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14 第2ステージへ
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「バレーやろう」
昼休みになると、アリサとマキが里奈を呼びにきた。
三人で運動場に走っていく。
先に外に出ていたクラスメイトの女の子が数人、円陣バレーをやっている。
「わたしたちも入れてー」
アリサが声をかけると、
「うん。いいよ。里奈ちゃん、もう大丈夫なの?」
と、ボールを持ったリコが心配そうに聞いてきた。
「もう、平気だよ」
里奈はその場で軽くジャンプした。
「じゃぁ、いくよ」
リコがトスしたボールを里奈が受けた。
指先でボールを跳ね返す。
白いボールが青い空に弧を描き飛んでいく。
「はいっ」
アリサがボールを打ち返す。
「マキちゃん、取って」
円陣をはみ出しそうになったボールを、マキが追いかける。
地面に転がってしまったボールを、マキが拾って投げる。
ボールは空高く飛んでいく。
モモちゃんが、じゃれるように白いボールを追いかけていく。
「あれ?」
モモちゃんは、里奈が思っていたよりも大きくなっていた。
バレーボールよりもさらに大きい。
「里奈ちゃん、危ないっ!」
アリサの声が飛んできた時には、里奈の頭に衝撃が走っていた。
モモちゃんに気を取られていた里奈は、飛んできたバレーボールに気がつかなかったのだ。
「いたっ」
里奈はその場にくずれおちた。
「里奈ちゃん、大丈夫?」
みんなが一斉に駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ、イテテテ」
立ち上がりながら里奈は、おでこを押さえた。
「保健室行ったほうがいいよ」
マキが里奈の顔をのぞきこんで言った。
「一日に二度も行きにくいからいいよ」
「でも、おでこ赤いよ。後で腫れてくるかもしれないよ。シップ貼ってもらったら? わたしも一緒に行くから」
アリサが言う。
「わかった。でもシップもらうだけだから一人で行ってくる。みんなは遊んでて」
里奈はみんなに手を振って走り出した。
◇
保健室でシップを貼ってもらって急いで廊下に出ると、誰かとぶつかりそうになった。
小さく悲鳴をあげると、
「またおまえかよ」
と、リョウタの声がした。
「自分だって、また保健室?」
「アハハ。昼休みにサッカーしてたら、今度は反対側の膝がこんなだぜ」
右足の膝から、血が流れている。
「うわぁ、痛そう」
「1日に2度も転ぶなんて、幼稚園の時以来だよ」
リョウタの言葉に、里奈はなにか引っかかるものがあった。
(なんだろう。わたし、なにか忘れている気がする……)
リョウタの言葉のなにに引っかかったのだろう。
(一日。二度。転ぶ。ようちえ……幼稚園!)
「あっ! 幼稚園の弟だ!」
「声、でかっ。いきなりなんの話だよ」
リョウタがわざとらしく両手で耳をふさぐ。
「リョウタくんの弟の誕生日、もう過ぎちゃった?」
「今度の土曜日だけど、それがなに?」
リョウタが不思議そうな顔をする。
「ほら、あれっ」
里奈は手を振り回す。
「あれじゃわかんねーよ」
「あれだよ、あれ。フィギュア。あげるって約束したじゃん。まだ、渡してなかった」
「あぁ。おれも忘れてたわ。おばけ育成ゲームに夢中で」
リョウタが笑った。
「今日、学校終わったら、おもちゃのハッピーランドの前の公園に来て。フィギュア渡したいから」
「うん。ありがとな」
そう言いながら、リョウタがモモちゃんを見る。
「里奈も、そろそろクリアするんじゃない?」
リョウタの言葉に、里奈の胸がズキンとする。
「そ、そうかな」
