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第九章:「苦しい冬」
・9-11 第137話:「失業対策:1」
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・9-11 第137話:「失業対策:1」
アルエット共和国がその圧倒的な海軍力を背景として開始した大陸封鎖は、着実に効果をあげつつあった。
タウゼント帝国では砂糖を始めとして、これまで海路を経由しての輸入に頼っていた品物が品薄となり、価格が高騰し続けている。
これによって帝国人の生活は圧迫され、倹約ムードが広まったために経済活動も委縮(いしゅく)してしまっていた。
しかし、それでも民衆のエドゥアルドに対する感情は目立って悪化してはいなかった。
新聞などを利用し、国家として決して無策ではないのだということをしきりに宣伝したというのもあったが、毎日三度の食事に人々を招き共にする、という態度が好感を持たれたらしい。
確かにあの若い指導者にはいろいろと不安がある。
ノルトハーフェンの統治はうまく行っていたようだが、帝国という巨大な国家となるとまた話は別だ。
実質的な国家元首の地位について一年目の統治は、実際のところ、必ずしもうまくは運んでいないように見える。
アルエット共和国からの侵攻はなんとか跳ねのけることができたが、しかし、その後の海上封鎖には、ほとんど対抗できていない。
故国であるノルトハーフェンの港でさえ、守れなかったではないか———。
だがこの指導者は、誠実だ。
少なくとも民衆に寄り添おうとはしてくれている。
彼は現状について自分に責任があることを否定せず真正面から受け入れ、言い訳をしなかったし、万全ではないもののできる限りで対応策も打ち出している。
これから状況が改善されるという期待を持つことができた。
そしてなにより、人々が困窮(こんきゅう)している以上は、貴族だからと言い自分だけは贅沢(ぜいたく)をする、などという行為には走らない。
決して完璧ではない。
だが、現状で彼以上の指導者がいるのか? と言えば、ノーと答えるしかない。
そしてなにより、彼の下々の者にも配慮したやり方は、誠実だと受け取られていた。
これまでの貴族とは、明らかに違う。
人々はそのことを察知し、いましばらくは彼に統治を任せてみようと考えてくれていた。
アルエット共和国としては、この大陸封鎖によってタウゼント帝国の政情を不安定なものとし、あわよくば、自国と同じく民衆の蜂起と革命を誘発させよう、という狙いがあったことだろう。
もしそうなれば、今のところヘルデン大陸で孤立無援である共和制国家が隣り合って誕生することとなり、その両国は必然的に手を取り合って他の君主国家に対抗するはずだ。
そしてそれは強固な安全保障の基盤となるのに違いない。
少なくともエドゥアルドたちは、その、共和国が抱いていた構想の、成果の最大値を獲得されることは防げていた。
とはいうものの。
「あまり長くこの状態のままだったら、どうなることか……」
それは、代皇帝のみならず、帝国の首脳部の誰もが抱いている危機感であった。
今のところ帝国の民衆は国家元首の振る舞いに好感を抱き、協力的な態度を取ってくれている。
だがそれは、我慢してくれているだけに過ぎないのだ。
人々は砂糖の高騰に苦しみ、ほとんど手に入らなくなった嗜好品(しこうひん)に飢(う)えている。
さらには、多くの資本家たちは、自身の商売の機会を失ったことで困り果て、迷惑を被っていた。
そしてその下で働いていた、大勢の労働者たちも。
海上交易を封鎖されたことで、船舶を利用した輸出入は完全に停止してしまっている。
ということは、それに従事していた産業は仕事を失い、多くの者が職を奪われてしまっているのだ。
資本家たちが受けた経済的な損失は莫大(ばくだい)なものとなっていたし、生活の糧を失った労働者たちは悲惨だった。
中には、住処を失うだけでなく、日々の食事にこと欠く者までいるのだという。
そういった報告があがってきている。
特に、港湾都市として栄えて来ていたノルトハーフェンでは事態が深刻だった。
経済の中枢が突然失われ、風穴が空き、これまでは円滑に流れていた金(カネ)の流れが止まってしまったのだ。
港湾で働いていた労働者、船乗り、そして輸出入を頼りに操業していた工場の人々。
みな仕事を失ってしまって、収入を断たれている。
こういった事態が生じていることを、ノルトハーフェン公国の統治を代行しているヨーゼフ・ツー・フェヒターから知らされたエドゥアルドは、ひとまず、公国の国庫から失業者に対して給付金を支給させるように指示していた。
このままでは食糧生産が十分にあるのに、故国で餓死者(がししゃ)が生じかねないと思ったからだ。
しかしこれは一時しのぎに過ぎないことだ。
いつ海上封鎖が解かれるかもわからないのに、ずっと給付を続けるということは不可能なのだ。
なにしろノルトハーフェン公国の財政における収入の大きな割合が、港湾とそれに関連して発達した産業から得られたものであり、それが失われた今、継続的に税収を得る見込みが無くなってしまっていたからだ。
なんとか、失業者たちのケアをしてやらなければならない。
ただ一方的に給付を与えるのでは、財源が枯渇して立ち行かなくなってしまう。
彼らには大陸封鎖が解消されるまでの間、一時的にでも別の仕事につき、少しでも生産活動に従事して、経済を回す主体になってもらうべきだ。
そうしなければ、国家も、民衆も、共倒れだ。
