神さまに嘘

１２

私が生き返った世界は、私が死ぬ前の世界だ。だから私はまだ生きている。電話をかければ、私が出るかもしれない。もし私の手元に10円でもあれば、かけてみようかな、とも思う。自分の声を他の人の耳で聞いたことはないから、一瞬私の声かどうかわからないかもしれない。でも、きっとわかるよ。その声を聞けば。

　電話ボックスから出て、空を見上げた。相変わらず頼りない空だ。雨は降らない。でも、心の中では常に雨が降っていた。だからあの雲をどけたかった。あそこを、ああして飛んでいく雲を払いたかった。私の爪が長いのは、そのせいなんだ。

　本当に、これからどうしようか。夢から覚める気配はない。革靴の底を見れば、地面とぶつかり合った痕跡。擦れた跡。たくさんの地面とすれ違った跡が、落書きのように広がっている。地面にピッタリと足がくっついている証拠なんだ。ここは現実なんだって、訴えかけるように。ほっぺたをつねって、シャツのボタンを一つ一つ合わせて、つま先を揃えて前を向く。腹の底に力を入れて、目いっぱいに吐き出した。言葉を。言葉を。私のありったけの元気を乗せて。

　「おーい！」

　誰かが振り向いた。交差点の向こうに走る車が一瞬止まった。でも、世界は止まらない。日常の風景は一枚もズレることなく画面いっぱいに動いて、左右にきらめく。雲はどんどん大きく膨らんで、水彩の絵の具をこぼしたみたいに、無造作に空の青の中に落ちる。あっという間に地平の彼方に飛んでいくんだ。私はその端を目指してつま先を蹴る。