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「お母さんは、優しい?」

「うん、優しいよ。一度お父さんがいない時にね、ふわっふわの甘い卵焼きを作ってくれたの。すごくおいしいんだよ」

 リナが初めて嬉しそうな表情を見せた。

「リナちゃんは、卵焼き好きなの?」

「うん。でも、お母さんには嫌いって嘘ついてる」

「どうして?」

「リナちゃんが卵焼きを食べたのが、お父さんにばれたら、勝手なことするなってお母さんが殴られるの。だから食べたくないの」
 
 リナがうつむいた。

「すごく食べたいけど……食べたくないの」

 リナは消え入りそうな声でそう言った。

「リナちゃんも、お父さんに殴られたことある?」

「あるよ。リナちゃんが悪いことしたからだけどね」

「悪いことって、例えばどんなこと?」

「うーん、わからない」

 リナはあどけない表情で、小首をかしげた。

「リナちゃんのすることは、ほとんど全部悪いことなの。マミちゃんを探しに、このおうちに来たのも悪いことかもしれない……お父さんにまた怒られるかも」

 リナはバツが悪そうな顔をした。

「そんなことないよ、リナちゃんが来てくれて嬉しいよ。だからお父さんも怒らないと思うよ」

 瑞穂は優しく言った。

「お父さんはリナちゃんが悪いことをした時だけ怒るの。リナちゃんにはシツケが必要だって」

「その時、お母さんはリナちゃんを守ってくれる?」

 うん、とリナは大きくうなずいた。

「リナが悪いことをしたら、お父さんはすごく怒って鬼みたいな顔して、殴ったり蹴ったりしてくるけど、お母さんはいつも笑いながらリナのこと見ているよ」

 瑞穂は驚いて、息を飲んだ。

「リナちゃんが殴られているのを、お母さんは笑って見ているの?」

「うん。お母さんはいつもにこにこしていて、すごく優しいの」

 瑞穂は心の奥が、シンと冷たく凍っていくような気がした。

「もう、おうちに戻らなくちゃ。お母さんが帰ってくるかもしれないから」

 誰もいない部屋に、この子を一人で返していいのだろうか。いや、誰もいないならまだマシだと瑞穂は思い直した。リナの話を聞く限り、父親が帰ってくることの方が怖い。

「リナちゃん、お腹空いてない?」

 聞くまでもなく、リナはお腹を空かせているに違いない。きっとこの誘いにすぐにのってくるだろう。

 帰りたそうにしているリナを、瑞穂はどうにかして引きとめたかった。
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