上 下
40 / 173
第三章:「課題山積」

・3-20 第39話:「システム」

しおりを挟む
・3-20 第39話:「システム」

 帝国陸軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムの発案によって設立された[参謀本部]は、軍の兵站を管理、運営するための組織を母体としている。
 部隊をどのように機動させ、展開し、運用するかを考える上で、補給を始めとする後方支援体制を構築することは必須と言える事柄であった。だからそれを所管していた組織が軍隊の行動、作戦を立案するものに育っていったのだ。
 武器、弾薬、食料、医薬品、被服。
 戦闘を実施する上で必要になる品々を用意し、必要となる場所に輸送できなければ、戦うことなどできない。
 タウゼント帝国では従来、兵站システムは主に二つの軸で運営されていた。
 ひとつは帝国軍、あるいは諸侯自身の自弁による物資や兵員の調達であり、もうひとつは民間に以来する形での調達であった。
 帝国諸侯にはそれぞれ軍役が定められているのだが、戦時に備え、その領地の豊かさに比例してあらかじめ物資を備蓄しておくことも求められている。
 それを、必要に応じて馬車や駄馬によって送り出して補給を行い、また、前線で戦い疲れた兵士と、後方地域に予備としてとどめ置かれていた兵士との交代を行ってきた。
 これでも足りない部分、困難な部分は、金銭を支払って民間の業者に依頼して調達する。
 この従来の兵站システムを、新しい時代に対応できるように再構築する。
 アントンが中心となって考案したこのシステムは、いくつかの段階を経ることで構成されていた。
 まず、帝国の各地域で生産される軍需物資、兵員などを収集し管理する兵站基地がおかれる。
 そこに集められた物資、兵員は、一定の時間的距離(要するに輸送隊の馬車や駄馬が一日の間に移動できる間隔)ごとに設けられた中継基地を経由して、前線近くの物資・人員集積所に送り出される。
 そしてそこから、実際の前線へと送り届けられるのだ。
 これは、双方向性を持ったシステムとなる予定だった。
 後方からは補給物資、交代や補充の人員を送り出し、前方からは負傷兵や傷病兵、軍務を完了した者、故障した兵器などを送り返す。
 一連の人・物の動きは参謀本部の中に作られた専門の部署が管理し、物資や人員の調達、教育や訓練については陸軍省が主に所管することが決まっている。
 最大動員で、二百万にも達する大規模な軍隊。
 それを支えることができるほどのシステムを、これから構築していくこととなる。
 徴兵制度の導入については、帝国軍をエドゥアルドの下で一元化することと実質的にセットであり、軍権に強く関わることもあって各諸侯から大きな反発が予想されていたが、この新しい兵站システムの導入についてはあまり反対は起こらなかった。
 むしろ、歓迎された。
 元々、諸侯には定められた量の軍需物資を備蓄しておく義務があり、自弁してそれを戦線に輸送していたのだが、その、面倒で金のかかる部分を帝国が一括して管理してくれるようになるというとらえ方で、これまで通り物資を用意する必要はあるものの、面倒な輸送の手配をしなくてよくなる、楽になると受け止められたのだ。
 こうして、エドゥアルドは帝国全土にこの新しいシステムを構築する作業に着手していった。
 忘れられがちなのが衛生の部分だった。
 負傷兵を救護し、円滑に後送し、適切な治療を受けさせる。
 これは[人道]という点でも重要ではあったが、それだけではなかった。
 兵員を確保するためには、教育や訓練のために相応に時間がかかる。
 そして負傷兵とは、それらの必要な工程を完了した、しかも実戦を経験した優秀な兵士と言うことができる。
 そういった者たちを回復させ、できるだけ多く戦場に復帰させることができれば、軍隊の能力を維持する上で大きなアドバンテージとなる。
 少なくとも、同様の機能を持っていない軍と、持っている軍との間には、戦争の期間が長くなればなるほど、差が大きく広がっていくことだろう。
 ノルトハーフェン公国では、エドゥアルドが実権を掌握する以前から、衛生という部分に着目していた。
 国内に兵站病院としていくつかの病院を指定し、国庫から支援金を出して医師や看護師を確保し、充実した医療設備と病床を用意させる。
 その代わり、有事にはその中から軍医として事前に取り決めておいた人数を従軍させて兵士たちの治療にあたらせ、あるいは負傷兵を後送して入院させ、早期に回復させてできるだけ多くが戦線復帰できるようにする。
 これはエドゥアルドの父親、先代の公爵が戦場で倒れたという苦い経験から構築されたシステムであり、徴兵制度を公国に導入するのに当たってさらに強化されていた。
 負傷したら、なんの医療も施してもらえず、それっきり。
