上 下
86 / 226
:第2章 「源九郎とフィーナの旅」

・2-5 第87話 「村人たちの救世主:2」

しおりを挟む
・2-5 第87話 「村人たちの救世主:2」

 六人の野盗を斬り伏せ、さらわれていた少女を救い出した旅のサムライ。
 立花 源九郎。
 赤面したままその背中にしがみついている少女を背負って戻って来た彼の姿を目にした村人たちは、それはもう、大喜びだった。
 口々に歓迎の言葉を叫びながら家々から飛び出して来た村人たちは、少女が無事に帰って来たことを、そして村が野盗たちの脅威から解放されたことを知って、互いに抱き合い、涙を流し、そして笑顔をあふれさせた。

「源九郎様、どうか、ずっとこの村におってくんろっ! 」

 それから彼らは、長老を筆頭に、みんなで源九郎のことを勧誘した。

「畑仕事も、家畜の世話も、み~んな、オラたちでやるでよ! 源九郎様はな~んも気にせず、ただ村におってくれるだけでええんだ! 」
「んだ、んだ! 空き家はいっぱいあるし、今日からでも住んでもらえるべ! ……あ、なんなら、オラたちで新しく家さ建てるだよ! うんと、でっけぇ家だべさ! 」

 村人たちの熱心さには、鬼気迫るものさえあった。
 なにしろ、源九郎は村人たちにとっての救世主であり、このままこの村に留まってもらえれば、これから先も野盗たちから村を守ってもらえるのに違いないのだ。
 この辺りの村々は軒並み、若い、働き盛りの世代は徴用されてしまっている。
 長く戦争が続いているせいだ。
 残されたのは体力が衰え始めた年長者たちばかりと、まだ子供と呼べる世代だけ。
 彼らには村を自衛する手段がまったくない。
 領主たちは戦争のことで忙しく辺境の名も知れぬ人々を気にかけてやる余力もそのつもりもなく、野盗たちのような存在が跳梁跋扈している。
 だからこそ、たった六人に、何十人もの村人たちが好き放題にされてしまっていたのだ。
 しかし、源九郎さえいてくれたら。
 その強さはもう、お墨つき。
 サムライは野盗をたった一人で全員退治し、さらわれていた娘を無事に連れ帰ってきてくれたのだ。
 彼が村に留まってくれることこそ、村人たちにとって現在望み得る中で最大最良の安全保障であるはずだった。

「い、いやぁ、参ったな……。でも俺、連れがいるし、旅の途中なんです。この村に立ち寄ったのも、偶然で……」

 村人たちの間から厚意を通り越したギラギラとした情念を感じ取った源九郎は愛想笑いを浮かべながら、決して悪くはない条件の村人たちの勧誘を断った。
 働かなくても生活を保障してもらえるだけでなく、家も、それも村人たちにできるだけの豪邸を建ててもらえるのだという。
 もちろん村でのものよりも良い暮らしなどいくらでもあるに違いないのだが、少なくともこの条件は、村人たちが出せる最上級のものだ。
 それだけ真剣に、切実に、村人たちは源九郎という存在を求めてくれている。

「源九郎様、なんなら、お連れさんもご一緒に住んでくれてもええんだ! 一人が二人に増えるくらい、なんでもねぇこった! 」
「しかしですね、急ぎで行かなきゃいけないところがあって……」
「んなら、せめて何日かだけでもいてくんろ! 源九郎様が盗賊を退治してくださったおかげで、盗られたもんも取り返せるだ! 明日にでも野盗どもの洞穴に行って、取り返してくるでよ! そうすりゃ、源九郎様にお渡しできるお礼も増やせるべ! 」

 村人たちはしつこかった。
 だが、源九郎にはどうしても、彼らの要望を飲めない事情があった。

「すみません、ホントに、すみません! 」

 源九郎は、半ば逃げ出すように村を後にするほかはなかった。
 両の手の平を身体の前に見せ、自身を包囲するように、にこにことした凄みのある笑顔のまま迫って来る村人たちを推しとどめつつ後ずさると、彼はタイミングを測って踵を返し、刀が暴れないように左手で押さえながら全力疾走を開始する。

