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第九章:「苦しい冬」
・9-10 第136話:「節約:2」
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・9-10 第136話:「節約:2」
希望者の中から抽選(ちゅうせん)を行い、選ばれた者を招いて行っている食事会。
その目的は、国民が節約を強いられている中、エドゥアルドを始め国家の首脳部に属する者たちだけが豪奢(ごうしゃ)な暮らしをしているのではないか? という疑念が生じるのを未然に防ぐことだった。
ルーシェに聞いたことだったが、貴族社会とまったく関係を持たない庶民にとって、その暮らしぶりというのは漠然(ばくぜん)とイメージするしかないものであるらしい。
豪華に着飾り、高価な宝石を身につけ、高級なワインを片手に優雅に暮らしている。
冗談っぽくも思えるが、彼女は真面目に、貴族というのはそういうものだと考えていたようだ。
すべての帝国人がそのように考えているわけではないはずだったが、同じようなイメージを持っている者もいるだろう。
もし、人々が困窮(こんきゅう)しているのに、貴族たちが贅沢(ぜいたく)な暮らしを続けているとしたら。
不満を抱くのは当たり前だったし、それを放置しておけば、国内が混乱しかねない。
なにしろ、飢饉(ききん)をきっかけとして民衆が蜂起(ほうき)し、王政が打倒されて共和政府が樹立されるという出来事が隣国で起こっている。
帝国では同じことは起きない、などとは、言い切れなかった。
だからこうして、実際にエドゥアルドの食事風景を見てもらい、同じ内容の食事を味わってもらうことで、貴族だけがいい思いをしている、などということはないのだと示すことにしたのだ。
朝も昼も夜も、毎食公開している。
メニューは大抵、朝は麦粥(オートミール)、昼は黒パンのサンドイッチ、夜はアイントプフと黒パン。
最近はコーヒーの流通も少なくなっているので、我慢して、身近なところで手に入る材料で作れるハーブティーを出している。
今日のディナーも、三人の人物が招かれていた。
いずれも平民で、二人は帝都の居住者。
一人は近隣の農村出身の農夫だった。
「俺は、騙(だま)されねぇぞ! 」
静かに食事は進んでいたのだが、突然、その農夫の男性が机を叩きながら立ち上がった。
「陛下!
アンタ様はこれがアイントプフだと言うがよ、そんなのはうそっぱちだべ!
アイントプフが、こんなにうんめぇわけがねぇ!
なにか、おらたちじゃ手に入れられねぇような、高ぇ、特別な材料を使っているのに違(ちげ)ぇねぇ! 」
どうやら彼は、出された料理が[美味し過ぎる]ことに疑問を抱いたらしい。
その所作に驚いた様子で顔を見合わせたものの、隣り合って食事をしていた他の二人の客人もうなずき合い、疑惑の眼差しを向けて来る。
彼らもまったく同じように感じていたのだろう。
しかし、エドゥアルドは慌てなかった。
なぜなら、こんな反応を示したのはこの三人が初めてのことではなかったからだ。
「よろしいでしょう。
みなを、厨房(ちゅうぼう)にご案内いたしましょう。
そうすれば、このアイントプフが特別な材料で作られたものではないとお判りいただけるはずです」
慣れた様子で静かにスプーンを置いた代皇帝は立ち上がり、自ら案内を買って出る。
そういった対応をされるとは想定していなかったのだろう。
三人は戸惑った様子で顔を見合わせていたが、「どうなされた。さぁ、こちらへ」と促されると、おそるおそるつき従った。
案内したのは、ホテル・ベルンシュタインの厨房(ちゅうぼう)。
今日振る舞った夕食を作っている、まさにその現場であった。
「あっ、エドゥアルドさま。どうなさいましたか?
なにか、お味にございましたでしょうか? 」
そこでマーリアと談笑していたルーシェが主の姿に気づき、いそいそと駆けて来て心配そうな顔でたずねて来る。
「いや、今日も美味しかったよ。
ただ、お招きした方々に、実際にどうやって食事を用意しているのかをお見せしたいと思って」
「ああ、なるほど!
