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第三章:「課題山積」

・3-30 第49話:「コドク:2」

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・3-30 第49話:「コドク:2」

 スラム街で生まれ育ち、様々な運命的な偶然が重なって、ノルトハーフェン公爵家のメイドとなった少女、ルーシェ。
 代皇帝となったエドゥアルドに従い、ホテル・ベルンシュタインに居住するようになってから数か月も経った秋のある日、彼女は主の帰りを待ちわびていた。
 借り受けている一室はVIP用の豪華で広いもので、部屋の中に部屋がある、ちょっとした家のようなモノだ。
 そしてその内のひとつ、出入り口の脇に作られた小部屋がメイドの控室であり、そこが、ルーシェの大半の居場所となっていた。
 もちろん、眠る時は先輩メイドであるシャルロッテとの相部屋で、きちんとベッドで休むのだが、ほとんどそのために帰るだけで、なにか他に仕事がある時以外はずっとそこにいる。
 いつエドゥアルドが帰ってきてもいいようにしておくためだ。
 控室にはイスと小机があり、道具を入れておくための収納スペースがあったが、それ以外にはなにもなく、外の様子を観察できる窓があるだけの、殺風景な場所だ。
 そこにいる時間は、正直に言って退屈だった。
 休憩も必要だ、ということはここ数年でよく理解していたから適度に時間を作るようにする習慣が身についてはいるのだが、そこにいる時間の大半は必要な休息などではなく、単に暇であるためだったからだ。
 メイドには毎日仕事がある。
 いつも主よりも早く起きて、忙しい合間に食べられて栄養のあるお弁当を、飽きがこないようにいろいろ工夫しながら準備をし、その身の回りの世話をし、気分よく仕事に向かえるように笑顔で見送る。
 その後は、部屋の掃除や整理整頓、次のお弁当のメニューを考えたり材料を買いつけたり、主の衣服を洗濯して清潔に保ったり、業者に頼まなくても済むような些細なほつれなどがあれば裁縫(さいほう)をして修繕したり。
 そしてエドゥアルドが帰ってくるのを待ち、出迎えてあれこれとまた世話を焼き、今日はもう大丈夫だからと部屋に帰されてから手早く身支度を済ませて、自分も眠りにつく。
 なかなか過酷な仕事だ。
 一日の内の大半を拘束される。
 だが、ルーシェにとっては、この仕事はやりがいのあるものだった。
 主がこの国をより良いものに作り変えるために頑張ってくれていることを少しも疑ってはいなかったし、それに集中できるようにするために自分があれこれ苦労をするのは、意味のあることなのだと誇りに思っている。
 そしてなにより、あの少年の側に、一番近い場所にいることができるのだ。
 しかし、それでもやはり、待っているだけの時間が長いのは退屈だった。
 シャルロッテや、メイド長のマーリアなどからは、「たまには帝都を観光してみてはどうか? 」などと言ってもらったりもしているものの、急にエドゥアルドが戻って来た時に対応できないのでは困るし他人にその世話を任せてしまうのはなにか嫌だったし、それに、帝都の街並みは買い出しに行ったりする時に見慣れてしまって、あらためて行ってみたい場所も思いつかない。
 二人、たとえばエドゥアルドと、だったら別ではあるのだが、一人で遊びに行ってもおもしろくはないのだ。
 だからルーシェは、時間を持て余している。
 やることはたくさんあったが、メイドとしてのスキルが向上した現在では余裕を持って必要な仕事をこなせてしまえる。
 仕事以外にまったく、やれることがないわけでもなかった。
 今、彼女は一人ぼっちでいるわけではない。
 側には、スラム街にいたころからずっと一緒の家族、猫のオスカーと犬のカイがいる。
 二匹と戯れるのは、なかなか楽しく、癒されることだった。
 オスカーは自由奔放な性格をしているからなかなか思うように遊んでもらえないのだが、カイは忠義者で愛想もいいし、ルーシェと一緒に遊ぶのが好きなのかいつもつき合ってくれる。
 今も、オスカーは自分のお気に入りの場所に運び込んでもらったクッションの上で、まるで我こそがこの部屋の主だというふてぶてしい態度でくつろいでいたが、カイの方はルーシェの足元でお行儀よくお座りをしていて、その命令を待っている。

「よ~しよしよし。カイ、お手! 」

 メイドがそう命じながらしゃがみこんで手を差し出すと、たしっ、と素早くカイは前脚を差し出してくる。
 まるで、よく訓練された最精鋭の兵士のようにキビキビとした、洗練された動き。
 完璧なお手をして見せたカイは、軽く舌を見せてへっへ、と息をしつつ、いかにも得意そうな表情でルーシェのことを見上げている。

「えらいよ~、カイ。上手になったね~」

 その期待するようなつぶらな瞳に応えて頭を撫でまわしてやると、カイは嬉しそうにその身をすり寄せて来た。
 彼は、元々は芸などまったくできなかった。
 スラムで暮らしていたころは、毎日、生きるだけでも精一杯で、そんなことをしている時間はなかったからだ。
 しかし、今となっては芸達者。
 どうやら、エドゥアルドが犬好きであったらしく、コツコツと仕込んでいたらしい。
 そして今となっては、その所作はお手本のようなものだった。
 なかなか帰って来ない主の帰りを待ちわびたルーシェが時間を潰すためにしょっちゅう遊んでいた結果、自然と芸の技量が向上してしまったからだ。

(うう……。なんだか、苦しいです……)

 カイと触れ合うのはいつも嬉しいことだったが、ふと、ルーシェの胸の奥が痛み出す。
 ワーカホリックの発作だ。
 働かなければ生きていくことなどできないのに、その、仕事が得られない。
 そんな経験をスラム街で長く味わって来た彼女には、働いていないと落ち着かないという精神が根づいてしまっている。
 そしてなにより、自分がエドゥアルドの側にいることができ、オスカーとカイ、大切な家族と一緒に満ち足りた生活を送ることができるのは、自分がメイドとして役に立つからなのだという思いがある。
 こんな風に遊んでいると、「こんなことをしていてもいいのかしら? 」と思ってしまうのだ。
 ———その時、クッションの上にふんぞり返っていたオスカーがピンと三角の耳を立て、ルーシェに甘えていたカイも、はっとしたように窓の方向を見る。

「エドゥアルドさまが、帰っていらしたんだわ! 」

 それだけでなにが起こったのかを察し、自身もほころぶような笑顔になりながら立ち上がったメイドは、窓の外を見て直感が正しいことを確かめる。
 そこからは、ツフリーデン宮殿からこのホテルへと続く通りが見えるのだ。
 あらわれたのは、ゆらゆらと揺らめくランプの光。
 行く先を照らしながら、ミヒャエル大尉たち近衛の騎兵に守られた代皇帝の馬車が、こちらへ向かって来ていた。
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