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24話
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すらりとした身長に似合うブランド物のスーツを着て、高級外車から降りる見慣れた男の姿が玄暉の目を一気に捕らえた。同じ男が見てもかっこいい姿。誰もが惚れるに値する。誰でもだ。
玄暉の視線が佳純を向いた。そわそわする様子が歴然としていた。その姿が不思議なほど気になり、玄暉は思わず歯を食いしばった。
「今日はどうもありがとう。もう行くね」
佳純は急いで言うと、足を運ぼうとした。玄暉がちらりと彼女の後ろに見える隼人を意識しながら言った。
「僕、今日言わなきゃならないことがあるんだけど」
玄暉が落ち着いた口調で話し出すと、佳純は戸惑った表情で首をかしげた。
「言わなきゃならないこと…?」
佳純の問いと共に、玄暉の目に不満そうに自分を睨む隼人の姿が見えた。一瞬、頭の中が真っ白になるほど複雑に絡み合った。これまで絶えず悩まされてきた疑問。それがしきりに心を苛立たせ、余裕が無くなってしまった。
「実は僕…」
「ごめんね!実は今日お兄ちゃんと出かけるのを、うっかり忘れてて。急ぎの話じゃなければ、今度話そう」
「……」
「じゃあ、気をつけて。また学校でね」
隼人の視線が自分たちに刺さっていると感じた佳純がぎこちなく笑いながら、彼に背を向けた。もしかしたら、この前のように隼人が玄暉に良くない言葉でも吐き出すかもしれない。心配する気持ちで、痛みも我慢して急いで隼人に向かって歩いていた佳純は、突然自分の手を握る玄暉の手に驚いた目で足を止めた。
「今日、絶対に君に聞いてほしいことなんだ」
いつもとは違う玄暉の行動に佳純は言葉に詰まったように戸惑った表情で、彼を見つめた。真剣な表情。驚いて佳純は乾いた唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。
「何の話なの?」
尋常でない雰囲気を感じたのか、見守っていた隼人が、自分に向かって歩いてくる姿が見えた。玄暉はやっと決心でもしたかのように深呼吸をして躊躇なく話した。
「好きなんだ」
息を止めて玄暉は話を続けた。
「好きだ…本気で」
震える声を吐き出した玄暉の真剣な視線が佳純に向かった。突然の状況に慌てた佳純の瞳が急激に揺れた。手首を握っている玄暉の手から強い震えが感じられた。顔を上げて玄暉と目を合わせた彼女の頬は、いつのまにか桃色に染まり、緊張のせいで手足が冷たくなっていた。
「突然どういう…」
「ここで何してるんだ」
佳純の言葉は瞬く間に止まった。佳純を凝視していた玄暉の視線が彼女の後ろに向かい、佳純の顔が急速に固まった。ゆっくりと振り向いて隼人を確認した。いつもと変わらない無表情な顔だったが、彼女の目には見えた。
深淵のような瞳に満ちた怒り。佳純は自分の手首をつかんでいる玄暉の手を離した。そして彼女が行こうとした瞬間、玄暉は彼女の手首を引っ張って自分の後ろに立たせると、隼人と正面から向き合った。
「またお会いしましたね」
玄暉は隼人にそっと黙礼した。
「この前、出版記念パーティーでお会いしましたが、覚えていらっしゃいますか?左衛門玄暉と申します」
隼人の表情が冷めていった。彼の視線は玄暉の後ろに立ったまま、自分を不安そうに見つめる佳純に向かった。
「家に戻ってろ」
隼人の言葉に佳純の肩がビクッと震えた。隼人の口から出た声は、ぞっとするほど低かった。
「俺の言うことが聞こえないのか?」
隼人は首を傾けながら口を開いた。彼の表情はいつにも増して落ち着いていた。佳純はためらいながら隼人に向かった。しかし、その瞬間、玄暉はこのまま行かせるかというように、佳純の手をぎゅっと握ったまま隼人に話した。
「僕はまだ彼女と話が残っています。よろしければ…」
「その手を離せ」
玄暉の顔が瞬く間に歪んだ。隼人の目には突如怒りが燃え上がり、気が立って強ばった体が見えた。彼の反応に頭の中が白紙のように白く染まった。