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「このゲームは、普通のゲームと違うから……。それよりリョウタくん、早く手当てしてもらった方がいいんじゃない?」
里奈はリョウタの膝を指さした。
血が靴下の方まで流れていきそうだ。
「早くって、里奈が引き留めたんだろうがっ」
「ご、ごめんっ」
里奈が謝った時には、リョウタの姿は保健室のドアの向こうへ消えていた。
伝える相手のいなくなった言葉が、宙に浮いたままになっている。
「モモちゃんは、急にいなくなったりしないでね」
里奈は口の中でモゴモゴ言いながら、歩き出した。
「えっ、なに?」
モモちゃんが追いかけてくる。
「なんでもないっ」
里奈は走り出した。
◇
「リョウタくん、もう来てる」
公園のベンチに座っているリョウタを見つけて、里奈は走った。
里奈に気がついて、リョウタが立ち上がった。
「おれの方はあげるものないのに、わざわざ悪いな」
リョウタがすまなそうな顔をする。
「だって、約束だもん」
里奈は息を切らしながら言った。
フィギュアを入れた紙袋を、リョウタに渡す。
「ありがとう」
リョウタが受け取りながら、モモちゃんを見上げる。
モモちゃんはもう、バレーボールよりも一回りも二回りも大きい。
「モモちゃん、大きくなりすぎたせいか、あんまり下におりてこないの」
里奈もモモちゃんを見上げた。
里奈は右手を伸ばし、
「モモちゃん」
と精一杯背伸びをした。
モモちゃんには、ちっとも届かない。
リョウタが、ひょいっと片手をあげる。背の高いリョウタなら、モモちゃんになんとか手が届く。
リョウタは優しくモモちゃんをなでた。
「そろそろだな」
リョウタがつぶやいた。
「そろそろって……」
里奈の胸がトクンとなる。
「クリア?」
里奈がたずねると、リョウタがうなずいた。
「そうなの、モモちゃん?」
里奈が見上げると、モモちゃんがにっこり笑ってうなずいた。
「いやだ」
言葉にしたら、余計に胸がしめつけられる。息をするのが苦しい。
モモちゃんが、ぷぅっと膨らんだ。
さらに高い位置に飛んでいってしまう。
「モモちゃん、いなくなるの? いなくなっちゃうの? いやだよ、いや。そんなのいや」
里奈は空に向かって叫んだ。
「モモちゃんはね、これ以上大きくなったらここにはいられないの」
モモちゃんがさらに膨らむ。
「いやだ、ここにいて。モモちゃんお願い。わたしとずっとずっと一緒にいてよ」
里奈は手を伸ばし、ジャンプした。
「モモちゃん、いなくなっちゃうの? 消えちゃうの?」
「消えちゃうわけじゃないよ」
リョウタが里奈の肩に手を置いた。
「えっ?」
里奈はリョウタの顔を見上げた。
「なぁ、モモちゃん? そうだよな?」
リョウタが、モモちゃんに向かって叫ぶ。
「うん。里奈ちゃんが第1ステージをクリアしたら、モモちゃん、第2ステージに行くだけだよ」
「第2ステージ?」
里奈の問いかけに、モモちゃんがうなずいた。
「第2ステージは宇宙だよ。モモちゃんはこれから、もっともっと大きくなるの」
モモちゃんが手を広げた。
「モモちゃんの姿が見えなくなるから、第2ステージは、第1ステージよりももっと難しくなる。けど、里奈が気持ちを吐きだすたびに、モモちゃんは大きくなるんだ」
先に第1ステージをクリアしたリョウタが、説明する。
「ソラくんも、宇宙に行ったの?」
そうだよ、とリョウタが優しく言う。
「姿が見えなくなっても、モモちゃんの心は里奈ちゃんとずっと一緒だよ」
モモちゃんがふわりとした笑顔で言う。
「宇宙に行っちゃうなんていや。見えなくなるなんていや。わたし、もっともっと、モモちゃんをギュって抱っこしたかったよ!」
里奈の目から涙がこぼれ落ちる。
