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第九章:「苦しい冬」

・9-5 第131話:「襲撃:1」

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・9-5 第131話:「襲撃:1」

 帝国に海軍を建設する。
 その大方針を定めてから、はや、数か月。

 建国歴千百三十六年の十一月。
 タウゼント帝国の中央部、帝都・トローンシュタットの付近は、すでに冬と呼んで差し支えない気候だ。
 初雪はまだだったが、いつ、降ってもおかしくない。

「エドゥアルドさま。今日は雪が降りそうですので、どうか、お早めにお戻りくださいませ」
「ああ。ルーシェも気をつけて。行って来る」

 代皇帝・エドゥアルドにとって、朝、こんな他愛のない会話を交わしながらメイドからランチボックスを受け取り、ツフリーデン宮殿へと向かうことは、お決まりの日課になっていた。

 黒髪ツインテールの少女が指摘した通り、今朝から空には厚い雲が垂れこめている。
 気のせいか、見ているだけで寒々しくなってくるような色合いだ。
 もし天候が崩れ出したら、今日が初雪になるのに違いない。

(言われた通りに、早く帰ろう)

 きっとルーシェは気を利かせて、なにか、暖かい料理を用意して待っていてくれるだろう。
 そんな期待を抱きながら御者のゲオルグが操る馬車に乗り込んだエドゥアルドは、自身の職場へと向かって行った。

 ツフリーデン宮殿は国政の中枢でもあり、皇帝の住処でもある。
 だからそこには、国家元首のための、豪華絢爛(ごうかけんらん)な居住区画が用意されている。
 住み心地は申し分ない。

 しかし、少年は相変わらず、ホテル・ベルンシュタインで暮らしていた。
 あくまで自分は[代理]の皇帝であって、本物の皇帝、カール十一世は未だに存命であり、意識不明のまま、アルトクローネ公国で療養中であるからだ。

 皇帝の住まいとなっている区域と外界とを区切る、黒大理石を用いた重厚な黒豹門(パンタートーア)。
 そこをくぐることを許されているのは、唯一、皇帝の地位にある者だけなのだ。

 不便だろうし、皇帝の居住区でなくても、宮殿の一部を利用してそこに住んだらどうか、という提案をされたこともある。
 侍従らによると、カール十一世本人が不在であるために宮殿の使用人たちは仕えるべき主を失い、毎日なんのために働いているのかと不遇をかこっているからぜひ、ということだった。

 しかし、エドゥアルドは断っている。
 自分は代理である、という筋を通さなければならないと思ったからだ。
 本人たちの望みとはいえ、皇帝に仕えている人々に代皇帝の世話をさせるわけにはいかない。

 ただ、それは表向きの理由。

(それに、そんなことをしたらきっとうまく休めなくなる……)

 見ず知らずの者たちに、完璧なしきたりにのっとって厳かに傅(かしず)かれるのでは、こちらの身がもたない。
 やはりルーシェやシャルロッテ、マーリアなど、親しんだ相手に頼む方が気は休まるのだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にかツフリーデン宮殿に到着していた。
 馬車を降りたエドゥアルドはそのまま、身辺を警護してくれているミヒャエル大尉ら親衛隊に警護されながら、執務室へと向かって行く。

 何事もなく到着すると、ぼーん、と、宮殿を管理している使用人たちの手で完璧に管理されている壁掛けの機械時計がベルを鳴らした。
 午前七時半。
 いつも通りの到着だ。

「さて……。今日の予定は……」
「はっ。まず、午前九時より陸軍大臣、および参謀総長、両閣下と会見。沿岸砲台への兵の配置計画の件についてとうかがっております。次に……」

 イスに腰かけて一息ついてから呟くと、立て板に水、と、ミヒャエル大尉が今日の予定を答えて行く。
 前日までにはもう決まっているものだ。
 エドゥアルドも忘れているわけではないのだが、毎朝確認をするのを日課にしている。

 訪れて来る人と会ったり、こちらからたずねて行ったり。
 専門知識を持っていないことについては、それを持っている官僚や外部の専門家に来てもらい、勉強会を開いてもらったりもする。

 加えて、代皇帝の決済を必要とする書類の処理。
 たくさんあるため、九時からの会見の予定時刻が来るまでにできるだけ片付けておきたい。

「それでは、陛下。私(わたくし)は外で控えております」
「ああ。なにかあったら呼ばせてもらうよ」

 仕事を邪魔しないようにミヒャエル大尉はいったん部屋を出て行き、エドゥアルドは書類の束を自身の側に引き寄せる。

 彼はすべての書類に最低一回は目を通す。
 そして自分が何を決裁したのかは、しっかりと記録につけている。
 そうでなければ、多くの物事を同時並行して進めて行く上で自身の認識に混乱が生じてしまうから、多少面倒に感じても必ず行っていることだ。

(こういうところも、誰かに任せられたらいいんだけどな……)

 書類に自身が決裁したことを示すサインと、玉璽の印を押しながら、代皇帝はそんなことを考えていた。
 ミヒャエル大尉に補佐してもらっている予定の管理に専従し、自分の仕事がどこまで進んでいて、なにがまだ残っているのかを覚えていてくれる、いわゆる秘書のような存在がいたら。

 どんなにか仕事をやりやすくなるだろうか、と思うものの、適した人材が見つからず結局今まで通りのやり方でなんとかしてしまっている。
 あれやこれやで忙しいため、秘書を探すということに労力を割いていられないのだ。

(秘書がいてくれたらそういう時間ができるのに、いないから捻出(ねんしゅつ)できない、か)

 我ながら悪循環だな、とは思うものの、職務を滞らせるわけにもいかずに、毎日同じことを考えつつもとにかく書類を処理し続けている。

 こいうことは国家宰相にすべてを任せてしまうこともできるのだが、それは「なにかが違う」という気がしてしまう。
 根が生真面目なのだ。

 そうしているうちに、時刻は八時となった。
 時計がまたその機構を作動させ、八回、ベルが鳴り響く。

 そしてその音が部屋の壁に染みこむように消えていき、エドゥアルドが書類を決裁するためにペンを走らせる音だけが聞こえるようになった時。

「陛下! 急ぎの知らせでございます! 」

 いつもなら丁寧なノックがされるのに、そうすることもなく慌ただしくミヒャエル大尉が入室して来る。
 その手には伝言が書かれているのか、一枚の羊皮紙が握られていた。

「ど、どうしたのだ、大尉? 
 いったいなにごとなのか? 」
「は、は! 
 敵の、共和国海軍でございます! 
 数日前、ノルトハーフェンが、敵の艦艇十隻余りによる襲撃を受けたと! 」
「な、なにっ!? 」

 ノルトハーフェンが、自分たちの故国が敵の攻撃を受けた。
 その知らせに驚愕したエドゥアルドは、思わずその場に立ち上がっていた。
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