演じる家族

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「ねぇ未来、今日部活行く? ここのところずっとさぼりっぱなしだし、たまには顔出した方がいいかなぁ」

 帰りがけ、美波が声をかけてきた。

 美波と未来は、同じ演劇部だ。

「行っても、どうせ二、三人しか来ていないんじゃない? 秋の公演が終わってから、顧問も全然来ないし」

 未来は、早く帰りたかった。

 恵理の席を見ると、帰りのしたくは終わっているようだった。チラチラとこっちを見ながら、本を読んでいる。

 だが、美波はまだ話し足りなさそうだ。未来の前の席に座ってしまう。

「確かに。公演終わると、やる気出ないよねー。来年まで発声練習しかすることないし。発表する場が、秋の学内公演だけってつまんないなぁ」

 美波は手鏡をポケットから出して、前髪をいじりながら話している。

「しかたないんじゃない。演劇部があるのって、この辺じゃうちの学校だけだし」

「高校に行けば、他校との合同公演とかもあるんだって。かなり大きな舞台に立てるらしいよ」

「ふーん。でもわたし、美波みたいに女優志望じゃないし、高校行ったら、演劇部には入らないかな」

 未来は、中学入学当初は、本当はダンス部に入るつもりだった。

 小学生の頃、ヒップホップやブレイクダンスなどのストリート系と呼ばれるダンスに憧れていた。

 眠れない時にたまたま目にした深夜のダンス番組に、目が釘付けになった。

 ルーズな服装で、激しく、しかしクールに踊るダンサーを見て、これ、やってみたい、とそれから毎週欠かさず番組を録画し、見よう見まねで踊っていた。

 中学に入ってダンス部があると聞き、未来はもうこれしかない、と思った。

 しかし、ダンス部の見学に行ったら、それは創作ダンス部だった。

 ダンスはダンスでも、全くジャンルが違う。未来の抱いていたイメージとは程遠かった。

 体操着姿の部員たちが、くねくねと奇妙に動いていた。悲しみやら喜びやら何だか抽象的なものを表現しているらしかった。

 未来には、その芸術性が理解できなかった。

 どうしてもストリートダンスをやりたいなら、ダンススクールに通うという手もあった。

 だがそれには、電車で30分かけて少し大きな町まで出なければならなかった。結局未来には、そこまでの情熱はなかった。

「今さらだけど、じゃあ何で演劇部に入ったの?」

 美波の話は、まだまだ続きそうだ。

「美波が入ったからだよ。特に他に入りたい部活もなかったし」

「わたしが入ったから? 自主性ないなぁ」

「だって、絶対美波と友だちになりたかったんだもん。美波、ずば抜けて可愛くて、クラスでもすごい目立ってたし」

 未来は、第1小学校、美波は第2小学校出身で、中学に入ってから知り合った。

「えー。わたしだって、未来と同じクラスになって、こんなに可愛い子初めて見たって思ったよ」

「またまた、ほめ殺し」

 未来は、美波の肩をバシっと叩いた。

「わたしは、そんなに可愛くないよ。ほらほら、あそこの男の子、美波待ちじゃない?」

 未来が指差すと、美波がそっちを振り返った。

 廊下から、そわそわと教室を覗いている男子生徒が1名。

「川瀬さん、ちょっといいかな……」

「ほら来た。告白されるの、2年生になって何人目?」

「7人目くらいかな……って、告白って決まったわけじゃないじゃん」

 美波はそう言いながらも、もう一度鏡で自分の顔をチェックした。鏡をポケットにしまい、顔を赤らめながら立ち上がった。

「わたし、そのまま帰るから、告白されてきなよ」

「まったく、未来ったらもう!」

 口では怒りながらも、美波はとびきり可愛い表情を作って廊下に出て行った。そのまま、男子生徒と並んで歩いていく。

 未来は、すぐに恵理の席に向かった。

 恵理は、読んでいた本はもう、鞄の中にしまったらしい。学校指定の紺色の鞄を肩にかけて立ちあがった。

「遅くなってごめんね。行こう」

 未来が言うと、恵理がうなずいた。
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