「里奈ちゃん、モモちゃんをもっともっと大きくして。モモちゃんを空高く飛ばせて」
モモちゃんが、天を指さす。
里奈は、いやいやと首を横に振った。
「モモちゃん、大好き。大好きだよ。お願い戻って来て」
里奈は両手を広げた。
涙が止まらない。
「悲しい時はいっぱい泣くの。我慢しないでいっぱい泣くの」
モモちゃんが言う。
モモちゃんは少しずつ膨らみながら、空に近づいていく。
里奈から離れていく。
「楽しい時はいっぱい笑うの。ありがとうの気持ちをちゃんと伝えて。嫌なことは嫌ってはっきり言うの。いっぱい怒っていっぱい叫んでいっぱいいっぱい……」
モモちゃんの声がどんどん遠くなっていく。
大きくなったはずのモモちゃんが、もうずっと遠くに小さく見える。
「里奈ちゃん……のぬいぐるみ……聞い……」
「えっ? モモちゃんなに? 聞こえないよ!」
里奈の声も、きっともう、モモちゃんには届いていない。
モモちゃんは豆粒みたいに小さい。もうすぐ見えなくなってしまう。
モモちゃんが、里奈の目の前からいなくなってしまう。
「モモちゃん、モモちゃん、モモちゃーん!」
里奈は金切り声で叫んだ。叫びすぎて、喉が切れそうに痛い。
「モモちゃんっ」
声がかすれる。ゴホゴホとむせてしまう。
「大丈夫か?」
リョウタが里奈の背中をさすってくれた。
「モモちゃん、行っちゃったよー」
里奈は涙で顔をぐちゃぐちゃにして言った。
「里奈がモモちゃんをちゃんと育てたからだよ」
「わかってるし!」
里奈が叫ぶと、
「相変わらず声でかいなー」
と、リョウタが笑った。
「里奈、いつまで泣いてんの?」
「だって、モモちゃんが悲しい時にはいっぱい泣けって……」
里奈は声を震わせた。
「あのな」
リョウタがなぜか照れくさそうに言った。
「おれ、おまえに一つだけ嘘ついてることがあるんだ」
「こんな時になに?」
里奈は顔をしかめた。
「前に、同じ学年のヤツなら全員名前言えるって言っただろ? あれ嘘。里奈の名前を知ってたのは、本当は前から気になってたからなんだ」
「な、なんで? わたしのことなんか?」
里奈の声が裏返る。
「だからぁ、声がでかいからだよ」
「なーんだ、そんなこと……ってちょっと!」
里奈はリョウタをにらみつけた。
「そんな怖い顔するなって」
リョウタが里奈のおでこをこづいた。
「イタッ。そこ、バレーボールぶつけたところだからっ」
里奈がおでこを押さえると、ごめんごめんとリョウタが謝った。
「最初は、本当に声がでかいヤツだなぁって思ってよく見かけるようになったんだけど、見るたびにおまえ、いつもにこにこしていて、なんかいいなぁって……」
リョウタの声が小さくなっていく。
「えっ?」
里奈がリョウタを見上げると、リョウタはそっぽを向いて真っ赤な顔をしていた。
「だけど実際話すようになったら、楽しそうなふりしているだけで、言いたいことも言えずに、コイツけっこう無理してんのかなぁって思って……」
リョウタが里奈に向き直る。
「がっかりした?」
里奈がたずねると、リョウタが首を横に振った。
「余計に気になった」
リョウタの言葉が、真っ直ぐに里奈の胸に飛びこんでくる。
その意味を考えたら、里奈の心臓が飛び跳ねた。思わず胸を押さえる。
リョウタが優しい目で里奈を見る。
「こうやって自分の気持ち話していると、ソラくんの存在を近くに感じるんだよね。あ、今、宇宙でソラくん、また大きくなったなぁって」
急にソラくんの話になって、里奈は頭の中がごちゃごちゃになった。
「なに、ぽかんとしてるの? これでもおれ、モモちゃんと離れ離れになった里奈を励ましてるんだぞ。こんなはずかしい話までしてさぁ」
リョウタが里奈のおでこをつつく。
「だからそこ、痛いんだって」