かしこまりました。皆様、どうぞこちらへいらしてくださいませ! 」
白いエプロンを身につけ、髪をしっかりまとめて三角巾で隠しているメイドに案内されて、三人の客人はすっかり毒気を抜かれてしまったような、拍子抜けした顔でついて行く。
どんな凄腕の料理人が出て来るかと思ったら、そこにいたのは家庭にいそうな恰幅の良い婦人と、にこにことしていて愛想のよい女の子。
まずそこからして想像と違ったのだろう。
「申し訳ありませんが、なにか、特別な材料を使わせていただいているわけではないんですよ。
みんな、簡単に手に入る材料だけで作らせていただいているんです」
アイントプフを煮込んでいた鍋の所にまで案内すると、待っていたマーリアが後を引き受け、どんなふうに料理をしているのか、実演を交えながら説明してくれる。
「具材をこんな風に切って、煮込んで、お出ししています。
最近は時勢もありますから、皮を全部むいたりせず、少し残すようにしていますね。
その方が食べ応えは出ますし、かえって野趣(やしゅ)が出て味わい深くなったりするんです。
こういった倹約をするようになってからの、新しい発見ですよ」
示される材料はすべて、今の帝都の市場でも当たり前に入手できる、不足を起こしていない品々ばかりだ。
だが、三人の客人はそれだけでは納得できない様子でいる。
自分たちが普段使っているのと同じ材料で作っているのに、今日食べたものはやはり、明らかに美味しかったからだ。
「もちろん、できる限り美味しくするために工夫もしています。
こうやって、肉を削ぎ落した後の牛や豚、鳥の骨に下処理を施した後にいくつかの香草と一緒に煮込んで、それでベースになるスープを作っているんです」
「「「骨を!? 」」」
マーリアによって示された鍋の中身を目にして、驚愕する声があがる。
一般的に、肉を取った後の骨というのは、食べずに捨ててしまう部位だった。
骨髄を取り出して食べることもあったが、タウゼント帝国では多くの場合、そこまではしない。
だがそれを煮込んで出汁を取ることで、タウゼント帝国においては素朴な家庭料理とされているアイントプフがぐっと美味しくなる。
「これは、元々はアルエット王国の宮廷料理などで使われていた技法です。
本当はソースを作ったりするために行うんですが、少しでもアイントプフを美味しく召し上がっていただくために取り入れさせていただきました。
もしよろしければ、お帰りの際にレシピをお教えいたしますよ? 」
本来であれば食べずに捨てていた部位を使っているのだから、手間はかかっているが材料費は抑えられている。
もっとも、こうした手間をかけることができる、ということ自体がある意味では特権であるのだが、やろうと思えば彼らにも同じことはできるのだ。
客人たちはみな、エドゥアルドだけが特別な贅沢(ぜいたく)をしているわけではない、ということを信じざるを得ない様子だった。
希望者の中から抽選(ちゅうせん)を行い、選ばれた者を招いて行っている食事会。
その目的は、国民が節約を強いられている中、エドゥアルドを始め国家の首脳部に属する者たちだけが豪奢(ごうしゃ)な暮らしをしているのではないか? という疑念が生じるのを未然に防ぐことだった。
ルーシェに聞いたことだったが、貴族社会とまったく関係を持たない庶民にとって、その暮らしぶりというのは漠然(ばくぜん)とイメージするしかないものであるらしい。
豪華に着飾り、高価な宝石を身につけ、高級なワインを片手に優雅に暮らしている。
冗談っぽくも思えるが、彼女は真面目に、貴族というのはそういうものだと考えていたようだ。
すべての帝国人がそのように考えているわけではないはずだったが、同じようなイメージを持っている者もいるだろう。
もし、人々が困窮(こんきゅう)しているのに、貴族たちが贅沢(ぜいたく)な暮らしを続けているとしたら。
不満を抱くのは当たり前だったし、それを放置しておけば、国内が混乱しかねない。
なにしろ、飢饉(ききん)をきっかけとして民衆が蜂起(ほうき)し、王政が打倒されて共和政府が樹立されるという出来事が隣国で起こっている。
帝国では同じことは起きない、などとは、言い切れなかった。
だからこうして、実際にエドゥアルドの食事風景を見てもらい、同じ内容の食事を味わってもらうことで、貴族だけがいい思いをしている、などということはないのだと示すことにしたのだ。
朝も昼も夜も、毎食公開している。
メニューは大抵、朝は麦粥(オートミール)、昼は黒パンのサンドイッチ、夜はアイントプフと黒パン。
最近はコーヒーの流通も少なくなっているので、我慢して、身近なところで手に入る材料で作れるハーブティーを出している。
今日のディナーも、三人の人物が招かれていた。
いずれも平民で、二人は帝都の居住者。
一人は近隣の農村出身の農夫だった。
「俺は、騙(だま)されねぇぞ! 」
静かに食事は進んでいたのだが、突然、その農夫の男性が机を叩きながら立ち上がった。
「陛下!
アンタ様はこれがアイントプフだと言うがよ、そんなのはうそっぱちだべ!
