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第五章:「英雄VS代皇帝」
・5-12 第85話:「救援要請」
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・5-12 第85話:「救援要請」
共和国が、別の場所で新たに戦線を形成したらどのように対処するのか。
帝国軍ではそのことについて真剣に思案され始めたが、実際のところ、できることは少なかった。
そのために割くことのできる兵力があれば、そもそも、敵の主力との間にあう兵力差を埋めるためにこの場に招集しているはずなのだ。
だが、なにも考えないわけにはいかない。
そういう苦しい状況の中で導き出されたのは、現地に展開している警備部隊に警戒命令を出し、防衛をできるだけ厳重にして異変があればすぐに報告をあげさせることと、参謀本部総長のアントン・フォン・シュタムに連絡して、緊急時には臨時編成でかまわないから小規模な軍を用意する準備を整えさせておくという、二点の対策であった。
各地に展開している警備部隊は、大は連隊規模、小は中隊規模まで、様々だ。
そして残念なことに、これらの兵力では敵を阻止することは到底、望めなかった。
このために警戒を厳重にして異変が生じたらすぐに知らせることがその任務とされ、敵が本当に新しく戦線を形成したら現在の持ち場を放棄し、あらかじめ指定しておいた都市部などに集結してそこを防備する、という風に定められた。
多くの地域、農村などが無防備となってしまうが、やはり都市部を優先せざるを得ないという判断だ。
都市は多くの場合交通の便が良く、しかも大勢の人が居住しているから自然と物資や資金が集まっている。
それを奪われることはなんとか避けたいという狙いであった。
ただ、この方針は徹底できなかった。
地方の小領主などは、都市だけを守るという手法では一切の防衛を得られなくなってしまうからだ。
それでは先祖伝来の領地が荒らされるだけでなく、全財産、そしてそこに暮らす大切な領民が失われるかもしれない。
そういった事態は容認できず、そこに存在する兵力、すなわちその領主の固有の部隊はすべて現地の守備に当てられることとなり、都市部への全部隊の集中は達成することができなかった。
だがこれで、少なくとも重要ないくつかの都市部については、援軍が到着するまでの時間稼ぎではあったが防衛できる見通しが立った。
当然、都市に引きこもったままでは戦争には勝てない。
侵入して来る敵は撃退する必要がある。
それにはやはり主力となる野戦軍が必要であり、その準備は参謀総長のアントンに委ねられた。
今回の戦役でヨッヘム公の意向に従わされて彼は後方に留まり、参謀本部という新しい組織の構築や後方支援の統括と言った職務をこなしていたが、この人事はうまく機能している。
元々、アントンは精緻な計算を得意としていた。
思慮深く、多角的な視点から物事を考え、そしてそこに数値で裏付けをしようとする。
そのおかげで帝国の補給線は有効に機能し続けており、前線のエドゥアルドたちは兵力以外の部分で悩む必要がなかった。
陸軍大臣として任命されたモーリッツ・ツー・ファーネ男爵も活躍している。
彼の調整によってアントンが差配できる物資は常に十分に調達できているし、兵器や弾薬の生産も順調で、滞りなく進んでいるのだ。
だが、ここで新たに一軍を、となると簡単ではない。
後方に残っているのは最低限の警備任務に必要な人数か、休養と訓練のために展開している部隊ばかりであり、そうしたものをかき集めると必然的に他の国境の防衛や治安維持、将兵の練度・士気の維持といった面で不都合が生じて来る。
しかし、背に腹は代えられないとも言う。
止むを得ずアントンらは国境から遠く比較的安全な帝都周辺部に展開している部隊を中心に人員をかき集め、治安の維持は警察力だけに一時的に依存することを許容して、二個師団+アルファ程度の兵力を捻(ひね)り出す計画を立案し、エドゥアルドたちに報告してくれた。