里奈は目に涙をためながら言った。
「そうだった、ごめん」
あわてるリョウタの様子に、里奈は声を立てて笑った。
「ちょっとはモモちゃんの成長を、喜んでやってもいいんじゃないの?」
リョウタの言葉に、里奈は手の甲で涙をぬぐった。
「うん。そうだよね」
空を見上げてにっこり笑う。
「モモちゃん、この分だとぐんぐん成長して、地球よりもでっかくなるぞ」
リョウタが両手を広げた。
「そんなに?」
「うん。ソラくんはもう地球3個分くらいだ」
「えっ、うそ? リョウタくんには、ソラくんが見えるの?」
里奈はリョウタの腕をつかんだ。
「ごめん、見えない。また嘘ついたっていうか、普通冗談だってわかるだろ?」
リョウタが里奈を見下ろす。
「わかんないよ。普通ってなによ。だいたいこのゲーム、普通のゲームじゃないし」
里奈はリョウタから手を離した。
もう一度空を見上げる。空が少しずつ赤みを帯びている。
「おれたち、その普通じゃないゲームのプレイヤーなんだな。なんかすげーな」
リョウタも空を見上げて言った。
「うん。なんかすごいね。なにがすごいかわからないけど」
里奈はリョウタと顔を見合わせた。
二人は同時に吹き出した。
昼休みになると、アリサとマキが里奈を呼びにきた。
三人で運動場に走っていく。
先に外に出ていたクラスメイトの女の子が数人、円陣バレーをやっている。
「わたしたちも入れてー」
アリサが声をかけると、
「うん。いいよ。里奈ちゃん、もう大丈夫なの?」
と、ボールを持ったリコが心配そうに聞いてきた。
「もう、平気だよ」
里奈はその場で軽くジャンプした。
「じゃぁ、いくよ」
リコがトスしたボールを里奈が受けた。
指先でボールを跳ね返す。
白いボールが青い空に弧を描き飛んでいく。
「はいっ」
アリサがボールを打ち返す。
「マキちゃん、取って」
円陣をはみ出しそうになったボールを、マキが追いかける。
地面に転がってしまったボールを、マキが拾って投げる。
ボールは空高く飛んでいく。
モモちゃんが、じゃれるように白いボールを追いかけていく。
「あれ?」
モモちゃんは、里奈が思っていたよりも大きくなっていた。
バレーボールよりもさらに大きい。
「里奈ちゃん、危ないっ!」
アリサの声が飛んできた時には、里奈の頭に衝撃が走っていた。
モモちゃんに気を取られていた里奈は、飛んできたバレーボールに気がつかなかったのだ。
「いたっ」
里奈はその場にくずれおちた。
「里奈ちゃん、大丈夫?」
みんなが一斉に駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ、イテテテ」
立ち上がりながら里奈は、おでこを押さえた。
「保健室行ったほうがいいよ」
マキが里奈の顔をのぞきこんで言った。
「一日に二度も行きにくいからいいよ」
「でも、おでこ赤いよ。後で腫れてくるかもしれないよ。シップ貼ってもらったら? わたしも一緒に行くから」
アリサが言う。
「わかった。でもシップもらうだけだから一人で行ってくる。みんなは遊んでて」
里奈はみんなに手を振って走り出した。
◇
保健室でシップを貼ってもらって急いで廊下に出ると、誰かとぶつかりそうになった。
小さく悲鳴をあげると、
「またおまえかよ」
と、リョウタの声がした。
「自分だって、また保健室?」
「アハハ。昼休みにサッカーしてたら、今度は反対側の膝がこんなだぜ」
右足の膝から、血が流れている。
「うわぁ、痛そう」
「1日に2度も転ぶなんて、幼稚園の時以来だよ」
リョウタの言葉に、里奈はなにか引っかかるものがあった。
(なんだろう。わたし、なにか忘れている気がする……)
リョウタの言葉のなにに引っかかったのだろう。
(一日。二度。転ぶ。ようちえ……幼稚園!)
