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第三章:「課題山積」
・3-17 第36話:「軍備再編:3」
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・3-17 第36話:「軍備再編:3」
徴兵というのは、世間一般的に「嫌なモノ」と思われている。
実際、好ましくない。
なにしろ、人生における貴重な数年間を望みもしない軍隊生活に費やさねばならないというだけでなく、その生活は決して豊かなものでもなかったからだ。
あまつさえ、有事ともなれば命まで失う可能性があるのだから、なおさらだ。
加えて、徴兵によって作られた軍隊は「弱い」と言われていた。
自分自身の意志でもなく、また、そうしなければならないという差し迫った理由もなく兵隊に無理やりされた者は、そもそも熱心に戦うことなどない。
表面的には命令に従っていても、隙があれば脱走しようと機会をうかがっているし、いざ実戦となっても、戦況が不利だと見なせば簡単に逃げ出す。
徴兵によって作られた軍隊に頼ることは、亡国の道。
あるいは、窮余(きゅうよ)の策でしかない。
このために、これまでの各国では傭兵を主体として軍隊を構成していた。
傭兵として契約を結んだ者は、大抵、そうしなければならない状況に追い詰められた者たち、たとえば借金があったり、故郷で食い扶持にありつけず流浪せざるを得なかったり、過去に罪を犯してまともな職にありつけなかったりした場合で、他に生きる道がないから必死に戦う。
ある意味では専門の職業軍人と言えなくもないこういった者たちは、練度においても熟達していた。
傭兵たちはある程度まとまった集団である傭兵団を形成していることが多く、数ある同業者の中からより高値で雇用してもらうためには強くあらねばならず、そのせいで教練にも身が入る。
加えて、その道で食べて来たベテランが多いから、傭兵によって形成された軍隊というのは、徴兵によって作られたにわか作りの軍隊と比較するとより優れているというのが、これまでの[常識]となっていた。
———だが、時代は変わった。
旧来の、傭兵によって構成された軍隊を、徴兵制によって作られた軍隊で打ち破ることが可能だ、という事例が示されたのだ。
アルエット共和国内での革命戦争で、まず、その実例が示された。
当初、国王の下で編制されていた傭兵主体の国軍は装備・練度共に貴族の統治に反発して立ち上がった民衆の反乱軍よりも優勢であり、戦況を有利に進めていたし、その様子を観察していた諸外国も、反乱はいずれ鎮圧されるだろうと考えていた。
しかし、結果は革命派の勝利となる。
これは、ムナール将軍といった千年に一人というレベルの軍事的才覚を持った人材がいた、という影響も当然あったのだが、民衆が本気で、切実に王権を打倒するために立ち上がった、という点が、最大の理由となっていた。
徴兵の弱点は、嫌々戦わされるために士気が低く、容易に逃走を図る、ということだった。
だが、確固とした戦う理由があり、自発的に戦うのならば、つい数か月前まで民間で暮らしていたはずの、にわかづくりの兵士たちであっても、精鋭と大きく変わらない働きを示すのだ。
いや、むしろ、徴兵の軍隊の方が強い、とさえ言えてしまえる状況が出現した。
民衆の納得の上で編制された軍隊だから、補給や休養といった点で人々からの協力を得やすく、なにより、傭兵と違って雇用関係がなくとも自発的に戦うからだ。
傭兵は支払いが見込める限りは誠実さを見せるものだったが、ひとたび勝ち目がなく、このまま命を懸けたところで無駄死にするだけだ、あるいはどうあっても報酬を得られないと見限れば、逃げ出す。
戦う理由を知った上で戦場に立った徴兵による兵士であれば、そんなことは起こらない。
自分が命をかけることに金銭といった即物的なもの以外の価値があると信じることができる者は、どんなに戦況が不利であっても逃げずに戦うのだ。
アルエット共和国の場合には、それがあった。
貴族による支配の終焉。
平民の自立。
自由と、平等。
当時起こっていた飢饉(ききん)に根差した、現状を変えなければ生きていくことができないという差し迫った危機感。
