ワケあり令嬢と騎士

リオ

文字の大きさ
上 下
10 / 28

*

しおりを挟む
 雨が降っている。正確には少し前に降ってきた。
 アンバスにも別れを告げようと中庭に来たが雨が降っていてはあの元気なアンバスも外出はしないかと頭が冷えてわかった。

「ここを出て行くって本当?」

 背後から聞こえた声。この声は知っている。

「どこへ行くの?」
「あなたには関係ない」
「関係あるから僕は聞いてる」

 振り向かずに答えるとユーリスは前にきた。
 そして俯きぎみなノノアントの顔を覗く。

「どうしてそんな顔をしているの」
「本当の自分がなんなのかわからない。だからこうして口調さえ定まらない」

 これまでアビンス家の娘、ルナの姉を演じ続けてきて、どれが本当の自分なのかわからなかった。
 どちらからも解放された今、ユーリスともどう話せばいいか悩んでいる。
 会話を交わすのもこれが最後だと思ったから、たまには偽りないことを話すのも良いと思った。それなのに。
 本当の自分なんてどこにもいなかったのかもしれない。

「それが君……なんだね。どんな相手でもどんな状況でもその場に合わせることのできる器用な人間。だから、器用すぎてわからなくなってるんだ」
「馬鹿じゃないの。あなた馬鹿なんだわ。私は器用なんかじゃない。こうして喋り方にさえ困っているのに」
「だったら不器用でいい。俺が補うから」
「俺……?」
「僕も実はよくわかっていない。けど、全部『自分』だから迷わずにいれる」

 偽物の自分なんていない。
 偽物の感情なんてない。

 本当を求めるとそれを忘れてしまうかもしれない。疑心暗鬼に駆られて逆に偽物を求めてしまっている。
 それは知らぬうちのことで誰かそれに気づかせてあげないといけない。
 誰にでもあることだ。本当の自分を追求して本当の自分さえ別モノとして扱ってしまう。

 本当を求めているのも本当の自分。
 ややこしそうで簡単な答え。
 簡単だからそれは違うと無意識にはねのけてしまっている。
 全て自分。
 認めるのは難しい。
 認めれば嫌な自分も全部本当の自分として認めらなければならないから。
 でもそれが酷でも自分を疑うより良い。

「似た者同士ね。第一人称が変わるとか煩わしいわ」

 ユーリスはひとつ嘘をついた。
 それをノノアントが見抜いたかはーー。

「小さい頃からの縁。だからこれからもずっと大切にしたいと思ってる。
 パンをくれた日のこと覚えてる?
 路地裏で、君は僕を救ってくれた」

 いつか話したけれどノノアントは何もわかっていなさそうだった。何も感じていなかったのだと勘違いしたけれど本当は何も覚えていなかったのではないか。
 ユーリスは確信したかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...