「あっ! 幼稚園の弟だ!」
「声、でかっ。いきなりなんの話だよ」
リョウタがわざとらしく両手で耳をふさぐ。
「リョウタくんの弟の誕生日、もう過ぎちゃった?」
「今度の土曜日だけど、それがなに?」
リョウタが不思議そうな顔をする。
「ほら、あれっ」
里奈は手を振り回す。
「あれじゃわかんねーよ」
「あれだよ、あれ。フィギュア。あげるって約束したじゃん。まだ、渡してなかった」
「あぁ。おれも忘れてたわ。おばけ育成ゲームに夢中で」
リョウタが笑った。
「今日、学校終わったら、おもちゃのハッピーランドの前の公園に来て。フィギュア渡したいから」
「うん。ありがとな」
そう言いながら、リョウタがモモちゃんを見る。
「里奈も、そろそろクリアするんじゃない?」
リョウタの言葉に、里奈の胸がズキンとする。
「そ、そうかな」
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「このゲームは、普通のゲームと違うから……。それよりリョウタくん、早く手当てしてもらった方がいいんじゃない?」
里奈はリョウタの膝を指さした。
血が靴下の方まで流れていきそうだ。
「早くって、里奈が引き留めたんだろうがっ」
「ご、ごめんっ」
里奈が謝った時には、リョウタの姿は保健室のドアの向こうへ消えていた。
伝える相手のいなくなった言葉が、宙に浮いたままになっている。
「モモちゃんは、急にいなくなったりしないでね」
里奈は口の中でモゴモゴ言いながら、歩き出した。
「えっ、なに?」
モモちゃんが追いかけてくる。
「なんでもないっ」
里奈は走り出した。
◇
「リョウタくん、もう来てる」
公園のベンチに座っているリョウタを見つけて、里奈は走った。
里奈に気がついて、リョウタが立ち上がった。
「おれの方はあげるものないのに、わざわざ悪いな」
リョウタがすまなそうな顔をする。
「だって、約束だもん」
里奈は息を切らしながら言った。
フィギュアを入れた紙袋を、リョウタに渡す。
「ありがとう」
リョウタが受け取りながら、モモちゃんを見上げる。
モモちゃんはもう、バレーボールよりも一回りも二回りも大きい。
「モモちゃん、大きくなりすぎたせいか、あんまり下におりてこないの」
里奈もモモちゃんを見上げた。
里奈は右手を伸ばし、
「モモちゃん」
と精一杯背伸びをした。
モモちゃんには、ちっとも届かない。
リョウタが、ひょいっと片手をあげる。背の高いリョウタなら、モモちゃんになんとか手が届く。
リョウタは優しくモモちゃんをなでた。
「そろそろだな」
リョウタがつぶやいた。
「そろそろって……」
里奈の胸がトクンとなる。
「クリア?」
里奈がたずねると、リョウタがうなずいた。
「そうなの、モモちゃん?」
里奈が見上げると、モモちゃんがにっこり笑ってうなずいた。
「いやだ」
言葉にしたら、余計に胸がしめつけられる。息をするのが苦しい。
モモちゃんが、ぷぅっと膨らんだ。
さらに高い位置に飛んでいってしまう。
「モモちゃん、いなくなるの? いなくなっちゃうの? いやだよ、いや。そんなのいや」
里奈は空に向かって叫んだ。
「モモちゃんはね、これ以上大きくなったらここにはいられないの」
モモちゃんがさらに膨らむ。
「いやだ、ここにいて。モモちゃんお願い。わたしとずっとずっと一緒にいてよ」
里奈は手を伸ばし、ジャンプした。
「モモちゃん、いなくなっちゃうの? 消えちゃうの?」
「消えちゃうわけじゃないよ」
リョウタが里奈の肩に手を置いた。
「えっ?」
里奈はリョウタの顔を見上げた。
「なぁ、モモちゃん? そうだよな?」
リョウタが、モモちゃんに向かって叫ぶ。
「うん。里奈ちゃんが第1ステージをクリアしたら、モモちゃん、第2ステージに行くだけだよ」
