リンネは魔法を使わない

ことは

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2 危険な本物

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 ゲームセンターは、ショッピングモールの5階にある。

「あまり時間がないから、急いでね」

 リンネのお母さんがエスカレーターを目指し、先を歩いていく。ナナとリンネはそれに続いて、早足で歩いた。

 リンネは歩きながら、通路の右前方にある子ども服のお店に目を止めた。ダンスをやっている子に人気のあるお店で、ナナもよく、ここの服を着ている。

 店先で洋服を見ている女の子がいる。後ろ姿しか見えないが、すごくおしゃれな感じの子だ。

 女の子が、体の向きを変えた。横顔が見えて、リンネはドキッとした。

「あれ、ステップの中川麻里奈ちゃんじゃない?」

 リンネはナナの肩を叩いた。

 ステップというのは、リンネとナナが通うダンススクールの名前だ。マリナは同じ5年生だが、通っている小学校が違う。

「やっぱり遠くからでも目立つね、マリナちゃん。オーラが違う」

 黄色い華やかなワンピースを着ているマリナは、小柄であるにもかかわらず、人を惹きつけるパワーにあふれている。

「そうかな」

 ナナの表情が固い。将来ダンサーになりたいというナナは、マリナのことを勝手にライバル視しているのだ。

 マリナはこっちに気がつく様子はない。お母さんらしき人と一緒に、洋服を選んでいるようだ。もし気がついたとしても、この場で話をすることはないだろう。

 リンネは、本当はマリナと友達になりたかったが、ナナに遠慮してほとんど話したことがない。たまに挨拶をする程度だ。

 二人はマリナの横を黙って通り過ぎた。

 通り過ぎてから一度、リンネはマリナの方を振り返った。

 マリナはロゴの入ったTシャツを胸に当てて、お母さんと何か話している。視線に気がついたのか、マリナがこっちを見た。リンネと目が合う。

 あわてて視線をそらそうとした瞬間、マリナがにこっと笑いかけてきた。リンネも思わず微笑み返す。胸の中がぽっと温かくなった。

 前に向き直ると、二人のやりとりに、ナナが気づいている様子はない。悪いことをしているわけではないのに、なんだかナナに悪いな、と思ってしまう。

 リンネはもう一度振り返った。店先にはもう、マリナの姿はなかった。

「リンネ、遅いわよ」

 お母さんとナナが、エスカレーターの前でこっちを見ていた。

 いつのまに二人に遅れていたのだろう。リンネは小走りで二人に追いついた。

   ◇

「買い物したらすぐに戻るから、先に二人で遊んでいてね」

 そう言い残して、お母さんはゲームセンターを出て行った。

「もう、保護者同伴じゃなくちゃいけないのに。すぐ戻るって言いながら、結構時間かかると思うよ」

 リンネはナナの耳元で大きな声を出した。

 さまざまなゲームの効果音が入り混じり、店内は耳をふさぎたくなるほどうるさい。だから、自然と声が大きくなってしまう。

「うちのお母さんも一緒だよ」

 ナナが大声で返しながら、ゲームセンターの奥へ向かう。

「あっ、これ、これ」

 クレーンゲーム機の本体に張り付けられた紙には『本物の宝石のきらめき。願いを叶えるジュエルに、あなたは何を願う?』と、ポップな字体で書かれている。

 透明ガラスの向こうには、黒くて丸いカプセルが山積みになっていた。

「あのカプセルの中に入っているの?」

「うん。どんなジュエルが入っているかは取ってからのお楽しみだって。先にやってもいい?」

「いいよ。わたし、300円しかないから。ナナがやるのを見て、どうやったら取れるか研究してからにする」

 ナナがさっそく100円玉を投入口に入れる。

 唐突に、軽快な音楽が流れ出した。ナナがボタンを押すと、ゲーム機の天井から吊るされたクレーンが動き出す。

「この辺かな~」

 クレーンのアームが開き、カプセルをすくう動きにうつる。アームの先についた銀色の3本のかぎ爪が、一つのカプセルをとらえる。

 リンネには、すごく簡単なように見えた。

「ナナ、すごいじゃん!」
 リンネが言い終わるか言い終わらないうちに、
「あ~ぁ!」
とナナががっかりした声を上げる。

 アームが獲得口に戻る前に、カプセルは転がり落ちてしまった。カプセルは数回バウンドし、奥の方に行ってしまう。

「なに、今の? そんなのあり?」