 そんな処遇をされたら兵士たちの士気が上がるはずがなかったし、人々は兵役に取られることをより一層強く忌避(きひ)し、その制度を導入した少年公爵のことを良く思わなかったことだろう。
 こうした衛生面について制度を整えることは、代皇帝が目指す事柄を円滑に成し遂げるためには避けては通れない事柄であった。
 この政策も、導入はスムーズに進んだ。
 医療従事者たちは民間人であり、諸侯の反応というのを気にすることなく自由に交渉することができたからだ。
 有事になれば軍医として、軍属となって戦地に赴き、その一方で、負傷兵たちを大勢、受け入れなければならない。
 そういった負担を大きく見て難色を示す医療機関も少なくはなかったが、帝国から支援金が出されることに魅力を感じ、また、兵士たちを受け入れる設備は平時には通常の医療行為に転用できるという取り決めもあり、実質的に政府からの援助で病院機能を強化し、経営を補強できると考え、多くの病院の協力を取りつけることができた。
 とにかく、できることから、着実に。
 新しい時代を生き残る力をタウゼント帝国に与えるために、エドゥアルドは少しずつ物事を進めて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈とりあえずまた〆〉婚約破棄? ちょうどいいですわ、断罪の場には。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
辺境伯令嬢バルバラ・ザクセットは、第一王子セインの誕生パーティの場で婚約破棄を言い渡された。 だがその途端周囲がざわめき、空気が変わる。 父王も王妃も絶望にへたりこみ、セインの母第三側妃は彼の頬を打ち叱責した後、毒をもって自害する。 そしてバルバラは皇帝の代理人として、パーティ自体をチェイルト王家自体に対する裁判の場に変えるのだった。 番外編1……裁判となった事件の裏側を、その首謀者三人のうちの一人カイシャル・セルーメ視点であちこち移動しながら30年くらいのスパンで描いています。シリアス。 番外編2……マリウラ視点のその後。もう絶対に関わりにならないと思っていたはずの人々が何故か自分のところに相談しにやってくるという。お気楽話。 番外編3……辺境伯令嬢バルバラの動きを、彼女の本当の婚約者で護衛騎士のシェイデンの視点から見た話。番外1の少し後の部分も入ってます。 *カテゴリが恋愛にしてありますが本編においては恋愛要素は薄いです。 *むしろ恋愛は番外編の方に集中しました。 3/31 番外の番外「円盤太陽杯優勝者の供述」短期連載です。 恋愛大賞にひっかからなかったこともあり、カテゴリを変更しました。

虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌

力水
ファンタジー
 楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。  妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。  倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。  こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。  ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。  恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。    主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。  不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!  書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。  一人でも読んでいただければ嬉しいです。

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

【石のやっさん旧作】『心は』●●勇者…さぁ勇者褒美をとらす! 欲しい物をなんでも言うが良い! 「はい、では●●●で!」

石のやっさん
ファンタジー
主人公の理人(りひと)はこの世界に転生し、勇者に選として、戦い続けてきた。 理人は誰にも言っていなかったが、転生前は42歳の会社員の為、精神年齢が高く、周りの女性が子供に思えて仕方なかった。 キャピキャピする、聖女や賢者も最早、子供にしか見えず、紳士な彼からしたら恋愛対象じゃない。 そんな彼が魔王を倒した後の物語… 久々の短編です。

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...