演じる家族

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「鏡、見つかった?」

 翌朝、教室に入ってきた美波に、未来は真っ先に聞いた。

「あっ。未来、おはよう」

 美波の底抜けの明るい笑顔に、未来はイラっとした。

「鏡は見つかったの?」

 つい口調が強くなる。

「まだ見つからないんだ。本当に、どこにいっちゃったんだろ」

 美波が机に鞄を置く。

「ちゃんと探したの?」

「なんか棘があるなぁ。未来の言い方」

 美波はさらっと言ったつもりのようだが、気持ちに余裕のない未来には、グサっと深く突き刺さってきた。

「美波ちゃん、未来ちゃん、おはよう」

 恵理が遅れてやってきた。

「二人ともどうしたの? なんか黙っちゃって」

「美波が鏡失くしたんだって。ほら、もしハルちゃんの部屋に忘れたとしたら、大変だから」

 未来は、我ながら嫌味っぽい言い方だとは思ったが、言葉が先走ってしまう。

「ハルちゃんの部屋にはなかったって、昨日メールくれたじゃん」

 美波の口調も、次第にとがってくる。

「なかったけど、見落としているってこともあるかもだし」

「未来ちゃんの家でなくしたの?」

 恵理が控えめに口を挟むと、美波が恵理を一瞥した。

「だいたい、恵理ちゃんがわたしの鞄の中身ぶちまけるから。だからわたし、未来に容疑者扱いされているのよ」

「そんなこと言ってないじゃんっ」

 未来の声が大きくなる。恵理が慌てた様子で、未来と美波を交互に見た。

「ごめん、わたしのせいで。慣れない演技なんかするから……」

「恵理ちゃんのせいじゃないよ」

 未来は美波をにらみつけたまま、早口で言った。

「ハルちゃん、今度鏡を見たら、死んじゃうかもしれないんだよ」

 美波が目を見張った。口を開きかけたが、ためらうようにその口を閉じた。

「どうして? 鏡を見ただけで?」

 小さな声で訊ねる恵理に、未来はうなずいた。

「鏡にうつるハルちゃんは、ハルちゃんにとってちっとも現実じゃないんだよ。前にね、鏡を見て暴れて頭に血が上っちゃって、倒れたことがあるの。その時お医者さんに言われたの」

「なんて?」

 恵理が聞いた。

「次は命の保障はないって」

 三人とも口をつぐんだまま、時が流れる。

「けどわたし、そんなこと聞いてなかったし。鏡を見せちゃいけないとは言われていたけど……。そんなに大事なことなら、最初からちゃんと説明してくれればよかったのに」

 美波が床を見つめながら、弱々しい声で言った。未来は、いつも明るい美波が、こんなに小さく見えたのは初めてだった。

 そんなつもりはなかったのに、どうして親友を傷つけてしまったのか。自分は何に対してこんなにも苛立っているのか。

 未来は、自分自身のことが嫌でたまらなくなった。

「ごめんね。美波も恵理ちゃんも、ハルちゃんのために遊びに来てくれたのに、こんな言い方しちゃって」

 未来は美波よりももっともっと小さくなって、できることなら消えてしまいたいくらいだった。

 誰も口を開かないまま、始業のチャイムが鳴った。
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