演じる家族

ことは

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2友だち

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 美波と恵理を見送った後、未来は春子の部屋をノックしたが、返事はなかった。

(寝ちゃったかな)

 音を立てないように、そっとドアを開ける。

 部屋の中は真っ暗だった。

 橙色の廊下の明かりが、部屋に入り込んでいく。未来の作った陰が、黒く床に落ちる。

 未来は、わっ、と驚いて声をあげた。寝ていると思い込んでいた春子が、ベッドの上に、先程と同じ姿勢で座っていたからだ。

「ハルちゃん、部屋真っ暗だよ。今、電気つけるから」

 部屋に入ろうとした未来に、春子は、
「入ってこないで、そこにいて。電気もつけなくていいから」
と、何かを恐れるような、切羽詰った声で言った。

「さっきはごめんね」

 未来はドアのところに立ったまま言った。

 春子は薄明かりの中で、ノートを見ていた。

「今日、何日だっけ?」

「12月8日だけど」

「約束してから、もう3日も経ってる。未来ちゃん、いつになったら、友だち連れてきてくれるの?」

 春子はやはり、忘れてしまったようだ。

「すぐに連れてくるから。友だちにハルちゃんのこと話したら、会いたいって言っていたよ」

「本当?」

 未来は、うん、と力強くうなずいた。

「でも、友だちが来たら、彼女がもっとわたしたちのこと怨むかもしれない」

「彼女?」

「今、未来ちゃんの後ろ、廊下に立ってる」

 暗がりの中で、春子が指を差した。

 未来は、振り返らなかった。見えないとはいえ、暗闇の中から、廊下の明かりを振り返るのは気味が悪かった。

「やっぱり、電気、つけるね」

「だめ! やめて! 未来ちゃんが部屋に入ってきたら、彼女も入ってきちゃう。お願い、入り口を未来ちゃんが塞いでおいて」

 未来は、春子の必死の訴えに動くことが出来なかった。

「何で、彼女がわたしたちを怨むの? 彼女、悪い幽霊じゃないんでしょ?」

「わからない」

 春子の声はひどく震えていた。

「前は、そうだったと思う。だけど、この頃違うの。わたしや未来ちゃんが生きていること、怨んでる。わたしなんか、生きていたってどこにも行けやしないのに」

 春子の視線が未来を通り越して、その後ろを見ている。

「ねぇ、あなた。あなたが死んでしまったのに、わたしが生きているのが許せないの?」

「まだ、いるの?」

「いる。涙を流している。赤い涙。未来ちゃんも見てみて」

 未来は体が硬直したように、どうしても後ろが振り返れなかった。

 信じていないはずなのに、心拍数があがる。

「こっちに近づいて来る」

「部屋に入ったの?」

「ううん。まだ廊下にいる。未来ちゃんの方に向かって歩いてくる。部屋に入れなくて怒っているみたい。目が血走っているわ」

 春子がはっと息を飲んだ。

「彼女の手が……」

「手が、どうしたの?」

 春子の表情が険しくなる。

「何を、する、つもりなの?」

 春子がゆっくりと見えない相手に話しかける。

「彼女の手が、どうしたっていうの?」

 未来は、返事をしない春子に再び聞いた。

「今……」

 春子が言いかけてやめると、部屋が静まり返った。

 未来は、闇が濃くなったような気がした。

「今、彼女の手が、未来ちゃんの……」

 春子の声がしだいに低くなっていく。

「右肩に……」

「乗った」

 右肩が氷をあてられたように、すっと冷たくなる。

「部屋に入れてって、言ってる」

 右肩が、ずしりと重くなっていく。

 未来はつばを飲んだ。ごくん、という音が耳の中で大きく響く。

「ハルちゃん、わたし、振り返るよ」

 断る必要なんてないのに、未来は声に出さずにはいられなかった。

「何で、涙が赤いんだろ」

 春子が低くつぶやく。

 未来は、ゆっくりと右後ろを振り返った。

「きゃぁ!」

 全身が恐怖で痺れた。

 だが、相手も同時に悲鳴をあげた。

 そこに立っていたのは今日子だった。

「なに、お母さん、びっくりさせないでよ」

「それはこっちのセリフよ。ハルちゃんに夕飯持ってきたら、いきなり未来が叫ぶんだもの」

「未来ちゃん。電気、つけて」

 春子が、何事もなかったような声で言った。
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