踊るねこ

ことは

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12 青いうさぎ

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 月曜日。2時間目の休み時間。

 はるかは、クラスメイトの女子五人とおしゃべりしながら、家庭科室に向かっていた。

「あっ、美加」

 廊下で立ち止まったはるかに、
「先、行ってるねー」
と、クラスメイトたちが手を振った。

「美加、一人? 結衣は?」

「休んでる。風邪だって」

 美加の声は、少しイライラしているように聞こえた。

「大丈夫かな?」

「大丈夫じゃない?」

 美加が、やけに冷たく言う。

「美加、どうか、した?」

「多分、仮病だから」
と、美加はそっぽを向く。

「どういうこと?」

 美加が、窓の外に目を向けたまま話す。

「昨日、振り付けわからないところあるから教えてって言われて、結衣の家行ったんだ。その時言ってたの。明日、学校休んじゃおうかなーって」

「なんで?」

「ダンスの練習したいからだって。まさか、本当に休むとは思ってなかった」

 美加は眉間にしわを寄せながら、はるかの方を見た。

「普通、学校休んでまでダンスする?」

「しないよね、普通」

 はるかは、うなずきながら答えた。

「でしょ? 今週、選抜メンバーの立ち位置、決めるんだ。それで結衣、あせってるみたい。わたしに、本気でライバル宣言してきた」

 美加は、ハァーッと大きなため息をついた。

「いつもの、結衣のノリでしょ?」

 はるかが言うと、美加は「違うよ」と首を横に振った。

「友だちなのに」

 ポツンとそうつぶやき、美加は立ち去った。

   ◇

 学校から家までの帰り道に、結衣の家はある。

 坂の途中。赤い屋根が見えた。

 学校が終わったら、今日から毎日、隼人にダンスを教えてもらう約束だ。

 いったん結衣の家の前を通り過ぎたが、はるかは引き返した。

「ちょっとだけ、寄っていこうかな」

 はるかは、結衣の家のチャイムを押した。

 ドアを開けると、甘いにおいがする。

「あら、はるかちゃん」

 結衣のお母さんがエプロン姿で出てきて、二階に向かって、
「ゆいー、はるかちゃん来てくれたわよー」
と叫んだ。

「今、クッキー焼いてて、手が離せないの。あがって。結衣の部屋、わかるでしょ?」

「はい。おじゃまします」

 はるかは玄関で靴を脱いだ。

 結衣の部屋のドアをノックしようとして、はるかは手を止めた。ドアの向こうから、ケンカをしているような声が聞こえてくる。

―ーわたしの代わりに学校行ってくれないから、心配して友だちが来ちゃったじゃない!

 結衣の声だ。

―ー本当に困った時ならいいよ。でも、毎日なんて無理だよ。こんなの、結衣ちゃんのためにならないよ。

 もう一人の声は、はるかには、誰だか思い当たらない。

(結衣のお姉さん、こんな声だったかな?)

 もう一度ノックをしようとした時、隣の部屋のドアが開いた。

「はるかちゃん、来てくれたんだ」

 出てきたのは、二才年上の、結衣のお姉さんだった。

(じゃぁ、結衣の部屋にいるのは誰だろう?)

「結衣、入るよー」
と、お姉さんが部屋のドアを開けた。

 中で、ドタバタと音がする。

「ちょっと、ノックしてって、いつも言ってるでしょ!」

 結衣の怒った声。

「どうぞ」
と、お姉さんに言われて中をのぞくと、結衣はベッドで体を起こしていた。赤いチェックのパジャマを着ている。

 他には、誰もいない。

 いつもと同じ結衣の部屋。赤い花柄のカーテン。お姫様みたいな天蓋つきのベッド。勉強机とドレッサー。全体的に赤と白のインテリアが多い。

 その中で、いつもと違うのは、床におかれたケージに入った、小さなうさぎ。

 青いうさぎだった。

 はるかが、うさぎを見つめているのに気がついたのか、結衣が言った。

「うさぎ、飼い始めたの」

「青いうさぎなんて、めずらしいね」

「うん。外国の品種なんだって」

 うさぎは、鼻をピクピクさせている。

 はるかは、じっくりながめたが、色が青いってこと以外は変わったところはない。

「ねぇ、結衣。このうさぎ、しゃべったり、する?」

「するわけないじゃん、インコじゃないんだから」

 結衣はそう言った後で、ゴホゴホと派手に咳きこんだ。

「風邪、大丈夫?」

「うん。明日は学校、行けると思う」

 結衣が笑った。

(なんだ、本当に風邪ひいてたんだ)

「よかった。あまり長くいると悪いから、帰るね」

 そう言うと、結衣がほっとしたような顔をしたのが、はるかは気になった。

「ねぇ、さっき誰かとしゃべってなかった?」

 え、と結衣は、言葉が喉につかえたみたいに言った。

「部屋に入ろうとした時、何か聞こえた気がしたから」

 一瞬、結衣は何かを探すように視線を宙に泳がせたが、
「あぁ、電話、してたから」
と、枕元のスマートフォンをはるかに見せてきた。

「美加が心配して、電話くれたんだ」

「そっか。よかった。美加、電話くれたんだね」

 はるかは、ほっと胸をなでおろした。

 結衣のお母さんが、
「はるかちゃん、食べていって」
と、紅茶と一緒にクッキーを持ってきてくれた。

 だが、はるかは、隼人との約束を思い出して慌てた。

「残念ね。じゃぁ、お土産に」
と、結衣のお母さんは、焼きたてのクッキーを包んでくれた。
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