リンネは魔法を使わない

ことは

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4 魔法が使えますように

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「そんなの、偶然に決まってるだろう」

 お父さんが、みそ汁に箸をつけながら笑う。

「だって、ナナがジュエルに願ったら、本当にムーンストーンが取れたんだよ。それも1回で」

 リンネは、熱々のコーンクリームコロッケを頬張った。外はサクサク、中はクリーミーで美味しい。

「あのゲーム機に入っている宝石って、8割くらいはムーンストーンなんじゃない?」

 お母さんがからかうように言う。

「ほんなとと、ないほん」

 コロッケを口いっぱいに頬張りすぎて、うまくしゃべれない。リンネはゴクンとコロッケを飲み込んだ。

「そんなこと、ないもん。今日の夕飯がコロッケになったのも、ジュエルが願いを叶えてくれたからなんだよ」

「そんなこと願ったのか? 夕飯にコロッケが食べたいって?」

 お父さんが、あきれた顔をする。

「わたしがジュエルに願ったのは、そういうことじゃないの。そんな単純なこと願ったんじゃないよ」

「じゃぁ、リンネはジュエルになにを願ったの? 将来の夢とか?」

 お母さんの質問に、リンネは首を横に振った。

「将来の夢はまだ決まってないし」

「リンネには、なりたいものがないのか?」

 お父さんがビールを飲みながら言う。

「ないんじゃなくて、いっぱいあって迷っちゃうの。ケーキ屋さんとかお花屋さんみたいなお店をやるのも楽しそうだし、アナウンサーとか声優さんなんかも華やかで面白そうだし、ナナみたいにダンサーになるのもかっこいいかもって」

「リンネは欲張りね。こうなったら、全部叶いますようにって、ジュエルに願えばいいんじゃない?」

「ダメダメ。これは全部、ジュエルがなくたって、頑張れば叶う夢だもん」

「それは、いい心がけだな」

 お父さんが感心したようにうなずく。

「わたしがジュエルに願ったのはね、魔法が使えますようにってことだよ」

 お父さんとお母さんが、同時に吹きだした。

「リンネもまだまだ子どもだなぁ」

「それは無理でしょ?」

 お母さんが、むせながら言う。

「ううん。本当に魔法が使えたの。だってわたし、魔法でお母さんの気持ちを変えたんだよ。今日の夕食にコーンクリームコロッケを作りたくなるようにって」

「そんなわけないじゃない。今日のメニューはコーンクリームコロッケって、昨日から決まってたし」

 お母さんがすました顔で、コロッケを口に運ぶ。

「本当だよ。わたしがお母さんに魔法をかけたんだよ。1回だけなら偶然かもしれないけど、2回も願いが叶ったんだから、ジュエルの力に間違いないよ」

 リンネはムキになって言った。

「百歩譲って、お母さんがリンネに魔法をかけられたとしても、なんだかそれって気味が悪いわ」

 お母さんがブルっと体を震わせ、腕をさすった。

「そうだな、魔法で人の気持ちを変えるなんて、あんまりいい気がしないな」

 お父さんも顔をしかめる。

「リンネはジュエルに願わなくても、自分の力で夢を叶えられるんだろう? だったら、人の気持ちを変えるのだって、魔法なんて必要ないんじゃないか?」

「どうして?」

「人間には言葉があるだろう? 魔法なんか使わずに、ただお母さんに言えばいいじゃないか。今日の夕飯はコロッケにしてって」

「だめって言われたら?」

「どうしてコロッケが食べたいのか、ちゃんと言葉で説明してお母さんを説得すればいい。お父さんなんかいつも営業の仕事で……」

「あーあーあー、もういいからっ」

 リンネは耳をふさいだ。別にお父さんの仕事の話なんか聞きたくない。

「わたしはただ、本当に魔法が使えるようになったか試してみただけなんだから」

「お父さん、話長くなるからね~」

 お母さんが、クスクス笑っている。

「じゃぁ、リンネ。今から宙を飛んでみせろ。そうしたら、リンネが魔法を使えるって信じてやるぞ」

 お父さんがムッとした顔で言う。

「わかってないなぁ。魔法が使えるからって、なんでもできるってわけじゃないんだよ」

「はい、はい。お父さんはわかっていませんよ」

 お父さんがスライスしたトマトを箸でつまむ。

「空を飛んだりとか、お父さんの持っているその箸をミミズに変えたりとか、そういうことはできないの」

「やめてくれよ、食事中にミミズだなんて」

 お父さんが顔をしかめながら、トマトを口に入れる。

「うへっ。この箸、舌の上をにょろにょろ動き回った。本当になんだかミミズの味がしたぞ。リンネ、こんな魔法はやめてくれ」

 お父さんが、手に持った箸をにらみつける。

「は? お父さん、ミミズ食べたことあるわけ?」

 リンネは大きくため息をついた。

「どんな魔法が使えるようになったのか、もう、色々試したんだから。で、今のところ成功したのが、人の気持ちを操る魔法だけってこと」

「それはあまりいい魔法じゃないな」

 お父さんが鼻を鳴らしながら言う。

「やっぱり気味が悪いわ。そんな力がジュエルにあるとしたら」

 お母さんまで、嫌そうな顔をする。

「もういいよ。使わなければいいんでしょ、魔法なんて」

「使わないっていうか、使えないでしょ?」

 お母さんがリンネのおでこを指ではじく。

「もう、お父さんもお母さんも夢がないんだから。ごちそうさまっ」

 リンネは麦茶を一気に飲むと、勢いよく立ち上がった。

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