「まっ、まってくんろっ! 」
「一晩だけ! 一晩だけでもええからっ! 」

 村人たちは追いすがって来る。
 だが、徐々に引き離されていく。
 毎日農作業していて本来であれば体力があるはずの村人たちだったが、彼らは普段、麦粥に野草やおがくずを混ぜて食べるような切り詰めた生活をしているために、十分に走ることができない。加えて、大柄な源九郎は歩幅が広く鍛えているから俊敏だった。

「まっ、まってくださいっ! 」
「んおわっ!!? 」

 うまく逃げきれそうだと思った矢先にガッと後ろから強く、身体全体でぶつかるような勢いで左手に組み付かれた源九郎は驚愕した。
 いったい誰が自分に追いついたのか。
 慌てて振り返った彼は、そこにいた者の姿を目にして、さらに驚きに両目を見開く。
 ━━━それは、野盗たちから助け出した少女だったのだ。

「お、お嬢ちゃん? か、身体は、大丈夫なのか? 」
「私の身体なんて、どうだっていい! 今は、どうだっていいんですっ! 」

 まさか野盗に捕まっていたせいでここまでおぶってきてやらなければならなかった少女まで追いかけて来るとは思っていなかった源九郎が半ば呆然としつつ、根っからのお人好しぶりを発揮してたずねると、彼女はぶんぶんと激しく首を左右に振った。

「お願いです! せめて、今晩だけは、村に! ……私と、一緒にっ! 」

 少女はそう絞り出すように叫ぶと、うるんだ、決死の覚悟を決めている真剣な表情で源九郎のことを見上げる。
 うん、とうなずいてくれるまで、決して離れない。
 彼女はその華奢な身体で発揮することのできる渾身の力でしがみついていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

人気MMOの最恐クランと一緒に異世界へ転移してしまったようなので、ひっそり冒険者生活をしています

テツみン
ファンタジー
 二〇八✕年、一世を風靡したフルダイブ型VRMMO『ユグドラシル』のサービス終了日。  七年ぶりにログインしたユウタは、ユグドラシルの面白さを改めて思い知る。  しかし、『時既に遅し』。サービス終了の二十四時となった。あとは強制ログアウトを待つだけ……  なのにログアウトされない! 視界も変化し、ユウタは狼狽えた。  当てもなく彷徨っていると、亜人の娘、ラミィとフィンに出会う。  そこは都市国家連合。異世界だったのだ!  彼女たちと一緒に冒険者として暮らし始めたユウタは、あるとき、ユグドラシル最恐のPKクラン、『オブト・ア・バウンズ』もこの世界に転移していたことを知る。  彼らに気づかれてはならないと、ユウタは「目立つような行動はせず、ひっそり生きていこう――」そう決意するのだが……  ゲームのアバターのまま異世界へダイブした冴えないサラリーマンが、チートPK野郎の陰に怯えながら『ひっそり』と冒険者生活を送っていた……はずなのに、いつの間にか救国の勇者として、『死ぬほど』苦労する――これは、そんな話。 *60話完結(10万文字以上)までは必ず公開します。  『お気に入り登録』、『いいね』、『感想』をお願いします!

なろう370000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜 魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。 大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。 それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・ ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。 < 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

