神さまに嘘

片岡徒之

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 なんて言えばいいのかな。数え切れない思いがある。私に対して愛着がないわけじゃない。好きだったよ。割りと本気で。でもその好きっていうのは、私の中でどの部分を指していたかっていうと、内緒だけどね。心を閉ざすわけじゃない。自分でも気づかない感情の奥底に、秘めた思い。大事な大事な、自分の心。そういうものを、そう簡単にバラしちゃダメだ。とにかく、私は私に対して期待はしていた。エラをなくした魚みたいにジタバタしない。プールの中でひときわ目立つ、学年イチの下手くそな泳ぎ方をしていても、私は私を温かく見ていた、つもりだった。それなのにどうしてか、きちんと真正面から見ていた私を、次第に冷めた目で見るようになっていた。転げそうになる私を、引き止めることもしないで、だんだん傷だらけになっていく身体を、撫でてあげることもできなくてさ。

 バンソウコウを貼ってあげることくらいは、できたはずなのに、殻に閉じこもってしまった。学校の教室で、同じクラスメイトの人たちが、黒板にでかでかと私のことを書いていた日があった。白いチョークで描かれた大きなイニシャルマーク。

 K。

 Kは、ケロイドのKだ。「ケロイド」の語は、「鉤爪」を意味するギリシア語に由来する。「鳥の鉤爪のような」病変という意味だ。和名は蟹足腫(かいそくしゅ)。顔全体に染み付いた蟹の足のような形状の突起を揶揄して、カニバサミを私の机の上に置く。クラスメイトの一人は言う。その突起物、ハサミで切り取ってあげようか?って。強い口調で。私はなにも言うことはできない。黒板に書かれた私宛てのメッセージの上で、私は視線を逸らす。沈黙する時間だけが残る。チョークは真っ白い粉をまぶして、黒板の背景と、大きな文字と文字の被写体の中にはっきりとした主張を写している。誰かが、私の方を見る。悲しそうに、惨めそうに。その視線を拾いながら、教室全体に敷かれた行き場のない空気の行き先を見つめて、動くことさえできない。少しだけ、私も視線を動かしてみるけど、その先に見える張り詰めた緊張が走る度、どっと滲み出てくる汗と、冷え切った感情と、ほつれた糸が唇の内側を噛みしめて、止まる止まる。時計の針が。加速的に日常にブレーキをかけて、立ち止まる。息を呑む瞬間が、冷え切っていく心の内側をたくさんの釘で打ち付けるように、隙間もなく合わさっていく。心と、日常が、互いにぶつかり合いながら、教室はいつも静かだ。
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