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:第6章 「ケストバレー」

・6-4 第150話 「ケストバレー:1」

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・6-4 第150話 「ケストバレー:1」

 ケストバレーは、鉱業都市だ。
 人口は、主要な交易路から外れた、本来であればさほど人が寄りつかない僻地(へきち)にあるにも関わらず、五万以上を抱えている。
 繁栄のきっかけは、今から数十年前、この地で金の鉱脈が発見されたことだ。
 元々は、古王国時代にあった鉄鉱山の遺跡であり、人々からすっかり忘れ去られ、草木にうずもれた場所に過ぎなかった。
 しかし、金が発見されたことでにわかにメイファ王国の直轄地に指定され、次々と人員が送り込まれて開拓された。
 古王国時代に作られた街道は整備され痛んだ石畳は舗装し直され、谷の出入り口を守る城壁は遺跡となって半ば埋もれていた物の上に建て増す形で補修された。
 鉱山で働く鉱夫たち。鋳造所で働く職人たち。必要な食料や燃料を運び込み、出来上がった製品を運び出していく運送業者。王国の重要拠点を守るために配備された兵士たち。そしてそういった者たちを当て込んで集まって来た商人。これら、谷に関わる者の家族。
 それらの人々でひしめき合うケストバレーの活気と熱気は、源九郎たちがこれまでに通過して来た街道沿いのどんな街とも引けを取らないほどに賑やかであった。
 さすがに、王都であり、交易の中心地であるパテラスノープルの繁栄には及ばない。だが谷という限られた空間にみなが肩を寄せ合って暮らしている分、密度、という点ではしのぐ面があるとさえ感じられた。
 ———プリーム金貨を破格の値段で買えるという噂を聞きつけてやって来た、旅の商人。
 贋金作りという犯罪行為が行われていることなど知らず、大儲けができるぞと無邪気に意気込んでやって来た一団を装いながら谷にたどり着いた一行は、警備の兵士たちに特に呼び止められることもなく中に入ることができた。
 どうやら目立つ行動をなるべく避けてやって来た甲斐もあったのか、陰謀を実行している側にはまだ、気づかれてはいないらしい。簡単な手荷物検査に応じ、「訪問の目的は? 」との質問に「休養と、商売」と答えただけで門をくぐることができた。
 古王国時代の遺跡の上に作られた城壁は、その来歴をはっきりと確認することができる。
 古い時代の、半ば埋もれてしまっている城壁は切り出して来た石を積み重ねて作られているのだが、メイファ王国の時代になってその上に積み重ねるようにして作られた新たな城壁は、レンガを四重に重ねて作った枠の中に土を入れて突き固めるという、簡略化された構造となっている。
 城壁をくぐるとそこにはまず、この地を守る兵士たちの駐屯地や指揮所となる防御施設などが置かれている。王国の財政を支える重要拠点だからか防御は厳重で、騎兵の姿もあった。

「あれは、厄介じゃのぅ」

 何食わぬ顔でてくてく歩いていた珠穂が馬の姿を目にした瞬間、編み笠の下で双眸を細め険しい表情を作る。

「厄介って? 」
「もしことが露見して逃げねばならなくなった時、騎兵に追われたら逃げきれぬ、ということじゃ」

 源九郎がワケを聞くと、そう答えが返ってくる。

「そりゃ、確かに厄介だ」

 サムライも渋い表情を作らざるを得なかった。
 メイファ王国の直轄地であるケストバレーは、王都から離れているために直接国王が指示を出すのではなく、行政官を任命して統治を代行させる仕組みを取っている。
 日本で言えば、いわゆる[代官]というやつだ。
 王に代わってこの地を統治しているのはシュリュード男爵という人物だったが、彼も贋金作りに関わっている可能性を考慮しなければならない。
 最悪の場合、今すれ違って来た大勢の警備兵たちがすべて、敵になるかもしれないのだ。
 兵士たちは剣や盾、槍で武装しているだけではない。
 珠穂が警戒するように騎兵たちもいるし、弓や弩などの飛び道具も持っている。
 それも、何十、何百と、だ。
 源九郎たちがいかに精鋭ぞろいであろうと、彼らの全員を敵に回してしまったら逃げきれないだろう。

「調査を進める前に、逃走方法をしっかり考えておいた方が良さそうだな」

 犬耳をピンと立てて話を聞いていたらしいラウルがそう言うと、辺りを興味深そうにきょろきょろと見回していたセシリアを除いた全員が深刻な表情でうなずいていた。
 お嬢様はどうやら、まだまだ当事者意識が十分ではないらしい。

「おねーさんも、他人事じゃねーだよ? 」

 その様子を見咎めて、彼女の教育係ということになっている元村娘が軽く肘で脇をつつく。

「ふひゃんっ。ちょ、フィーナ、やめてくださいな! そこは弱いんですのよ? 」
「おらたち、これからあぶねーことになるかもしれねーってのに、のんきにしとるおねーさんが悪いだよ」
「あら、そんなの、なにも怖がる必要なんかありませんわ! 」

 ジトっとした視線で見上げるフィーナに、セシリアはやたらと自慢そうな笑みを浮かべた。

「兵士たちなんて、私(わたくし)の名を聞けばみんなひれ伏すのですから! 」
「いくらおねーさんがお金持ちだって、そんなことがあるはずねーべ! 」

 もちろん、元村娘はそんな主張を信じない。
 もう一度お嬢様の脇腹を肘で小突くと、「はぁ~あ! しかたのねーお姉さんだべ」と呆れた吐息を漏らして歩くペースを速める。

「あっ、待ってくださいましっ! 」

 その後をセシリアは慌てて追いかけてまたフィーナの隣に並ぶと、二人はなにやらごちゃごちゃと口論のようなものを始める。
 ただ、その内容は他愛のないものだ。
 本当に喧嘩をしているわけではないらしい。

(なんだかんだで、ずいぶん仲良くなったよな~)

 二人に追い越された源九郎はその光景を微笑ましく思いながらも、鋭い視線をラウルへと向けていた。
 注意深く周囲の音を収拾するためにピンと立てられていた犬耳が、ピコピコと動いている。
 ———何気ない風を装ってはいるが、犬頭はセシリアの言動に相当、気を揉(も)んでいるらしい。

(怪しい……。めちゃくちゃ、怪しいぜ)

 源九郎の不審は、確信に変わりつつあった。
 ラウルのことを怪しんでいるのは彼だけではなく、珠穂も同様だ。
 編み笠の下から三白眼がじっと見上げている。
 無邪気に互いを小突き合っているフィーナとセシリアの背後では、真剣な腹の探り合いが続いていた。
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