こうして、万全とは言えないものの、帝国側は共和国がどのような動きを見せても対応できるはずだ、と思える体制を整えていった。
———共和国軍が突如としてあらわれたため、急ぎ、救援を。
そう求める伝令が馬を何頭も乗り潰して帝国軍の本営に駆けつけたのは、ヨッヘム公が敵の動きに注意するように警告した軍議が開かれてからさらに三週間近くも経過した、建国歴千百三十六年の六月七日のことであった。
相手が、主戦線とは別の地域で新たな戦端を開くかもしれない。
そう予想し、準備まで整えていたエドゥアルドたちだったが、その伝令の使者が到着した時には騒然とならざるを得なかった。
「今、なんと言ったのか!? 」
「は、はっ! 敵、共和国軍の一団がハイリガ―・ユーピタル・パス(聖ユーピタル峠)を踏破し、我がヴェストヘルゼン領内へと侵攻! 我が主ヴェルナー殿下は、何卒、至急の来援を、と申しております! 」
思わず腰かけていたイスから立ち上がって問い直したエドゥアルドに、不眠不休で二百キロメートル以上の道のりを駆け抜けて来たらしく隈ができ身に着けている衣服もすっかり汚れてしまっている伝令は平伏し、先ほど言上したのとまったく同じ内容をもう一度述べた。
聞き間違いでは、なかった。
そのことを確認したエドゥアルドは、愕然(がくぜん)とした表情のままイスに腰かけ直し、口を真一文字に引き結ぶ。
敵が新たに戦線を形成するかもしれない。
そのことは、ヨッヘム公の進言で予見することができていた。
対策も、できる限りでだが準備をしていた。
しかし、敵は、もっと裏をかいて来たのだ。
エドゥアルドたちは、新しく戦線が構築されるとしても北方、旧バ・メール王国と接している地域であろうと考えていた。
そこは代皇帝に率いられた本軍から遠く、対応が難しいだけでなく、地形的にも平原が多く、渡河さえできてしまえば進軍に有利であろうと思われたからだ。
実際に共和国軍があらわれたのは、まったく逆であった。
南。
想定されていた場所とは正反対の場所に、しかも容易には踏破できないとされている険しい峠を越えて、押し入って来たのだ。
共和国が、別の場所で新たに戦線を形成したらどのように対処するのか。
帝国軍ではそのことについて真剣に思案され始めたが、実際のところ、できることは少なかった。
そのために割くことのできる兵力があれば、そもそも、敵の主力との間にあう兵力差を埋めるためにこの場に招集しているはずなのだ。
だが、なにも考えないわけにはいかない。
そういう苦しい状況の中で導き出されたのは、現地に展開している警備部隊に警戒命令を出し、防衛をできるだけ厳重にして異変があればすぐに報告をあげさせることと、参謀本部総長のアントン・フォン・シュタムに連絡して、緊急時には臨時編成でかまわないから小規模な軍を用意する準備を整えさせておくという、二点の対策であった。
各地に展開している警備部隊は、大は連隊規模、小は中隊規模まで、様々だ。
そして残念なことに、これらの兵力では敵を阻止することは到底、望めなかった。
このために警戒を厳重にして異変が生じたらすぐに知らせることがその任務とされ、敵が本当に新しく戦線を形成したら現在の持ち場を放棄し、あらかじめ指定しておいた都市部などに集結してそこを防備する、という風に定められた。
多くの地域、農村などが無防備となってしまうが、やはり都市部を優先せざるを得ないという判断だ。
都市は多くの場合交通の便が良く、しかも大勢の人が居住しているから自然と物資や資金が集まっている。
それを奪われることはなんとか避けたいという狙いであった。
ただ、この方針は徹底できなかった。
地方の小領主などは、都市だけを守るという手法では一切の防衛を得られなくなってしまうからだ。
それでは先祖伝来の領地が荒らされるだけでなく、全財産、そしてそこに暮らす大切な領民が失われるかもしれない。
そういった事態は容認できず、そこに存在する兵力、すなわちその領主の固有の部隊はすべて現地の守備に当てられることとなり、都市部への全部隊の集中は達成することができなかった。