「だよねー?」

 ナナが続けて100円玉を入れる。

「あっ、来たかも」

 ナナが胸の前で両手を握りしめる。

「あとちょっと。お願い」

 出口まであと少しというところで、カプセルが向こう側に転がってしまった。

 だが、出口の近くのカプセルの山は、今にも崩れ落ちそうになっている。これなら、次は簡単に取れそうだ。

「あー! おしかったね!」

「あと少しで落ちるんだけど、両替しないと100円玉がない。誰かに取られちゃうと嫌だから、リンネ、見張っていてくれない?」

 ナナが両手を顔の前で合わせて、立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 リンネはナナの腕をつかんだ。

「これ、やりたいって人が来ちゃったらどうするの?」

「今、友達がやってるから後にしてくださいって言えばいいんだよ」

 ナナは平気な顔をして言う。

「えー。そんなこと言うのはずかしいから、わたしがナナの代わりに両替してくるよ」

 リンネは手のひらを上に向けて、ナナの前に出した。

「じゃぁ、お願いね。なるべく早く戻ってきて」

 ナナが、千円札をリンネの手に置いた。

   ◇

 リンネが両替機から、500円玉を1枚と100円玉5枚を取り出した時だ。

「あれ、やめたほうがいいよ」

 聞いたことのある声がして、リンネは振り返った。

 そこにいたのは、さっき下の階で会ったマリナだった。

「えっ!?」

 マリナに声をかけられたことに驚いて、リンネはすっとんきょうな声をあげた。

「えっと、なにか、言った?」

 本当は聞こえてはいたが、マリナの言っていることの意味がわからなかった。

「願いを叶えるジュエル、取ろうとしているんでしょ?」

 マリナが上目遣いでリンネを見る。

 こうやって並んでみると、マリナはリンネよりもずっと背が低い。ふんわりとしたショートヘアは、少し茶色っぽい。黒目がちな目は丸っこくて、小動物みたいでかわいらしい。

「そうだけど」

 リンネは両替した硬貨をギュッとにぎりしめた。

 ナナが待っているから、早く戻らなければならない。

 だが、もっとマリナと話してみたかった。マリナとちゃんと話すのはこれが初めてだ。

 それに、マリナの話はまだ終わっていない。ここでナナのところに戻れば、話しかけてきたマリナを無視したみたいになってしまう。そんなの感じが悪い。

「さっき、リンネちゃんたちがエスカレーターを上っていくのを見て、もしかしたらって思って見に来たんだ。あれ、取らないほうがいいよ」

「なんで?」

「本物なの、あのジュエル。本当に願いが叶うから」

 マリナが真剣な顔で言う。

 だったら余計に欲しい。リンネには、マリナの言っていることの意味がさっぱりわからない。

「あっ」

 思わず大きな声が出て、リンネは口をふさいだ。

「マリナちゃんって、桜田小学校だっけ? 桜田小でこのジュエルのこと、すごい噂になってるんでしょ?」

 マリナが小さくうなずく。

「ナナちゃんにも言っておいて。ジュエルを取らないようにって」

 眉間にしわを寄せ、マリナが強い口調で言う。

「どうして……」 

 どうして取っちゃいけないの、と聞こうとしてリンネはハッとする。

(もしかして、ライバル視しているのはナナだけじゃないの? マリナちゃんもナナのこと……)

「ひょっとして、ナナに願いを叶えられたら、マリナちゃんが困るってこと?」

 リンネは自然と口調がきつくなってしまった。

 マリナの顔が、泣きそうにゆがむ。

 マリナが口を開きかけた時、
「マリナ!」
と女の人が駆け寄ってきた。

 きちんとお化粧をしていて、華やかな人。雰囲気がマリナにそっくりだ。

「あっ、お母さん」

「マリナ、探したのよ。早く帰らないと塾に遅刻しちゃうじゃない。もうすぐ5時よ」

「もうそんな時間?」

 マリナが慌てた様子で腕時計を見ている。

 だが、マリナはもっと話したそうにリンネの顔を見た。

「ほら、早く」

 マリナのお母さんに腕をつかまれ、マリナが歩き出した。

 リンネもナナのところに戻ろうと一歩踏み出した時、マリナが振り返った。マリナは怖いくらいに真剣な顔をしている。

「あのジュエルは危険なの。本当だよ」

 マリナの鋭い視線に、リンネの心臓がドクンと大きな音を立てた。
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