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『ゆくえふめいしゃの……おしらせです』
土曜日の午後。未来が部屋でマンガを読んでいると、間延びした市の同報無線の音声が聞こえてきた。
未来はなんとなくマンガを読むのをやめて、耳をそばだてた。
『正午頃……女性……79歳……身長150センチ……茶色いブラウス……黒の長ズボン……』
窓ガラスが同報無線の声を遮っていたが、切れ切れにそんな単語が聞き取れた。
『……くりかえします』
未来は、神経をマンガのストーリーに集中させた。
だが、部屋をノックする音で、すぐにそれは途切れた。
「未来。お母さん、ちょっと夕飯の買い物行ってくるから、帰ってくるまでリビングにいてくれない?」
「いいけど、なんで?」
「今日、ハルちゃん体調あまり良さそうじゃなかったから、呼ばれたら聞こえる場所にいてほしいの」
今日子は、すでに買い物用のエコバッグを手に提げていた。
「お父さんは?」
「午後から休日出勤で、さっき出かけたわ」
「わかった」
未来は、暖房のスイッチを切った。読みかけのマンガを手に、今日子と1階へ降りていく。
「急いで買い物して、すぐに帰ってくるから」
「そんなに慌てなくていいよ。気をつけて行ってきて」
「わかったわ」
階段を降りてすぐ左手に春子の部屋がある。
未来は、春子の部屋の反対側にあるリビングの扉を開ける。
今日子は、扉を通り過ぎて正面の玄関に向かう。
未来は、リビングのソファに仰向けに寝転ぶと、読みかけのマンガを開いた。
少し読み始めたところで、
(あれ、お母さん、まだ出かけていないのかな?)
そんな考えが頭をよぎった。
いや、そんなはずはない。時計を見ると、あれから10分が過ぎている。
だが、何か違和感があった。それが何かは、わからなかった。
なぜ今日子が出かけていないと思ったのかも、よくわからなかった。
その時、玄関から、
「ただいま」
という声があった。
しかし、それは今日子のものではない。女性ではあるが、明らかに、今日子よりもずっと年配の人の声だった。
未来の心臓が早鐘を打った。意を決して、リビングを飛び出す。
玄関で、見知らぬおばあさんが靴を脱いでいた。家に上がろうとしている。
「どちら様ですか?」
未来は、早口で言った。思ったより、大きな声が出た。
その時、違和感の正体がわかった。
リビングにいれば、玄関の鍵を閉める音が聞こえるはずなのに、聞こえなかったのだ。今日子は、鍵を閉め忘れて出かけてしまったらしい。
それで未来は、今日子がまだ家にいるのかと思ってしまったのだ。
「あなたこそ、どちら様? わたくしの家に勝手に入りこむなんて」
ものすごく上品なしゃべり方だった。
おばあさんは目を丸くして、未来を見ている。
痩せていて、目は窪んでいた。未来より少し背が低い。ショートカットの髪は真っ白だ。
未来は、再び違和感に襲われる。
今度はすぐにその正体に気づいた。
外出にはコートなしではいられないこの時期に、おばあさんは半袖だったのだ。茶色い半袖ブラウス。黒いズボン。
――ゆくえふめいしゃの……おしらせです。
未来の脳内に、間延びした声が甦った。
おばあさんは、未来から目をそらした。土間に残っていた片足を床にのせると、スタスタと歩いてくる。
何の迷いもなく、春子の部屋のドアノブに手をかける。
「困ります。勝手に入らないでください」
未来が止めようとしたが、ドアはもう開かれていた。
土曜日の午後。未来が部屋でマンガを読んでいると、間延びした市の同報無線の音声が聞こえてきた。
未来はなんとなくマンガを読むのをやめて、耳をそばだてた。
『正午頃……女性……79歳……身長150センチ……茶色いブラウス……黒の長ズボン……』
窓ガラスが同報無線の声を遮っていたが、切れ切れにそんな単語が聞き取れた。
『……くりかえします』
未来は、神経をマンガのストーリーに集中させた。
だが、部屋をノックする音で、すぐにそれは途切れた。
「未来。お母さん、ちょっと夕飯の買い物行ってくるから、帰ってくるまでリビングにいてくれない?」
「いいけど、なんで?」
「今日、ハルちゃん体調あまり良さそうじゃなかったから、呼ばれたら聞こえる場所にいてほしいの」
今日子は、すでに買い物用のエコバッグを手に提げていた。
「お父さんは?」
「午後から休日出勤で、さっき出かけたわ」
「わかった」
未来は、暖房のスイッチを切った。読みかけのマンガを手に、今日子と1階へ降りていく。
「急いで買い物して、すぐに帰ってくるから」
「そんなに慌てなくていいよ。気をつけて行ってきて」
「わかったわ」
階段を降りてすぐ左手に春子の部屋がある。
未来は、春子の部屋の反対側にあるリビングの扉を開ける。
今日子は、扉を通り過ぎて正面の玄関に向かう。
未来は、リビングのソファに仰向けに寝転ぶと、読みかけのマンガを開いた。
少し読み始めたところで、
(あれ、お母さん、まだ出かけていないのかな?)
そんな考えが頭をよぎった。
いや、そんなはずはない。時計を見ると、あれから10分が過ぎている。
だが、何か違和感があった。それが何かは、わからなかった。
なぜ今日子が出かけていないと思ったのかも、よくわからなかった。
その時、玄関から、
「ただいま」
という声があった。
しかし、それは今日子のものではない。女性ではあるが、明らかに、今日子よりもずっと年配の人の声だった。
未来の心臓が早鐘を打った。意を決して、リビングを飛び出す。
玄関で、見知らぬおばあさんが靴を脱いでいた。家に上がろうとしている。
「どちら様ですか?」
未来は、早口で言った。思ったより、大きな声が出た。
その時、違和感の正体がわかった。
リビングにいれば、玄関の鍵を閉める音が聞こえるはずなのに、聞こえなかったのだ。今日子は、鍵を閉め忘れて出かけてしまったらしい。
それで未来は、今日子がまだ家にいるのかと思ってしまったのだ。
「あなたこそ、どちら様? わたくしの家に勝手に入りこむなんて」
ものすごく上品なしゃべり方だった。
おばあさんは目を丸くして、未来を見ている。
痩せていて、目は窪んでいた。未来より少し背が低い。ショートカットの髪は真っ白だ。
未来は、再び違和感に襲われる。
今度はすぐにその正体に気づいた。
外出にはコートなしではいられないこの時期に、おばあさんは半袖だったのだ。茶色い半袖ブラウス。黒いズボン。
――ゆくえふめいしゃの……おしらせです。
未来の脳内に、間延びした声が甦った。
おばあさんは、未来から目をそらした。土間に残っていた片足を床にのせると、スタスタと歩いてくる。
何の迷いもなく、春子の部屋のドアノブに手をかける。
「困ります。勝手に入らないでください」
未来が止めようとしたが、ドアはもう開かれていた。
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