俺だけ✨宝箱✨で殴るダンジョン生活

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
俺、“飯狗頼忠(めしく よりただ)”は世間一般で【大ハズレ】と呼ばれるスキル【+1】を持つ男だ。 幸運こそ100と高いが、代わりに全てのステータスが1と、何をするにもダメダメで、ダンジョンとの相性はすこぶる悪かった。 しかし世の中には天から二物も三物ももらう存在がいる。 それが幼馴染の“漆戸慎(うるしどしん)”だ。 成績優秀、スポーツ万能、そして“ダンジョンタレント”としてクラスカースト上位に君臨する俺にとって目の上のたんこぶ。 そんな幼馴染からの誘いで俺は“宝箱を開ける係”兼“荷物持ち”として誘われ、同調圧力に屈して渋々承認する事に。 他にも【ハズレ】スキルを持つ女子3人を引き連れ、俺たちは最寄りのランクEダンジョンに。 そこで目の当たりにしたのは慎による俺TUEEEEE無双。 寄生上等の養殖で女子達は一足早くレベルアップ。 しかし俺の筋力は1でカスダメも与えられず…… パーティは俺を置いてズンズンと前に進んでしまった。 そんな俺に訪れた更なる不運。 レベルが上がって得意になった女子が踏んだトラップによる幼馴染とのパーティ断絶だった。 一切悪びれずにレベル1で荷物持ちの俺に盾になれと言った女子と折り合いがつくはずもなく、俺たちは別行動をとる事に…… 一撃もらっただけで死ぬ場所で、ビクビクしながらの行軍は悪夢のようだった。そんな中響き渡る悲鳴、先程喧嘩別れした女子がモンスターに襲われていたのだ。 俺は彼女を囮に背後からモンスターに襲いかかる! 戦闘は泥沼だったがそれでも勝利を収めた。 手にしたのはレベルアップの余韻と新たなスキル。そしてアイアンボックスと呼ばれる鉄等級の宝箱を手に入れて、俺は内心興奮を抑えきれなかった。 宝箱。それはアイテムとの出会いの場所。モンスタードロップと違い装備やアイテムが低い確率で出てくるが、同時に入手アイテムのグレードが上がるたびに設置されるトラップが凶悪になる事で有名である。 極限まで追い詰められた俺は、ここで天才的な閃きを見せた。 もしかしてこのトラップ、モンスターにも向けられるんじゃね? やってみたら案の定効果を発揮し、そして嬉しい事に俺のスキルがさらに追加効果を発揮する。 女子を囮にしながらの快進撃。 ステータスが貧弱すぎるが故に自分一人じゃ何もできない俺は、宝箱から出したアイテムで女子を買収し、囮役を引き受けてもらった。 そして迎えたボス戦で、俺たちは再び苦戦を強いられる。 何度削っても回復する無尽蔵のライフ、しかし激戦を制したのは俺たちで、命からがら抜け出したダンジョンの先で待っていたのは……複数の記者のフラッシュだった。 クラスメイトとの別れ、そして耳を疑う顛末。 俺ができるのは宝箱を開けることくらい。 けどその中に、全てを解決できる『鍵』が隠されていた。

異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚
ファンタジー
 戦国大名の若君・斎藤新九郎は大地震にあって崖から転落――――気付いた時には、剣と魔法が物を言い、魔物がはびこる異世界に飛ばされていた。 「これは神隠しか?」  戸惑いつつも日本へ帰る方法を探そうとする新九郎  ところが、今度は自分を追うように領地までが異世界転移してしまう。  家臣や領民を守るため、新九郎は異世界での生き残りを目指すが周囲は問題だらけ。  領地は魔物溢れる荒れ地のど真ん中に転移。  唯一頼れた貴族はお家騒動で没落寸前。  敵対勢力は圧倒的な戦力。  果たして苦境を脱する術はあるのか?  かつて、日本から様々なものが異世界転移した。  侍 = 刀一本で無双した。  自衛隊 = 現代兵器で無双した。  日本国 = 国力をあげて無双した。  では、戦国大名が家臣を引き連れ、領地丸ごと、剣と魔法の異世界へ転移したら――――? 【新九郎の解答】  国を盗って生き残るしかない!(必死) 【ちなみに異世界の人々の感想】  何なのこの狂戦士!? もう帰れよ!  戦国日本の侍達が生き残りを掛けて本気で戦った時、剣と魔法の異世界は勝てるのか?  これは、その疑問に答える物語。  異世界よ、戦国武士の本気を思い知れ――――。 ※「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも投稿しています。

処理中です...