それらを共有した巨大な集団となった民衆から生まれた軍隊は、何度も不利な局面に陥っても戦い続け、そして、最後には、自分たちよりも強かったはずの国軍を打ち破り、降伏させたのだ。
———国民軍。
こうした、民衆に受け入れられた形で誕生した徴兵による軍隊は、そう呼ぶべきものだった。
人々にとって、そうするだけの意味があると理解してもらえる理由がある、という状況に限ってのことではあったが、徴兵の軍隊は弱い、とい常識を打ち破ったのだ。
タウゼント帝国も直接戦ってラパン・トルチェの会戦で敗北したのだから、その現実はもはや、否定しようがない。
そして、エドゥアルドが徴兵制の軍隊、国民軍を作ろうとしているのには、こうした質的な変化以外にも理由があった。
それは、大量の[兵役経験者]をストックしておける、という点だった。
戦い方を知らない人々を兵士にするためには時間がかかる。
最低限戦えるようにするだけでも、半年。
熟達した兵士を得ようとすれば、もっと長い期間が必要になる。
だから急にたくさんの兵隊が必要だ、となっても、半年以上待たなければまともな兵力は増やせない。
それだけの時間が稼げればいいのだが、できない、という状況もあり得るだろう。
そうなったら戦争には負けてしまう。
自分はどうなっても「力不足だった」と諦めもつくが、それで国が亡くなって人々の生活が混乱し困窮することまで見過ごすことは、為政者の一人として、エドゥアルドにはできなかった。
もしも、市井(しせい)に兵役の経験者がたくさんいたら。
急に大兵力が必要だ、という状況が生じた時に、彼らを招集すれば、これまでに考えられなかったような迅速さで、過去に例を見ない大軍を編制できるようになる。
アルエット共和国は徴兵制により、五十万という、より多くの人口を抱えているはずのタウゼント帝国を上回る軍隊を作り出した。
そしてその規模は、これから年月が経つにつれ、民間に兵役の経験者が増大することによってさらに拡大していくだろう。
それと、同じことをできるようにしたい。
いや、できるようにならなければ、少なくともこの時代には、生き残れない。
徴兵が決して人々にとって好ましいモノではないことを知りつつも、それでもその制度を導入しようとするのは、そうした危機意識があるためだった。
徴兵というのは、世間一般的に「嫌なモノ」と思われている。
実際、好ましくない。
なにしろ、人生における貴重な数年間を望みもしない軍隊生活に費やさねばならないというだけでなく、その生活は決して豊かなものでもなかったからだ。
あまつさえ、有事ともなれば命まで失う可能性があるのだから、なおさらだ。
加えて、徴兵によって作られた軍隊は「弱い」と言われていた。
自分自身の意志でもなく、また、そうしなければならないという差し迫った理由もなく兵隊に無理やりされた者は、そもそも熱心に戦うことなどない。
表面的には命令に従っていても、隙があれば脱走しようと機会をうかがっているし、いざ実戦となっても、戦況が不利だと見なせば簡単に逃げ出す。
徴兵によって作られた軍隊に頼ることは、亡国の道。
あるいは、窮余(きゅうよ)の策でしかない。
このために、これまでの各国では傭兵を主体として軍隊を構成していた。
傭兵として契約を結んだ者は、大抵、そうしなければならない状況に追い詰められた者たち、たとえば借金があったり、故郷で食い扶持にありつけず流浪せざるを得なかったり、過去に罪を犯してまともな職にありつけなかったりした場合で、他に生きる道がないから必死に戦う。
ある意味では専門の職業軍人と言えなくもないこういった者たちは、練度においても熟達していた。
傭兵たちはある程度まとまった集団である傭兵団を形成していることが多く、数ある同業者の中からより高値で雇用してもらうためには強くあらねばならず、そのせいで教練にも身が入る。
加えて、その道で食べて来たベテランが多いから、傭兵によって形成された軍隊というのは、徴兵によって作られたにわか作りの軍隊と比較するとより優れているというのが、これまでの[常識]となっていた。
———だが、時代は変わった。
旧来の、傭兵によって構成された軍隊を、徴兵制によって作られた軍隊で打ち破ることが可能だ、という事例が示されたのだ。
アルエット共和国内での革命戦争で、まず、その実例が示された。
