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:第39話 「元気で」

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:第39話 「元気で」

 パガーニ伍長の捨て身の攻撃のおかげで、アランとG・Jの二人はなんとかB分隊の陣地から脱出することができた。

「ベイル軍曹! ご無事ですか!? 」
「お……、おう、アラン、G・J。来て……、くれたのか。ははっ、正直、辛い所だぜ」

 障害物を見繕いながら姿勢を低くして進み続け、どうにかベイル軍曹が隠れている茂みのところにまでたどり着くと、彼は顔中に冷や汗を浮かべながら笑ってみせた。
 その下腹部の辺りには、血がにじんでいる。
 そこが被弾した個所なのだろう。

「見せてください! 」

 G・Jが駆けよって、ひとまずの止血を試みる。
 ここから橋のある場所までは、二十メートルほど。
 たどり着くためには、これ以上の出血は厳しかった。

 周囲を警戒しながら、どうしてもパガーニ伍長がどのような運命を辿ったのか気になったアランは背後を振り返る。

 そこには地面に倒れ、それでも射撃を続けている姿があった。

 軽機関銃の弾が尽きたら、拳銃をかまえ、抵抗を続けている。
 そんな彼に、背後からルッカ伍長が駆け寄っていく。
 そうして二人は最後まで戦い、———やがて銃声は途絶えた。

 アランは奥歯を強く噛みしめながら、もう、生き残りは自分たちしかいないのだろうと悟った。

 いつのまにか戦場の喧騒(けんそう)は収まりつつある。
 まだそこかしこで発砲音が響いているが、ずいぶん、散発的なものになった。

 王立軍は、第二大隊は、その大半が敵の攻撃によって制圧されてしまったのだろう。
 元々少なかったその数はさらに撃ち減らされ、戦闘は掃討戦の段階に移り変わりつつある。

 アランたちは、敵中に孤立していた。
 もう彼らを援護してくれる味方はいないのに、敵は残っている。

「へへっ……、これで、なんとか、橋までは行けそうだぜ」

 衛生兵ではないために簡易的な治療しかできず、服の上から包帯を巻きつける程度のことしかできなかったが、それでもベイル軍曹は強がって笑ってみせた。
 そんな彼に、G・Jが不安そうにたずねる

「軍曹さん。どうやって、橋まで向かうつもりなんですか? 」
「そうだな……、道の脇の、低くなっているところがあるだろう。あそこを伝って行こう。
 アラン、すまないが肩を貸してくれ。G・Jは、ここから援護。
 オレたちが敵に気づかれたら、発砲して敵の気を逸らしてくれ」
「了解です」「わかりました! 」

 もはや敵と積極的に戦う段階は通り過ぎていた。
 なるべく発見されないように、こっそりと行く。

 無事に橋までたどり着いて、爆破できればこちらの勝利だった。

 茂みの中から周囲を慎重にうかがい、敵の意識がこちらに向けられていないことを確かめると、アランとベイル軍曹は緊張した様子のG・Jを残して進み始める。

 軍曹の身体が、ずっしりと重い。
 気力だけで前に進み続けているが、もう、相当に無理をしている状態なのだろう。
 斜面を斜めに登っていく道には路面を平らにするためにわずかだが土盛がしてあり、そこに隠れるように進んでいくが、その行程は長いものだった。

 時には、戦闘の結果、倒れた連邦軍の将兵の遺体に身を隠しながら。
 橋を爆破する。
 その目的を果たすために、執拗に、往生際悪く、前に。

 無事に橋までたどり着くことができたのは、奇跡と言えるだろう。
 どうやら連邦軍の将兵の意識は陣地に残っているわずかな王立軍へと向けられており、あまりこちらに注意を向けていないらしかった。

「連邦の奴らも、チェックが甘いなぁ」

 赤茶色く変色した川の水の中に入り、アランに肩を借りながら橋桁の下に潜り込んだベイル軍曹は、そこにしかけられた爆薬がそのままになっていることを確認して不敵な笑みを浮かべる。
 起爆しなかった原因が断線だけではなく、連邦側に解体されていたら、ということも少し危惧していたからか、その不安が的中しなかったことを純粋に喜んでいる様子だった。

「よし、アラン。手伝ってくれ」
「はい、軍曹! 」

 負傷した軍曹は今、満足に身動きが取れない。
 だから自分が動かなければならないだろうと覚悟をしていたアランは答えると、指示を受けながら手早く作業を進めて行った。

 といっても、やることは単純だ。
 信管につながっている配線をつなぎ直し、起爆できるようにするだけ。

 電線をつなぎ直すという技能は、王立陸軍では新兵教育に含まれていることだった。
 というのは、徴兵されて最初の一年間においては、基礎的な軍隊生活だけでなく、次の年度においてどの部隊に配属されてもいいように最低限のことは一通りすべて教え込むからだ。
 これには、基礎教育の段階でその兵士にどんな適性があるのかどうか見分けるため、という目的もある。

 ナイフで切断した配線のゴム被覆を取り払い、より集められた中の銅線の被膜を削り取って、同様の加工を施した起爆装置の配線に繋ぎ直す。

「よし、アラン。助かったぜ。……それじゃ、もう、行ってくれ。スイッチを押すだけなら、オレ一人で十分だ」
「いいえ。俺も、残ります」

 準備が完了したことを見て取ったベイル軍曹はもう立っているのも辛いらしく川の中に座り込んでしまっていたが、意識はまだはっきりとしている様子で、爆破に巻き込まれないように退避せよと命じて来る。
 しかし、アランは首を左右に振った。

 確かに配線は繋ぎ直した。
 だが、本当に機能するかどうかは、実際にスイッチを押してみないことには分からない。

 もしきちんと作動し無かったら、再度、繋ぎ直す必要がある。
 そうなった時、ベイル軍曹だけでは荷が重い。
 もう起爆装置を作動させるだけでも精一杯、というような様子なのだ。

「ありがとうよ、アラン。……でも、もう十分だ」

 そのことは軍曹も理解しているはずだったが、あらためて首を左右に振って見せた。

「大丈夫。ちゃんと、コイツは作動するさ。
 ……それに、もし動かなくっても、オレがここから直接、信管を撃ち抜いてやる。
 それくらいの力はまだ、残ってるさ」
「ですが、軍曹! 」

 その時、二人の耳にV型十二気筒のディーゼルエンジンが吹き上がる音と、微かな地面の揺れが伝わって来る。
 水面がわずかに震え、徐々にそれは大きくなってきている様子だった。

「どうやら、連邦の戦車がまた、動き始めたらしいな」

 王立陸軍の対戦車猟兵の攻撃によって大損害を受けた連邦軍の戦車隊は、こちらのことを警戒して丘の上に留まり、降りてこようとはしなかった。
 だが、抵抗は排除できたと判断したのだろう。
 遅れた分を取り戻すべく、早速、進撃を再開しようとしているらしい。

「アラン・フルーリー。
 ヴァレンティ中尉から指揮権を引き継いだ者として、最後の命令を伝える」

 まだこの場から立ち去ることを躊躇(ちゅうちょ)している様子のアランに向かって、厳しい、改まった口調でそう言うと、ベイル軍曹はふっと表情を和らげ、優しく微笑んでいた。

「連邦の戦車を、一両でも多く倒せ。
 ……これが、最後の命令だ。
 生き延びて、王国を守ってくれ。
 オレの、オレたちの分も。
 それと……、元気で、な」
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