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 リナは一言も発さず、まだ瑞穂のことを睨みつけていた。

「あのね、リナちゃん。前にお風呂で泣いていたことがあるでしょ? お父さんに、お風呂で頭まで潜らされた時のことだけど……」

「あの日は、リナちゃんすごく悪い子だったの」

 リナは視線を落とした。

「ううん。リナちゃんは少しも悪くないよ。悪いのはリナちゃんに暴力を振るうお父さんと、それをいつも笑って見ていただけのお母さん」

 うつむいていたリナが、瑞穂に鋭い視線を戻した。

「違う! お父さんとお母さんは悪くない。悪いのはリナちゃんなの」

 瑞穂は胸が締めつけられるようだった。この子は亡霊になってもなお、お父さんとお母さんのことを守ろうとするのか。

「リナちゃんお湯をかけられて、熱かったでしょ? お風呂に潜らされた時、すごく苦しかったでしょ?」

 瑞穂は溢れそうな涙をこらえながら言った。

「リナちゃんが苦しむようなこと、誰もしてはいけないの」

 リナは黙って瑞穂を睨み続けている。

「あの時、リナちゃん目の前が真っ暗になったって言ったよね?」

 リナがかすかにうなずく。

 どう言えばいいのだろう。遠回しに言っても、リナはきっと理解できない。グルグルと思考を巡らせたが、堂々巡りで意識が朦朧としていくだけだ。

 瑞穂は大きく息を吸った。

 なにをどう言えばいいのか全く定まってなかった。だが瑞穂は、喉の奥から言葉を絞り出した。

「あの時リナちゃんね……死んでしまったの。お父さんがリナちゃんを死なせてしまったの」

 元々青白いリナの顔が、みるみるうちに血の気を失っていく。

「どうしてそんなひどいことを言うの?」

 リナの視線が悲しく揺れる。

「本当だよね。わたし、今すごくひどいこと言ってる」

 瑞穂はどうしてこんなに非情になれるのだろうかと自分の口を呪った。

 他に方法はなかったのか。どう伝えたらリナが、自分の死を受け入れ成仏できるのか、瑞穂にはわからなかった。

「リナちゃんは死んでない。リナちゃん、お母さんが帰ってくるのを待っているの」

 リナの目が吊り上がる。

「リナちゃんのお父さんとお母さんは、悪いことをしたから警察に捕まってしまったの。だから、このアパートには帰って来ないの」

 瑞穂の言葉に、リナが唇を震わせ涙をこぼした。

 こんなこと言う必要があったのだろうか。事実をこの子に伝える必要があったのだろうか。リナは本当に成仏する必要があるのか。幽霊のまま、永遠にお母さんを待っている方が幸せなのではないだろうか。

 リナはうつむき、両手を顔に当て泣いている。

「ごめん。リナちゃんを傷つけるようなこと言ってごめんね」

 瑞穂はリナの前にかがみ、リナの肩に手を置こうとした。

 リナがすっと顔をあげる。

 瑞穂は思わず出した手を引っ込め、息を飲んだ。

 リナの顔は痛々しく真っ赤にただれていた。顔の右半分の皮膚がめくれている。

「リナちゃん……だいじょう、ぶ?」

 瑞穂の声が掠れる。喉がカラカラだった。
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