当初、国王の下で編制されていた傭兵主体の国軍は装備・練度共に貴族の統治に反発して立ち上がった民衆の反乱軍よりも優勢であり、戦況を有利に進めていたし、その様子を観察していた諸外国も、反乱はいずれ鎮圧されるだろうと考えていた。
しかし、結果は革命派の勝利となる。
これは、ムナール将軍といった千年に一人というレベルの軍事的才覚を持った人材がいた、という影響も当然あったのだが、民衆が本気で、切実に王権を打倒するために立ち上がった、という点が、最大の理由となっていた。
徴兵の弱点は、嫌々戦わされるために士気が低く、容易に逃走を図る、ということだった。
だが、確固とした戦う理由があり、自発的に戦うのならば、つい数か月前まで民間で暮らしていたはずの、にわかづくりの兵士たちであっても、精鋭と大きく変わらない働きを示すのだ。
いや、むしろ、徴兵の軍隊の方が強い、とさえ言えてしまえる状況が出現した。
民衆の納得の上で編制された軍隊だから、補給や休養といった点で人々からの協力を得やすく、なにより、傭兵と違って雇用関係がなくとも自発的に戦うからだ。
傭兵は支払いが見込める限りは誠実さを見せるものだったが、ひとたび勝ち目がなく、このまま命を懸けたところで無駄死にするだけだ、あるいはどうあっても報酬を得られないと見限れば、逃げ出す。
戦う理由を知った上で戦場に立った徴兵による兵士であれば、そんなことは起こらない。
自分が命をかけることに金銭といった即物的なもの以外の価値があると信じることができる者は、どんなに戦況が不利であっても逃げずに戦うのだ。
アルエット共和国の場合には、それがあった。
貴族による支配の終焉。
平民の自立。
自由と、平等。
当時起こっていた飢饉(ききん)に根差した、現状を変えなければ生きていくことができないという差し迫った危機感。
それらを共有した巨大な集団となった民衆から生まれた軍隊は、何度も不利な局面に陥っても戦い続け、そして、最後には、自分たちよりも強かったはずの国軍を打ち破り、降伏させたのだ。
———国民軍。
こうした、民衆に受け入れられた形で誕生した徴兵による軍隊は、そう呼ぶべきものだった。
人々にとって、そうするだけの意味があると理解してもらえる理由がある、という状況に限ってのことではあったが、徴兵の軍隊は弱い、とい常識を打ち破ったのだ。
タウゼント帝国も直接戦ってラパン・トルチェの会戦で敗北したのだから、その現実はもはや、否定しようがない。
そして、エドゥアルドが徴兵制の軍隊、国民軍を作ろうとしているのには、こうした質的な変化以外にも理由があった。
それは、大量の[兵役経験者]をストックしておける、という点だった。
戦い方を知らない人々を兵士にするためには時間がかかる。
最低限戦えるようにするだけでも、半年。
熟達した兵士を得ようとすれば、もっと長い期間が必要になる。
だから急にたくさんの兵隊が必要だ、となっても、半年以上待たなければまともな兵力は増やせない。
それだけの時間が稼げればいいのだが、できない、という状況もあり得るだろう。
そうなったら戦争には負けてしまう。
自分はどうなっても「力不足だった」と諦めもつくが、それで国が亡くなって人々の生活が混乱し困窮することまで見過ごすことは、為政者の一人として、エドゥアルドにはできなかった。
もしも、市井(しせい)に兵役の経験者がたくさんいたら。
急に大兵力が必要だ、という状況が生じた時に、彼らを招集すれば、これまでに考えられなかったような迅速さで、過去に例を見ない大軍を編制できるようになる。
アルエット共和国は徴兵制により、五十万という、より多くの人口を抱えているはずのタウゼント帝国を上回る軍隊を作り出した。
そしてその規模は、これから年月が経つにつれ、民間に兵役の経験者が増大することによってさらに拡大していくだろう。
それと、同じことをできるようにしたい。
いや、できるようにならなければ、少なくともこの時代には、生き残れない。
徴兵が決して人々にとって好ましいモノではないことを知りつつも、それでもその制度を導入しようとするのは、そうした危機意識があるためだった。
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