日々やせ細り、衰弱し、失われた分の経済成長を取り戻すには多くの時間が必要となることだろう。
———そう悩んでいた時、「国債をさらに発行しましょう」と提案して来たのは、ディートリヒ・ツー・マルモア男爵だった。
アルエット共和国がその圧倒的な海軍力を背景として開始した大陸封鎖は、着実に効果をあげつつあった。
タウゼント帝国では砂糖を始めとして、これまで海路を経由しての輸入に頼っていた品物が品薄となり、価格が高騰し続けている。
これによって帝国人の生活は圧迫され、倹約ムードが広まったために経済活動も委縮(いしゅく)してしまっていた。
しかし、それでも民衆のエドゥアルドに対する感情は目立って悪化してはいなかった。
新聞などを利用し、国家として決して無策ではないのだということをしきりに宣伝したというのもあったが、毎日三度の食事に人々を招き共にする、という態度が好感を持たれたらしい。
確かにあの若い指導者にはいろいろと不安がある。
ノルトハーフェンの統治はうまく行っていたようだが、帝国という巨大な国家となるとまた話は別だ。
実質的な国家元首の地位について一年目の統治は、実際のところ、必ずしもうまくは運んでいないように見える。
アルエット共和国からの侵攻はなんとか跳ねのけることができたが、しかし、その後の海上封鎖には、ほとんど対抗できていない。
故国であるノルトハーフェンの港でさえ、守れなかったではないか———。
だがこの指導者は、誠実だ。
少なくとも民衆に寄り添おうとはしてくれている。
彼は現状について自分に責任があることを否定せず真正面から受け入れ、言い訳をしなかったし、万全ではないもののできる限りで対応策も打ち出している。
これから状況が改善されるという期待を持つことができた。
そしてなにより、人々が困窮(こんきゅう)している以上は、貴族だからと言い自分だけは贅沢(ぜいたく)をする、などという行為には走らない。
決して完璧ではない。
だが、現状で彼以上の指導者がいるのか? と言えば、ノーと答えるしかない。
そしてなにより、彼の下々の者にも配慮したやり方は、誠実だと受け取られていた。
これまでの貴族とは、明らかに違う。
人々はそのことを察知し、いましばらくは彼に統治を任せてみようと考えてくれていた。
アルエット共和国としては、この大陸封鎖によってタウゼント帝国の政情を不安定なものとし、あわよくば、自国と同じく民衆の蜂起と革命を誘発させよう、という狙いがあったことだろう。
もしそうなれば、今のところヘルデン大陸で孤立無援である共和制国家が隣り合って誕生することとなり、その両国は必然的に手を取り合って他の君主国家に対抗するはずだ。
そしてそれは強固な安全保障の基盤となるのに違いない。
少なくともエドゥアルドたちは、その、共和国が抱いていた構想の、成果の最大値を獲得されることは防げていた。
とはいうものの。
「あまり長くこの状態のままだったら、どうなることか……」
それは、代皇帝のみならず、帝国の首脳部の誰もが抱いている危機感であった。
今のところ帝国の民衆は国家元首の振る舞いに好感を抱き、協力的な態度を取ってくれている。
だがそれは、我慢してくれているだけに過ぎないのだ。
人々は砂糖の高騰に苦しみ、ほとんど手に入らなくなった嗜好品(しこうひん)に飢(う)えている。
さらには、多くの資本家たちは、自身の商売の機会を失ったことで困り果て、迷惑を被っていた。
そしてその下で働いていた、大勢の労働者たちも。
海上交易を封鎖されたことで、船舶を利用した輸出入は完全に停止してしまっている。
ということは、それに従事していた産業は仕事を失い、多くの者が職を奪われてしまっているのだ。
資本家たちが受けた経済的な損失は莫大(ばくだい)なものとなっていたし、生活の糧を失った労働者たちは悲惨だった。
中には、住処を失うだけでなく、日々の食事にこと欠く者までいるのだという。
そういった報告があがってきている。
特に、港湾都市として栄えて来ていたノルトハーフェンでは事態が深刻だった。
経済の中枢が突然失われ、風穴が空き、これまでは円滑に流れていた金(カネ)の流れが止まってしまったのだ。
港湾で働いていた労働者、船乗り、そして輸出入を頼りに操業していた工場の人々。
みな仕事を失ってしまって、収入を断たれている。
こういった事態が生じていることを、ノルトハーフェン公国の統治を代行しているヨーゼフ・ツー・フェヒターから知らされたエドゥアルドは、ひとまず、公国の国庫から失業者に対して給付金を支給させるように指示していた。
このままでは食糧生産が十分にあるのに、故国で餓死者(がししゃ)が生じかねないと思ったからだ。
しかしこれは一時しのぎに過ぎないことだ。
いつ海上封鎖が解かれるかもわからないのに、ずっと給付を続けるということは不可能なのだ。
なにしろノルトハーフェン公国の財政における収入の大きな割合が、港湾とそれに関連して発達した産業から得られたものであり、それが失われた今、継続的に税収を得る見込みが無くなってしまっていたからだ。
なんとか、失業者たちのケアをしてやらなければならない。
ただ一方的に給付を与えるのでは、財源が枯渇して立ち行かなくなってしまう。
彼らには大陸封鎖が解消されるまでの間、一時的にでも別の仕事につき、少しでも生産活動に従事して、経済を回す主体になってもらうべきだ。
そうしなければ、国家も、民衆も、共倒れだ。
日々やせ細り、衰弱し、失われた分の経済成長を取り戻すには多くの時間が必要となることだろう。
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