だがこれで、少なくとも重要ないくつかの都市部については、援軍が到着するまでの時間稼ぎではあったが防衛できる見通しが立った。
当然、都市に引きこもったままでは戦争には勝てない。
侵入して来る敵は撃退する必要がある。
それにはやはり主力となる野戦軍が必要であり、その準備は参謀総長のアントンに委ねられた。
今回の戦役でヨッヘム公の意向に従わされて彼は後方に留まり、参謀本部という新しい組織の構築や後方支援の統括と言った職務をこなしていたが、この人事はうまく機能している。
元々、アントンは精緻な計算を得意としていた。
思慮深く、多角的な視点から物事を考え、そしてそこに数値で裏付けをしようとする。
そのおかげで帝国の補給線は有効に機能し続けており、前線のエドゥアルドたちは兵力以外の部分で悩む必要がなかった。
陸軍大臣として任命されたモーリッツ・ツー・ファーネ男爵も活躍している。
彼の調整によってアントンが差配できる物資は常に十分に調達できているし、兵器や弾薬の生産も順調で、滞りなく進んでいるのだ。
だが、ここで新たに一軍を、となると簡単ではない。
後方に残っているのは最低限の警備任務に必要な人数か、休養と訓練のために展開している部隊ばかりであり、そうしたものをかき集めると必然的に他の国境の防衛や治安維持、将兵の練度・士気の維持といった面で不都合が生じて来る。
しかし、背に腹は代えられないとも言う。
止むを得ずアントンらは国境から遠く比較的安全な帝都周辺部に展開している部隊を中心に人員をかき集め、治安の維持は警察力だけに一時的に依存することを許容して、二個師団+アルファ程度の兵力を捻(ひね)り出す計画を立案し、エドゥアルドたちに報告してくれた。
こうして、万全とは言えないものの、帝国側は共和国がどのような動きを見せても対応できるはずだ、と思える体制を整えていった。
———共和国軍が突如としてあらわれたため、急ぎ、救援を。
そう求める伝令が馬を何頭も乗り潰して帝国軍の本営に駆けつけたのは、ヨッヘム公が敵の動きに注意するように警告した軍議が開かれてからさらに三週間近くも経過した、建国歴千百三十六年の六月七日のことであった。
相手が、主戦線とは別の地域で新たな戦端を開くかもしれない。
そう予想し、準備まで整えていたエドゥアルドたちだったが、その伝令の使者が到着した時には騒然とならざるを得なかった。
「今、なんと言ったのか!? 」
「は、はっ! 敵、共和国軍の一団がハイリガ―・ユーピタル・パス(聖ユーピタル峠)を踏破し、我がヴェストヘルゼン領内へと侵攻! 我が主ヴェルナー殿下は、何卒、至急の来援を、と申しております! 」
思わず腰かけていたイスから立ち上がって問い直したエドゥアルドに、不眠不休で二百キロメートル以上の道のりを駆け抜けて来たらしく隈ができ身に着けている衣服もすっかり汚れてしまっている伝令は平伏し、先ほど言上したのとまったく同じ内容をもう一度述べた。
聞き間違いでは、なかった。
そのことを確認したエドゥアルドは、愕然(がくぜん)とした表情のままイスに腰かけ直し、口を真一文字に引き結ぶ。
敵が新たに戦線を形成するかもしれない。
そのことは、ヨッヘム公の進言で予見することができていた。
対策も、できる限りでだが準備をしていた。
しかし、敵は、もっと裏をかいて来たのだ。
エドゥアルドたちは、新しく戦線が構築されるとしても北方、旧バ・メール王国と接している地域であろうと考えていた。
そこは代皇帝に率いられた本軍から遠く、対応が難しいだけでなく、地形的にも平原が多く、渡河さえできてしまえば進軍に有利であろうと思われたからだ。
実際に共和国軍があらわれたのは、まったく逆であった。
南。
想定されていた場所とは正反対の場所に、しかも容易には踏破できないとされている険しい峠を越えて、押し入って来たのだ。
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