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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」

・1-58 第74話 「キープ:1」

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・1-58 第74話 「キープ:1」

※作者注
 本話も、流血シーンがあります

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 野盗の頭領と、さらわれてしまった村娘のフィーナ。
 その2人がいるはずのキープの扉は、中から野盗たちが飛び出してきた時のまま、開きっぱなしになっていた。

 中にいる人間が扉を閉め、かんぬきをするなり鍵をかけるなりする時間は、十分にあったはずだ。
 それをしていないということは、おそらく、源九郎を待っている、ということに違いなかった。

 源九郎は脇差を手に、自身を誘い込むように開かれているキープの扉へと向かっていく。
 刀を拾いに行かないのは、そうしている時間も惜しい、ということと、屋内での戦いでは取り回しのしづらい刀よりも、脇差の方があつかいやすいだろうと思うからだ。

 日本刀をあつかう剣術には様々な流派があり、それぞれに独自の技を受け継いでいるが、その中には脇差を使った剣術というモノもある。
 サムライにとって刀は長い期間、その身分や精神を象徴する武器であり続けたが、本差しではなく脇差で戦わなければならないということもあった。
 本差しを持ち込むことのできない場面や、閉所での戦いのように脇差を使った方が戦いやすい場合もあり、脇差の扱い方を専門にした流派、剣豪といったものが存在しているのだ。

 源九郎は、刀ほど熱心に習得してはいなかったが、脇差の扱い方にも心得はあった。
 時に鍋蓋なべぶたや船を漕ぐオールを使って戦ったサムライもいたと知って、脇差の扱いくらいはできるようになっておかねばと修行を積んでいる。

 戦える自信はあった。
 しかし源九郎は、すぐにキープの中には飛び込まず、慎重に中の様子をうかがう。

 相手がこちらを誘い込んでいるように見える以上、屋内に入った途端に奇襲されるという状況を警戒しなければならないからだ。

 五感を研ぎ澄ませてみたが、危険の兆候を見つけることはできない。
 キープの中は暗かったが、いくつかの燭台しょくだいに火が灯されたままになっているためになんとか見渡すことができる。
しかし、頭領の姿も、フィーナの姿も見つけられない。
 野盗たちが調理している途中だった鍋が火にかけられたまま、中の物がぐつぐつと煮立っているだけだった。

 ごくり、と生唾を飲み込むと、源九郎は腹をくくる。
 そうしていつ攻撃を受けても対応できるよう、脇差を身体の前にかまえながら、慎重にキープの中に進んで行く。

 キープは、日本の城郭で言うところの天守閣に相当する建物だ。
 平時は城の主の住居として、戦時は敵に攻め込まれた際の最後の抵抗拠点とするべく作られたその防御施設は、城壁と同じく石積みで堅牢に作られている。

 ただその大きさは、それほどでもない。
 天守閣に相当する建物、というと壮大なものを思い浮かべてしまうが、元々が最大でも100名程度で守るような小城だ。
 日本の、一般的な2階建ての住宅程度の大きさしかない。

 その内部は上階の重量を支えるためもあって、柱と壁が多く、薄暗いこともあって見通しが効かない。
 しかし、どうやら1階部分には誰もいない様子だった。

(まさか、もうどこかに逃げ出しちまったのか? )

 源九郎の脳裏に一瞬、そんな不安がよぎる。

 この城は三方向を切り立った断崖に囲まれていて、その断崖を通って外に逃げ出すことは難しいはずだった。
 そして、唯一の出入り口から源九郎は攻めのぼって来たのだ。
 野盗たちが逃げられるはずがないとすぐに思い直すと、源九郎は上に続く階段かハシゴがないかと辺りを見回す。

 すると突然、上階からハシゴが下ろされた。

 ストン、と勢いよく降って来たハシゴに、源九郎は身構える。
 しかし、上から野盗の頭領たちが姿をあらわすとか、そういうことはなかった。

「どうした? 

 娘を、取り戻しに来たのだろう? 
 さっさと上にあがってくるがいい」

 薄暗がりに目をこらして警戒している源九郎の頭上から、唐突にそんな声が浴びせられる。
 野盗の頭領の声だった。

(行くしか、ねェ、よな)

 罠かもしれない。
 源九郎はそう思って警戒したが、罠であろうと進むしかないと思い、脇差の柄を歯でくわえると、ハシゴをよじ登って行った。

 キープの上階は、1階と比べて支えるべき重量の負担が小さいのか、柱の本数と壁の配置が減って少し広々としている。
 どうやら領主の部屋として、籠城する際には指揮所としても機能する場所であるらしく、柱は突き出ているが20畳ほどの広さがあった。

 そこはやはり薄暗かったが、天井から蝋燭ろうそくをいくつも連ねたシャンデリアが吊り下げられている上に、壁にいくつも作られた狭間から外の日差しが入り込んでくるために1階よりは見通しが効く。

 源九郎がハシゴを登って顔を出すと、くぐもった少女の声が聞こえた。

(フィーナ! )

 そこには、さるぐつわをかまされ、両手を縄で縛られてはいるものの、無事でいるらしいフィーナの姿があった。
 源九郎は心底から安心したが、しかし、緩みかけた表情をすぐに引き締める。

 フィーナの両脇には、2人の、完全武装した野盗たちがいるからだ。

 1人は、野盗の頭領で、すでに抜き身にした剣を手にしている。
 もう1人は、手斧を持った野盗だ。

 源九郎の姿を目にして一瞬喜びを表情に浮かべたフィーナだったが、前に頭領と野盗が進み出るのを目にして、現実を思い出し不安と心配でたまらなさそうな表情になる。

「テメェらの悪事も、これまでだ! 」

 そんな彼女を励ますように強い言葉でそう啖呵(たんか)をきった源九郎は、自身から5メートルほどの距離を置いて立ち止まった頭領と野盗を見すえながら、脇差の切っ先を突きつけていた。
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