「第2ステージ?」
里奈の問いかけに、モモちゃんがうなずいた。
「第2ステージは宇宙だよ。モモちゃんはこれから、もっともっと大きくなるの」
モモちゃんが手を広げた。
「モモちゃんの姿が見えなくなるから、第2ステージは、第1ステージよりももっと難しくなる。けど、里奈が気持ちを吐きだすたびに、モモちゃんは大きくなるんだ」
先に第1ステージをクリアしたリョウタが、説明する。
「ソラくんも、宇宙に行ったの?」
そうだよ、とリョウタが優しく言う。
「姿が見えなくなっても、モモちゃんの心は里奈ちゃんとずっと一緒だよ」
モモちゃんがふわりとした笑顔で言う。
「宇宙に行っちゃうなんていや。見えなくなるなんていや。わたし、もっともっと、モモちゃんをギュって抱っこしたかったよ!」
里奈の目から涙がこぼれ落ちる。
「里奈ちゃん、モモちゃんをもっともっと大きくして。モモちゃんを空高く飛ばせて」
モモちゃんが、天を指さす。
里奈は、いやいやと首を横に振った。
「モモちゃん、大好き。大好きだよ。お願い戻って来て」
里奈は両手を広げた。
涙が止まらない。
「悲しい時はいっぱい泣くの。我慢しないでいっぱい泣くの」
モモちゃんが言う。
モモちゃんは少しずつ膨らみながら、空に近づいていく。
里奈から離れていく。
「楽しい時はいっぱい笑うの。ありがとうの気持ちをちゃんと伝えて。嫌なことは嫌ってはっきり言うの。いっぱい怒っていっぱい叫んでいっぱいいっぱい……」
モモちゃんの声がどんどん遠くなっていく。
大きくなったはずのモモちゃんが、もうずっと遠くに小さく見える。
「里奈ちゃん……のぬいぐるみ……聞い……」
「えっ? モモちゃんなに? 聞こえないよ!」
里奈の声も、きっともう、モモちゃんには届いていない。
モモちゃんは豆粒みたいに小さい。もうすぐ見えなくなってしまう。
モモちゃんが、里奈の目の前からいなくなってしまう。
「モモちゃん、モモちゃん、モモちゃーん!」
里奈は金切り声で叫んだ。叫びすぎて、喉が切れそうに痛い。
「モモちゃんっ」
声がかすれる。ゴホゴホとむせてしまう。
「大丈夫か?」
リョウタが里奈の背中をさすってくれた。
「モモちゃん、行っちゃったよー」
里奈は涙で顔をぐちゃぐちゃにして言った。
「里奈がモモちゃんをちゃんと育てたからだよ」
「わかってるし!」
里奈が叫ぶと、
「相変わらず声でかいなー」
と、リョウタが笑った。
「里奈、いつまで泣いてんの?」
「だって、モモちゃんが悲しい時にはいっぱい泣けって……」
里奈は声を震わせた。
「あのな」
リョウタがなぜか照れくさそうに言った。
「おれ、おまえに一つだけ嘘ついてることがあるんだ」
「こんな時になに?」
里奈は顔をしかめた。
「前に、同じ学年のヤツなら全員名前言えるって言っただろ? あれ嘘。里奈の名前を知ってたのは、本当は前から気になってたからなんだ」
「な、なんで? わたしのことなんか?」
里奈の声が裏返る。
「だからぁ、声がでかいからだよ」
「なーんだ、そんなこと……ってちょっと!」
里奈はリョウタをにらみつけた。
「そんな怖い顔するなって」
リョウタが里奈のおでこをこづいた。
「イタッ。そこ、バレーボールぶつけたところだからっ」
里奈がおでこを押さえると、ごめんごめんとリョウタが謝った。
「最初は、本当に声がでかいヤツだなぁって思ってよく見かけるようになったんだけど、見るたびにおまえ、いつもにこにこしていて、なんかいいなぁって……」
リョウタの声が小さくなっていく。
「えっ?」
里奈がリョウタを見上げると、リョウタはそっぽを向いて真っ赤な顔をしていた。
「だけど実際話すようになったら、楽しそうなふりしているだけで、言いたいことも言えずに、コイツけっこう無理してんのかなぁって思って……」
リョウタが里奈に向き直る。
