりで決めてしまったということね!許せない!許せないわ!!」

「アリアネス…。うごぉ!」 

 苦悶の表情を浮かべるラシードがアリアネスに近づこうとするが、「近寄らないで!」ともう片方の靴をアリアネスに投げつけられ、その場に膝をつく。

「嫌いよ!嫌い!何も話してくれないラシード様なんか大っ嫌い!妖精の争いなんかどうでもいいわ!どうしてわたくしに話してくださらなかったの!わたくしが!どんな思いで!!」

 叫びながらボロボロと涙を流すアリアネスを見て、ラシードはアリアネスよりも辛そうな顔で「すまなかった」とうつむく。

「お前を危険な目に合わせたくなかったんだ。ここ数年、加護を受けた騎士の出現でマゴテリアの動きが活発になってきた。元妖精王に従う妖精も出始めてたんだよ。俺がお前のことを大切に思ってるってことがばれれば、すぐに妖精が告げ口してお前が狙われる。できるだけ、お前とは関わらないようにすることしかできなかったんだ。」

「それで!ほかの女性と会っていたっていうの!」 

「そうだ。…許せ、アリアネス。お願いだから嫌いだなんて言うな…。」 

「いやよ!離して!」

 ラシードは一瞬の隙をついてアリアネスに近づき、その体を強く抱きしめる。

「アリアネス、頼むよ…。」

「いやよ!嫌い!嫌い!」

 泣きながらじたばたと暴れるアリアネスを困った顔で見つめながらなんとかあやそうとするラシード。

 それをミストレイアに頼んで酒を飲み始めたファニアが楽しそうに眺めていた。

「騎士団長も好きな女の前では形無しなのね、うふふ。」

「男を困らせる女…。素敵よ!」 

「妖精ってホントに自由ね…。」

 好き勝手に話すファニアとミストレイアを見て、はぁとトレスが溜息をつく。そして、アリアネスに号泣されてタジタジになっているラシードを見て高笑いした。

「筋肉馬鹿のあんな顔初めて見るわ。ざまぁみなさいってところね。」

 私にも一杯ちょうだい!強いのを!とトレスはミストレイアに頼んだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...