もしかしたらと思っていた恐ろしい疑問が、一瞬爆発し、目の前をくらくらさせるようだった。もつれた考えがしきりに望まぬ真実に向かって整理され、全身に鳥肌が立った。
「いやです」
佳純の手を握った玄暉の手に力が入り、佳純は驚いた目で彼を見上げた。
「どうして僕をそこまで警戒しているのか、わかりませんが、僕は…」
「玄暉くん、やめて」
佳純は玄暉の手を引き離しながら彼を見つめた。いつの間にか彼女の口元に淡い笑みがにじんでいた。佳純はため息をつき、小さく言った。
「今日はもう帰って。また今度、会って話そう」
玄暉は喉から出そうになる言葉を、やっとのことで飲み込んだ。創立記念パーティーの時と状況は同じだったが、彼女の表情はその時と違って毅然としていた。隼人に向かって歩いていく佳純の指先が手の甲をかすめた時、玄暉は再び彼女の手を握ろうとする衝動をやっと抑えた。
「佳純ちゃん…」
最後の一言を伝えるために佳純の後を追っていた玄暉は、一瞬、自分を振り返る彼女の視線に立ち止まるしかなかった。「来ないで」と叫ぶ視線を正確に読むことができた。
ぶるぶる震える手を握った玄暉は、それ以上彼女に近づくことができず、ただじっと見つめていた。先に歩いていく隼人の後を佳純は躊躇しながらついて行っていた。その姿がしきりに気になり、結局、両足が彼女に向かって走るのを防げなかった。
「玄暉くん…?」
自分の体を振り向かせる玄暉を佳純は、いぶかしげな目つきで眺めた。彼はドキドキする胸をやっと落ち着かせながら言った。
「今日、僕が言ったこと、本気だから。君といい関係になりたいんだ」
彼は小さく微笑んだ。
「返事、待ってるね」
真剣な玄暉の姿に佳純は思わずうなずいた。しばらくして、彼女は何も言わずに隼人を追いかけてマンションの中に入り、1人残された玄暉は彼女の後ろ姿をとめどもなく眺めていたが、まもなく振り返った。
好きなんだ。本気で。
自分の言葉が頭の中で繰り返され、我慢していた不慣れな感情が全身を浸食した。顔が赤くなり、消えない緊張感に指先がぶるぶる震えた。
生まれて初めての告白。その事実が信じられないというように、ドキドキする心臓をつかんだ玄暉の顔は上気していた。
* * *
隼人は玄関の中に入るやいなや、握っていた佳純の手を乱暴に振り払った。婉曲な形の癇癪だった。一瞬身震いがするのを感じたが、佳純は努めて落ち着いた表情で彼を通り過ぎながら冷たい口調で話した。
「疲れた。言いたいことがあっても、今日はもう帰って」
佳純の言葉に、近づいていた隼人が止まった。彼女の一言に隼人はそれでも自分をコントロールしていた最後の糸がプツンと切れるのが感じられた。
沸き上がる怒りに歯を食いしばった彼が、大股で近づいて手を握って引っぱり、佳純と視線を合わせた。玄暉をまっすぐ見つめていた彼女の顔が目の前にちらつき、嫉妬で気が狂いそうだった。
「離して」
「今からひと言でも言ったら」
「……」
「お前を殺すかも知れない」
力を入れた彼の手に佳純は口をぎゅっと閉じた。寒気が瞬く間に彼女を包み込んだ。見当すらつかない彼の行動に対する恐怖と不安が全身を襲った。しかし、佳純はいつもと違って隼人を避けずに、まっすぐ見上げた。父親の手に引かれて彼と初めて対面した時、何も言わずに自分を凝視していた彼が頭の中に浮かんだ。
今にもすべてを手放すかのように虚しさまで感じられた彼の目つきに息が詰まるほど胸がしびれ、一瞬たりとも視線をそらすことができなかった。その姿が生々しいほど彼女に刻印され、胸の片隅をぴりぴりさせた。
その時にやめておくべきだった。単なる好奇心にとどまるべきだった。最初からそうだ。喜ぶべきではなかったのだ。もの悲しい目つきをした佳純の口がゆっくりと開いた。
「最初からお兄ちゃんの前に現れるべきじゃなかった。それなら、こんなに苦しいほど辛くはなかったはずなのに」
彼女の目に涙がにじんだ。
「いっそ私が死んでしまったらお兄ちゃんも私も楽になれるかな…」
佳純の一言で感情の流れが変わった。隼人を押さえつけていた佳純に対する渇望と怒りがあっという間に恐れに変わった。どこか見慣れない佳純の態度に隼人の瞳に小さな波紋が広がった。彼女を握っていた手から徐々に力が抜けた。