「がっかりした?」
里奈がたずねると、リョウタが首を横に振った。
「余計に気になった」
リョウタの言葉が、真っ直ぐに里奈の胸に飛びこんでくる。
その意味を考えたら、里奈の心臓が飛び跳ねた。思わず胸を押さえる。
リョウタが優しい目で里奈を見る。
「こうやって自分の気持ち話していると、ソラくんの存在を近くに感じるんだよね。あ、今、宇宙でソラくん、また大きくなったなぁって」
急にソラくんの話になって、里奈は頭の中がごちゃごちゃになった。
「なに、ぽかんとしてるの? これでもおれ、モモちゃんと離れ離れになった里奈を励ましてるんだぞ。こんなはずかしい話までしてさぁ」
リョウタが里奈のおでこをつつく。
「だからそこ、痛いんだって」
里奈は目に涙をためながら言った。
「そうだった、ごめん」
あわてるリョウタの様子に、里奈は声を立てて笑った。
「ちょっとはモモちゃんの成長を、喜んでやってもいいんじゃないの?」
リョウタの言葉に、里奈は手の甲で涙をぬぐった。
「うん。そうだよね」
空を見上げてにっこり笑う。
「モモちゃん、この分だとぐんぐん成長して、地球よりもでっかくなるぞ」
リョウタが両手を広げた。
「そんなに?」
「うん。ソラくんはもう地球3個分くらいだ」
「えっ、うそ? リョウタくんには、ソラくんが見えるの?」
里奈はリョウタの腕をつかんだ。
「ごめん、見えない。また嘘ついたっていうか、普通冗談だってわかるだろ?」
リョウタが里奈を見下ろす。
「わかんないよ。普通ってなによ。だいたいこのゲーム、普通のゲームじゃないし」
里奈はリョウタから手を離した。
もう一度空を見上げる。空が少しずつ赤みを帯びている。
「おれたち、その普通じゃないゲームのプレイヤーなんだな。なんかすげーな」
リョウタも空を見上げて言った。
「うん。なんかすごいね。なにがすごいかわからないけど」
里奈はリョウタと顔を見合わせた。
二人は同時に吹き出した。
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ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
わたしたちの恋、NGですっ! ~魔力ゼロの魔法少女~
立花鏡河
児童書・童話
【第1回きずな児童書大賞】奨励賞を受賞しました!
応援して下さった方々に、心より感謝申し上げます!
「ひさしぶりだね、魔法少女アイカ」
再会は突然だった。
わたし、愛葉一千花は、何の取り柄もない、フツーの中学二年生。
なじめないバスケ部をやめようかと悩みながら、掛けもちで園芸部の活動もしている。
そんなわたしには、とある秘密があって……。
新入生のイケメン、乙黒咲也くん。
わたし、この子を知ってる。
ていうか、因縁の相手なんですけどっ!?
★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
わたしはかつて、魔法少女だったんだ。
町をねらう魔物と戦う日々――。
魔物のリーダーで、宿敵だった男の子が、今やイケメンに成長していて……。
「意外とドジですね、愛葉センパイは」
「愛葉センパイは、おれの大切な人だ」
「生まれ変わったおれを見てほしい」
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改心した彼が、わたしを溺愛して、心をまどわせてくる!
光と闇がまじりあうのはキケンです!
わたしたちの恋愛、NGだよね!?
◆◆◆第1回きずな児童書大賞エントリー作品です◆◆◆
表紙絵は「イラストAC」様からお借りしました。
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