アイントプフが、こんなにうんめぇわけがねぇ!
なにか、おらたちじゃ手に入れられねぇような、高ぇ、特別な材料を使っているのに違(ちげ)ぇねぇ! 」
どうやら彼は、出された料理が[美味し過ぎる]ことに疑問を抱いたらしい。
その所作に驚いた様子で顔を見合わせたものの、隣り合って食事をしていた他の二人の客人もうなずき合い、疑惑の眼差しを向けて来る。
彼らもまったく同じように感じていたのだろう。
しかし、エドゥアルドは慌てなかった。
なぜなら、こんな反応を示したのはこの三人が初めてのことではなかったからだ。
「よろしいでしょう。
みなを、厨房(ちゅうぼう)にご案内いたしましょう。
そうすれば、このアイントプフが特別な材料で作られたものではないとお判りいただけるはずです」
慣れた様子で静かにスプーンを置いた代皇帝は立ち上がり、自ら案内を買って出る。
そういった対応をされるとは想定していなかったのだろう。
三人は戸惑った様子で顔を見合わせていたが、「どうなされた。さぁ、こちらへ」と促されると、おそるおそるつき従った。
案内したのは、ホテル・ベルンシュタインの厨房(ちゅうぼう)。
今日振る舞った夕食を作っている、まさにその現場であった。
「あっ、エドゥアルドさま。どうなさいましたか?
なにか、お味にございましたでしょうか? 」
そこでマーリアと談笑していたルーシェが主の姿に気づき、いそいそと駆けて来て心配そうな顔でたずねて来る。
「いや、今日も美味しかったよ。
ただ、お招きした方々に、実際にどうやって食事を用意しているのかをお見せしたいと思って」
「ああ、なるほど!
かしこまりました。皆様、どうぞこちらへいらしてくださいませ! 」
白いエプロンを身につけ、髪をしっかりまとめて三角巾で隠しているメイドに案内されて、三人の客人はすっかり毒気を抜かれてしまったような、拍子抜けした顔でついて行く。
どんな凄腕の料理人が出て来るかと思ったら、そこにいたのは家庭にいそうな恰幅の良い婦人と、にこにことしていて愛想のよい女の子。
まずそこからして想像と違ったのだろう。
「申し訳ありませんが、なにか、特別な材料を使わせていただいているわけではないんですよ。
みんな、簡単に手に入る材料だけで作らせていただいているんです」
アイントプフを煮込んでいた鍋の所にまで案内すると、待っていたマーリアが後を引き受け、どんなふうに料理をしているのか、実演を交えながら説明してくれる。
「具材をこんな風に切って、煮込んで、お出ししています。
最近は時勢もありますから、皮を全部むいたりせず、少し残すようにしていますね。
その方が食べ応えは出ますし、かえって野趣(やしゅ)が出て味わい深くなったりするんです。
こういった倹約をするようになってからの、新しい発見ですよ」
示される材料はすべて、今の帝都の市場でも当たり前に入手できる、不足を起こしていない品々ばかりだ。
だが、三人の客人はそれだけでは納得できない様子でいる。
自分たちが普段使っているのと同じ材料で作っているのに、今日食べたものはやはり、明らかに美味しかったからだ。
「もちろん、できる限り美味しくするために工夫もしています。
こうやって、肉を削ぎ落した後の牛や豚、鳥の骨に下処理を施した後にいくつかの香草と一緒に煮込んで、それでベースになるスープを作っているんです」
「「「骨を!? 」」」
マーリアによって示された鍋の中身を目にして、驚愕する声があがる。
一般的に、肉を取った後の骨というのは、食べずに捨ててしまう部位だった。
骨髄を取り出して食べることもあったが、タウゼント帝国では多くの場合、そこまではしない。
だがそれを煮込んで出汁を取ることで、タウゼント帝国においては素朴な家庭料理とされているアイントプフがぐっと美味しくなる。
「これは、元々はアルエット王国の宮廷料理などで使われていた技法です。
本当はソースを作ったりするために行うんですが、少しでもアイントプフを美味しく召し上がっていただくために取り入れさせていただきました。
もしよろしければ、お帰りの際にレシピをお教えいたしますよ? 」
本来であれば食べずに捨てていた部位を使っているのだから、手間はかかっているが材料費は抑えられている。
もっとも、こうした手間をかけることができる、ということ自体がある意味では特権であるのだが、やろうと思えば彼らにも同じことはできるのだ。
客人たちはみな、エドゥアルドだけが特別な贅沢(ぜいたく)をしているわけではない、ということを信じざるを得ない様子だった。
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