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第八章:「海軍建設」

・8-13 第124話:「重臣会議:2」

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・8-13 第124話:「重臣会議:2」

 海軍大臣・マリアンは、この時のためにしっかりとした準備をしてきていた。
 自身が所管する海軍省の官僚たちに命じて、説明用の資料を紙に印刷して配布したのだ。

「ほぅ。凝っておるのォ」

 クラウスなどは、簡易的ながらも帝国や共和国が保有する軍艦の側面図などがのっているそれらの書類の出来栄えに感心していたが、読み進めるとすぐにその表情が曇って行った。

 他の面々も、同様だ。
 帝国が保有するものと、共和国が保有する海上戦力との格差が、あまりにも大きいということがはっきりと理解できたからだ。

 帝国海軍が保有するのは、二等戦列艦が一隻に、三等戦列艦が三隻、五等・六等戦列艦がそれぞれ六隻。
 この他に、諸侯が自前で保有している雑多な小型艦艇などがいくらか加えられる。

 それに対し、共和国海軍が保有する戦力は、数倍。
 この時代のもっとも巨大な軍艦である一等戦列艦だけでも十二隻。
 帝国の旗艦と同等の二等戦列艦も六隻あり、三等戦列艦に至っては数十隻、それ以下の戦列艦や雑多な艦艇も含めれば、百隻を優に超える大海軍を保有している。

 正しく、雲泥の差であった。
 おそらく双方の戦力がそのまま真正面からぶつかるとすると、その実力に十倍以上の開きがあるだろう。
 帝国は艦艇の質と量だけではなく、乗員の熟練度でも大きく劣ってしまっている。

「ただ、この兵力すべてと一度にぶつかるわけではございません」

 海軍に関してはほとんど認識の外であった帝国の首脳陣はこの事実にショックを受けている様子だったが、絶句している彼らに対し、マリアンはそう付け足した。

「アルエット共和国は、王国時代から世界各地に多くの領地を有しております。
 交易の拠点やいわゆる植民地として、ヘルデン大陸上では入手困難な産物を確保しているのでございます。
 このために、これらの艦隊の多くは海外領土の保護、交易路の防衛に割かれており、すべてが我が国に対して振り向けられるわけではございませぬ」

 もっとも、そんなのは気休めにしかならないことだった。
 向こうがその気になって本格的な艦隊を差し向けてくれば、帝国の海上戦力など鎧袖一触(がいしゅういっしょく)に蹴散らされてしまうからだ。

「マリアン卿(きょう)。これだけの艦隊を我が国が保有するには、どれほどの期間が必要となる? 」

 言葉を失っている面々の中からそう口を開いたのは、ユリウスだ。

「最低でも、十年は覚悟していただきたい。
 艦艇の建造、そして乗員の訓練には陸と同様かそれ以上に多くの時間がかかるのです。
 そして、誠に申し上げにくいのですが、それだけの年月を持ちましても、共和国に対抗するのが精一杯、という程度でございます。
 匹敵するためには、さらに多くの時間が必要となりましょう」
「……そうか」

 オストヴィーゼ公爵はうなずいたが、険しい表情で唇を引き結んでいる。
 帝国の海上での劣勢は、今後十年以上は続くというのだ。

 ただこれは、仕方のないことだ。
 長期の航海と戦闘に堪え得る艦艇を建造するのに時間がかかることは当然であったし、敵と我との間には、海軍力の拡充のために費やして来た数多(あまた)の時間、という、埋めようのない格差が存在している。

「私(わたくし)といたしましては」

 一同が現状の困難さ、見通しの暗さを理解したことを確認し、マリアンはそう言って、あらためて海軍側の構想について明らかにした。

「最終的には、少なくとも敵から海上交易路を防衛するのに足る程度の、外洋で作戦可能な、相応の艦隊を保有するべきであると考えております。
 我が国は大陸国家であり、多くの物品を大陸上でまかなうことができておりますが、火薬の原料となる硝石や、暮らしに欠かせないものとなっております砂糖、それ以外の嗜好品の数々は海路を通しての輸入に依存しております。
 交易路の保護のためには、やはり艦隊の建設が必要です」
「し、しかしだね、マリアン卿(きょう)」

 少しオドオドとした口調で口を開いたのは、アルトクローネ公爵・デニスだった。
 狼狽(ろうばい)しているのか、視線に落ち着きがなく、顔面には冷や汗が浮かんでいる。

「全力で海軍建設に取り組んだとして、十年はかかるのだろう? 
 そ、その間に敵が攻めて来たら、どうするのだね? 」
「外洋での攻撃を自力で阻止する術は、残念ながらございませぬ」

 マリアンはまず、そうきっぱりと現実を認め、それからつけ足した。

「しかしながら、敵の上陸を阻止することは可能でございます。
 主要な港湾部などに堡塁を築き、陸上から敵の接近を妨害するのでございます」
「なるほど……。今の海軍大臣のお考えを聞き、私(わたくし)がここに呼ばれましたる所以(ゆえん)が分かりました」

 その言葉を聞き、厳(おごそ)かにうなずいたのはアントン参謀総長。

「陸上に砲台を構築し敵艦隊の接近を防ぐ、というのならば、確かに我が陸軍の仕事となりましょう」
「参謀総長のお考えの通りでございます。
 海軍としては、陸軍からの協力に期待せざるを得ない状況なのです」

 エドゥアルド個人は、マリアンが主張する通りに当面は沿岸砲台で防衛し、徐々に艦隊を整備して共和国と外洋で争える力量を身につけたいと考えている。
 それが一番現実的であり、必要なことだと思えるからだ。

 しかし、他の者たちも、今の話を聞いてアントンのように協力的になってくれるとは限らない。

 それらの意見を聞き、良い部分は取り入れ、自身が誤っていた部分は修正し、まとめて行かなければならない。
 ———会議の主催者であるエドゥアルドとしては、ここからが力の見せどころだった。

「我が国の現状としては、これまでにマリアン殿が説明された通りだ。
 この場で決めたいのは、これを受けて、みながどのように考えるかだ。
 海軍大臣が示した、段階的に海軍力を拡充するのが最良な策なのか。
 あるいは、他に考慮するべき方策があるのか。
 ぜひ、率直な意見を述べていただきたい」

 代皇帝のその言葉に、さっそく、挙手する者がいる。
 それは、陸軍大臣。
 モーリッツ・ツー・ファーネ男爵だった。
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