「これが私の愛し方なの!あなたのことを愛してるから、あなたを死ぬほど愛してるからなのに…どうしてあなたは私を理解してくれないの?」
彼の頭の中に優奈の顔が浮かんだ。純粋な愛の感情というよりは愛憎に近かった関係。そのすべての始まりの原因は息が詰まるほど自分を締め付ける彼女の愛し方だった。二度とこんな愛なんてしたくないほど辛かった。しかし、彼女がこの世を去って目の前に佳純が現れた瞬間、残忍なほど彼の心が急変した。
否定してきた考えが歪んだことに、佳純に対する感情は正当だと叫んでいた。清らかで透明な瞳に自分も知らないうちに魅了され、とても大切にしたかったし、誰も触れないように完全に守ってやりたかった。そのような単純な心が大きくなるほどに、ある瞬間から醜い執着ができた。
知れば知るほど、無視しようとすればするほど、なおさらそれを振り払うことができなかった。そしてその心は終わりに向かっていた。いっそ壊したほうがましだ。あの子が落ちて自分だけを見つめ、自分のことだけを考えてほしかった。いつかはその事実を知っても、そばを離れないように縛ってこそ不安な気持ちを落ち着かせることができるようだった。
過去の回想でぼやけていた彼の視野に、佳純の冷めてしまった目つきが見えた。努めて視線をそらせたかったが、隼人は彼女の視線を避けなかった。あの目つきに一生向き合ってでも、佳純をそばに置きたい。そう気を引き締めた。
「いいや…お前は死んでも俺のそばにいなければならない」
幻滅に近い感情。幼稚でストレートな真心。
「だからもう俺を怒らせないでくれ」
本当にお前を壊してしまうかもしれないから。
感情が感じられない無表情な顔で隼人は最後の言葉を飲み込んだ。近くで向き合った2人の視線が妙に交差し、重い静寂が舞い降りた。そしてその瞬間、佳純の脳裏に埋め込まれたように恵子の顔が浮かんだ。
「あなたの母親が普通の事故でああなったと思ってるの?」
恐ろしさにとらわれて全身に悪寒が漂っていた。朦朧とした状態で眺めていた隼人に残忍にも恵子の姿が重なって見えた。佳純は全身に力が入り、我に返った。
そうだ。あちこち掴んで揺らして気が狂わせるあの感情を、今日で終わらせないといけない。これ以上近づけないように遠ざけなければならない。すべてを元の場所に戻さなければならない。
冷めてしまった目つきをした彼女の口から断固たる声が流れ出た。
「二度とこの家に来ないで…。お兄ちゃんと向き合っているだけでも、ぞっとする」
「お前…」
「もう私の目の前に現れないで」
下手に近づいた真心が一瞬にして踏みにじられ、傷が癒える前に再び引き裂かれたようだった。一度も見たことのないまっすぐな佳純の姿に、隼人は結局我慢できず、彼女の手首をつかんで自分の胸に引き寄せた。
彼との距離が近づいたことに驚いた佳純は素早く後ずさりしようとしたが、自分の両肩をつかんで体をかがめ、両目を正確に合わせる隼人の視線に止まるしかなかった。
「勘違いするな。お前がこうしたからといって何も変わらない」
隼人は彼女の肩をつかんだ手に力を入れた。
「お前は死体になっても俺のそばにいなければならないんだ」
手の施しようがないほど怒りがこみ上げて、努めて淡々としたふりをして我慢しようとしたが、佳純がじっと自分をにらみつけてぞっとするという言葉を吐き出した瞬間、すべてが崩れ落ちた。
しばらく息を殺していた隼人は佳純を後にして、ドアの方に振り向いた。これ以上は感情を抑えきれず、耐えられなかった。これ以上いると、本心とは違う醜悪な言葉だけが口に出そうだった。
ドアノブをつかんだ彼の手に力が入った。隠していたが、初めて見る佳純の姿に気が抜けた子供のように、途方に暮れているのが彼の表情にそっくり現れた。
衝撃が怒りを覆い隠すように息を吐き出した彼は、両目をぎゅっと閉じると、目を開けてドアノブを回した。外に出ようとした隼人はまた別の状況の前に凍りついたまま、何かに取り憑かれたような目つきで止まった。
「こんな時間にどうしてお前がここにいるんだ?」
まるで悪魔でも対面したかのように驚いた彼の耳の中で、一樹の声が爆発音のように響いた。
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