リンネは魔法を使わない

ことは

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9 オーディション

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 水曜日のダンスレッスン。

 一度全員で踊った後、3人一組で順に踊っていくことになった。これは、オーディションのようなもの。マキ先生はいつもこのやり方で、全員の立ち位置を決める。

 リンネは一組目に名前を呼ばれた。

 他の小学校の4年生と5年生の子と一緒に踊る。

「トップバッターなんて、緊張するよー」
 リンネが胸を押さえると、
「大丈夫だよ。楽しんで」
とナナが背中を優しく叩いてくれた。

「うん。そうだよね。楽しまなくちゃ」

 リンネは立ち上がった。

 フロアの真ん中に立ち、最初のポーズを取った。

 足を少し開き、斜め下に視線を落とす。

(特別上手じゃなくてもいい。ダンスが好き! ダンスは楽しい! ってことを伝えるんだ)

 肩の力が抜けると、体が自由に動いた。

 音楽が全身をかけめぐる。

 自分の中にあるすべてのエネルギーを爆発させる。ステップもジャンプもターンも、自分らしく軽やかに。大音量の音楽にリンネは身をゆだねた。

「リンネちゃん、すごく良くなったわ。笑顔が自然に出てた」

 踊り終わると、マキ先生が肩を叩いてくれた。

 いつも表情が固いと注意されていたのに、今日はほめられた。

(おまじないのせいかな)

 リンネは髪にピンでとめた、青い一輪の花を触った。

 ハルトからもらったデルフィニウム。幸福をふりまくおまじない。要は気持ちの問題。気持ちを高めるために、リンネが勝手に作ったおまじないだった。

 あれから一週間、毎日こまめに水をかえて大切にした。それでもほとんどが枯れてしまったが、少しだけ生き残った花を髪にさしてきたのだ。

 最後にナナとマリナが呼ばれた。

 最後の一組は人数が足りなく、二人で踊ることになった。

 リンネはスタジオの後ろの方に座り、二人を見守った。

 二人がすっと最初のポーズを決める。

(立っているだけでかっこいい!)

 リンネは興奮して、胸の前で手を組んだ。

 ナナとマリナが踊り始める。

 ナナのダンスにはいっさいの無駄がない。

 スッと切れ味のあるターン。リズムと一体になったステップ。重力なんてまるで関係ないかのような軽やかなジャンプ。すべての動きが正確だった。

 それに対して、マリナのダンスは躍動感が半端なかった。基本の動きからははみ出しているかもしれないが、情熱の塊のようなダンスに目がひきつけられる。

 勢いが過ぎたのか、ロジャーラビットというステップでマリナがバランスを崩した。

 ロジャーラビットは、片方の足を後ろから回し、前にある足を前方に跳ね上げるステップ。マリナが得意とするステップだ。失敗するなんて珍しい。

 だが、マリナは崩した態勢を利用して、アレンジを加えて踊った。失敗がみごとにカバーされている。

「かっこいい」

 見ている生徒のあちこちから、感嘆のため息がもれた。

 全員が踊り終わると、マキ先生が次々と名前を呼んだ。マキ先生の指定した位置に、呼ばれた生徒が立っていく。

「マリナちゃんはここ」

 前列中央の位置を、マキ先生が指さした。

 マリナはにこっと笑い、そこに立つ。

「リンネちゃんはこの隣に」

 センターのマリナの左隣を指定されて、リンネは驚いた。

 去年の発表会では2列目だったのに、重要なポジションを指定されて、胸がドキドキする。

「ナナちゃんはここに来て」

 ナナが不満そうな顔で、マリナの右隣に立った。

 すべての生徒の立ち位置が決まった。

 レッスンが終わると、ナナはマキ先生の元へ行った。

「どうしてマリナちゃんが、センターなんですか?」

 挑発的な態度は、いつものナナらしくない。

 マキ先生は少し驚いた顔をしたが、すぐににこやかな顔に戻った。

「ナナちゃんのダンスはすごく正確で、無駄な動きがいっさいなかったわ」

「じゃぁ、どうして」

「それも素晴らしいけど、今回の曲には、マリナちゃんの躍動感のあるダンスが合っているの。少しステップが違っていたっていいの。なにかを伝えたいという情熱が、マリナちゃんのダンスにはあると思ったから、彼女をセンターにしたのよ」

 マキ先生が、ポンポンとナナの頭を叩く。

「ナナちゃんは、ダンスでなにを伝えたいの? 表現する力を身につければ、将来、きっといいダンサーになるわ」

 近くで見ていたリンネに、マキ先生が向き直った。

「今日のリンネちゃんからは、ダンスの楽しさがすごく伝わってきたわ。頑張ってね」

 リンネの肩を叩くと、マキ先生は荷物をまとめてスタジオを出て行った。
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