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第十一章:「海の向こうから」

・11-16 第180話:「ナンパ」

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・11-16 第180話:「ナンパ」

 お手軽に昼食を終えた三人は、それから、帰り道でどこか立ち寄ってみたいところがあるかどうかを、仲良く話し合った。

 といっても、時間にそれほど余裕があるわけではなく、あまりあちこち巡ることは難しい。
 帰りの列車に間に合わなければ、今日中にポリティークシュタットまで帰り着くことができないからだ。

 アリツィアとマヤは非公式に訪問してきている立場ではあるものの、隣国の王族とその家臣だ。
 無事に宿泊所まで帰りつけず、一時的にでも行方が分からなくなるというのは、大問題になる。

 ルーシェだって、ヴァイスシュネーに帰れないのは困る。

(エドゥアルドさまの身の回りのことは、私がしてさしあげないと! )

 メイドとしてのプライドが許さないのだ。

 そういうわけで、結局、帰りに見物していくのは二か所だけ、ということに決めた。
 ひとつはアリツィアが気になったという舶来品の土産物屋で、もうひとつは、マヤが気になったと伝えてきた、かわいらしいフリルのついた女子向けの衣服を扱っているお店だった。

 ルーシェは、時間の都合があるからと遠慮した。
 元々、どうしても行ってみたい場所がある、というわけではない。
 しいて言うならば自分が暮らしていたスラム街がどう変化したのか、ぶらぶら歩いてきちんとチェックしたいな、というところだったが、はっきり言ってそれでは他の二人は退屈してしまうのに違いなかった。

「よし。それじゃ、さっそく行こうか。
 マヤの記憶によれば、乗合馬車ももうすぐ出発するみたいだしな」

 アリツィアがそう言い、みんなでベンチから立ち上がった時だった。

「Hey! Cuties! (やぁ! かわいこちゃんたち! )」

 唐突に、耳慣れない言語で話しかけられた。

 振り返ると、若い男性が三人、並んでいる。
 がっちりとした体格のたくましい者と、平均的な背丈だが爽やかな笑顔を浮かべている青年、背丈が高く身体はやせ形で、人懐っこい印象の、おそらくは少年

 いずれも、同じ衣装を身に着けている。

(イーンスラ王国の、水兵さん! )

 それは、この港に来てからよく見かける者たちだった。
 全権大使のバリントン伯爵と共にエドゥアルドの下を訪れた使節団にも混ざっていたのを覚えている。

 レッドコートと呼ばれる、目にも鮮やかな赤い色の上着に、白いズボン、革製のブーツ。
 正確に言うと彼らは軍艦に乗り込んでいる海兵であって、船の操船などを行う船員は別にいるそうだ。

 その、異国の兵士たちが、口々に陽気な言葉をかけながら、あっという間にルーシェたちを取り囲んでしまった。

「なんだ? 彼らは、なにを言っているんだ? 」
「あわわわわわ……っ! 
 さっぱりわかりません~!!! 」

 敵対的な雰囲気ではないものの、なんとなく圧を感じる。
 なにしろ、こちらが急に走り出して逃げ出せないように、包囲する形を作っているのだ。

「ん? なんだい、マヤ? 」

 すると、アリツィアを庇(かば)うようにすっと前に出て、それと周囲に悟られないように身構えているマヤが振り返り、手ぶりで合図をする。
 二人の間で通じる、いわゆる手話の一種のようだ。

「……なるほど。ナンパか」

 それを確認したアリツィアは、事態を飲み込めたらしく納得してうなずいていた。

「あっ、あのあのっ! 
 な、なんぱ、って……? 」
「つまりは、口説かれているのさ、私たちは。
 この兵士たちにな」

 説明してもらって、ようやくルーシェにも状況が把握できた。

 同時に、サーッ、と血の気が引く思いがする。

「どどどど、どうしようっ!? 」

 相手は気さくに話しかけてきているが、正直、怖い。
 うんと言うまで逃がさないよ、という雰囲気がある。

 ルーシェだって、もう十八歳になっている。
 彼らがなにを目的としてナンパをして来ているのかは、理解していた。

 航海をする間、限られた船上という空間で暮らし、いろいろと溜まるものはあっただろう。
 そして、やっと得ることができた休暇と、上陸できるという機会。
 ハメを外したくもなる。

 そんなところにあらわれた、年頃の女子が三人。
 声をかけてみよう、という話になるのは、自然なことに違いなかった。

 だが、困ったことになった。
 こちらはただ観光にやって来ただけで、兵士たちが望んでいるようなことに応じるつもりなどまったくない。

 それなのに、言語が分からないせいで、そのことを伝えることができない。

 逃げ出そうにも、三人の兵士たちは逃げ道を塞ぐように周囲に陣取ってしまっている。
 駆け出しても進路を抑えられてしまうだろう。

 そしてそれを跳ねのけて逃げるだけの力は、ルーシェにはなかった。

 アリツィアとマヤは、違うかもしれない。
 オルリック王国の王女は自ら武具を身に着けて戦場に出てエドゥアルドと共闘したこともあるほどだったし、そのメイドは、見た目からは分かりにくいが普通のメイドではない。

 赤毛のメイド、シャルロッテ・フォン・クライスと、役割が似ている。
 今も男たちがこれ以上に不審な動きを見せたら直ちに撃退できるよう、油断なく備えている眼鏡のメイドは、おそらく三人の水兵を簡単に打ち倒せるだけの実力を持っている。

 お忍びとはいえ、隣国の王女ほどの存在が気軽に街中を出歩けるのは、こうした[切り札]をきちんと用意しているからだった。

(で、でもでもっ、もしっ……! )

 いざとなれば何とかしてもらえそうだと分かって少し落ち着いたが、そうなると、別のことが気になって来る。

 タウゼント帝国とイーンスラ王国は、現在、協力関係を構築するために交渉中だ。
 相手側に何らかの思惑があるのかなかなか進んでいない様子だったが、前向きに、良い方向には進んでいるらしい。

 そこで、相手方の兵士ともめごとを起こしてしまったら、どうなるのか。

 兵士たちの目的を知ってアリツィアは露骨に不愉快そうな表情を見せていたが、マヤに命じて事態を打開させないのは、そういう点を理解しているからなのだろう。

 オルリック王国の王女だ、そこをどけ、と伝えられれば話は簡単だったが、言葉は通じないから、武力による強硬手段しか対抗策がない。
 だがそれを使ってしまえば、後で厄介なことになるかもしれない……。

(エドゥアルドさまに、ご迷惑はかけられませんっ! )

 それだけは、絶対に嫌だ。
 かといって、兵士たちの相手をするというのも、恐ろしい。

 最初は優しく声をかけていた三人組の兵士たちは、段々とイラ立ってきている様子だった。
 言葉だけでは通じないと分かっているのかジェスチャーを交えて誘ってきているが、良い反応が返ってこないので不満を持ち始めたらしい。

 身勝手な話だったが、ようやく得た上陸で、すでに酒も入っているからか、理性が働いていない。

 半ば怒鳴るような声と共に体格の良い兵士が手を伸ばして来てルーシェの腕を乱暴につかむ。

「きゃ、きゃあっ!? 」

 少女は咄嗟(とっさ)に身をすくめ、悲鳴を上げていた。
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