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第九章:「苦しい冬」

・9-18 第144話:「機運:1」

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・9-18 第144話:「機運:1」

 エドゥアルドたちは、国内の経済を活性化するために躍起になっていた。
 海軍の建設にはどうしても時間がかかり、当面の間、共和国による海上封鎖から脱する手段が得られないのだから、そうする以外にはない。

 ムナール将軍の大陸封鎖令により交易が停止して経済が停滞したことで投資先を失っていた資本家たちの資金を国債によって収集し、インフラ整備に充て、職を失った失業者たちに仕事を与え経済を回す。
 これによって国は多くの返済するべき債権を抱えることとなってしまったが、産業革命の進捗に伴う急速な経済成長でカバーできれば、十分にまかなえるどころか、借り入れた以上の利益まで見込める状況だ。

 加えて、輸入のストップにより委縮(いしゅく)してしまった人心を安心させ、彼らが再び市場で金銭を使ってくれるようにするため、代用品の取り組みを強化してもいる。
 すでに人々は代皇帝から推奨された大豆やドングリの代用コーヒーを製造しつつあり、市場にも流通が始まっている。

 中でも、オズヴァルトが持ち込んで来た砂糖の代用品の登場は大きい。
 エドゥアルドは新聞を活用し、帝国でも生産できる甜菜(てんさい)を用いて砂糖を精製数方法が確立され、すでに工場が稼働していることを大々的に宣伝し、人々に知らしめた。
 それだけではなく、自身に献上された砂糖を自分で使うのではなく、無料で人々に配り、その味がサトウキビ由来のものと遜色(そんしょく)がないことを広めたりもしている。

 こうした生活必需品とも言える物資が安定供給される見込みが出てきたことで、人々の不安は確実に払拭(ふっしょく)されつつあった。

(一時はどうなるかとも思ったが、案外、やればなんとかなるのだな……)

 そうした状況で、若き代皇帝は手ごたえを感じている。

 海上封鎖が解かれればそれに越したことはないのだが、少なくとも、自分たちはここで生きていける。
 相手の経済的な圧力に屈することなく、自立できる。

 その実感が、国家元首だけでなく、人々の間でも自信となり始めていた。
 自分たちは、タウゼント帝国人は、容易にはくじけない強固な民族なのだと。

 ———しかし、その一方で芳しくない進捗のものもある。

 それは、将来的にこの状況を終わらせる切り札となるはずの、海軍の建設という事業だった。

 現状では、国民からの支持を得られない。
 そういう懸念から海軍建設の必要性は認められつつも、正式な予算の増額は足踏みされてしまっている。

 軍艦の建造にも、将兵の訓練にも、多くの資金が必要だ。
 しかしそれは、他のあらゆる面でも同じ。
 タウゼント帝国の財政は、常に資金難に直面し、それを何とかだましだまし、必要な改革を進めているという状況だ。
 もし潤沢な国庫があれば、そもそも国債に頼った経済成長など志向してはいない……。

(なんとか資金を調達したいが、さて、どうしたものか……)

 このままでは、ただでさえ時間のかかる海軍の建設がさらに遅れてしまう。
 どうにか予算を確保したいと、エドゥアルドは頭を悩ませる日々を過ごしていた。

「あの、エドゥアルドさま。
 マリアン伯爵さまが至急お会いしたいと、いらしております」

 今日の分の執務を終え、ホテル・ベルンシュタインの自室で代用コーヒーを楽しみながらのんびりしていたエドゥアルドに、メイドのルーシェがそう告げたのは午後七時過ぎのことだった。

「マリアン殿が、こんな時間に? 」
「はい。なんだかとっても、慌てていらっしゃるご様子でした」

 お休みの時間のはずなのに緊急の案件が舞い込んで来て、別に彼女が悪いわけではないのにすまなさそうにしている少女の姿を眺めながら、しばし思案する。

「よし。会おう。
 きっと何かあったのだろう」

 だがすぐに、代皇帝は海軍大臣との緊急の面会に応じることにしていた。

 慌てた様子だ、ということは、主君の宸襟(しんきん)を騒がせるほどの何かがあるのだろう。

「陛下! ぜひ、お力添えをお願いいたします! 」

 ルーシェによって部屋まで案内されて来たマリアンは、顔を合わせるなりそう叫ぶように言い、跪(ひざま)いて来る。

 なかなか威圧感があり、暑苦しい印象がする。
 よほど熱心な願いなのだろう。

「ど、どうしたのだ、マリアン殿? 
 いったい、余に何をせよと? 」
「こ、これを! ご覧ください! 」

 差し出されたのは、先日発行された一枚の新聞だった。

「これは……、甜菜(てんさい)糖の製法が確立されたことを知らしめるために記事を乗せてもらった日の……。
 これが、どうしたというのだ? 」
「海軍について、ぜひ、同じことをしていただきたいのです! 」

 顔をあげたマリアンは、興奮からか顔色を赤くしながら熱弁する。

「以前開かれた重臣会議で、残念ながら我が海軍を建設するには、民衆からの理解が得られない、すなわち、その機運が欠けている、というご指摘をいただいてしまいました。
 しかしながら、その必要性は自明のこと。
 であれば、何とかその機運を醸成したいと考えた次第でございます! 」
「なるほど……。それで、新聞か」

 エドゥアルドは得心してうなずいていた。

 甜菜(てんさい)糖の製法が確立された、という新聞記事は、帝国人の間に確かな影響力を発揮していた。
 今は苦しくとも将来的には解消される、と希望を抱いたし、この国は、自分たちは外圧に屈することなく自立していけると、自信を生ませもした。
 また、俗なことではあるが、製糖法の特許を有しているオズヴァルトの元には、すでに多数のライセンス取得の申請が届いているらしい。

 それと同じことを、マリアンは海軍に対してもやって欲しいと考えているのだろう。

「はっ! 
 この、甜菜(てんさい)糖と同様、陛下に、海軍建設の重要性を説いて欲しいのです。
 さすれば必ずや、我が国においても海軍を作ろうという機運が生まれるでしょう! 」

 建国以来、千年以上にもわたって海上戦力を軽視し、その必要性を上も下も認識して来なかったこの国において、人々にその重要性を理解させるにはこれ以上の手段はない。
 海軍大臣はそう確信し、そうと決心すればいてもたってもいられず、エドゥアルドのプライベートな時間を邪魔することを承知で駆けつけたのに違いない。

 その熱意は、確かに少年の胸にも届いた。

「わかった。なにか、考えてみよう」
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