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 それからというもの、朝食時にはカノンもダイニングルームに集っている。

 和やかだ。いつも通り。平和にしなくても充分平和だと思う。

 そんなカノンの思いを裏切るようにおじさんーーセナ王がダイニングルームにやってきた。

「隣国の敵兵がやってくる。早く準備をしろ」

 なんて日常的ではない台詞。この世界にいる時点で非日常だが、あまりにも突飛なことにカノンの頭の機能が滞った。



 セナ王の後を追ってカノンが王室に入ると、まるで来ることが分かっていたかのように背中を向け突っ立っていたセナ王が振り返る。

「さっきのはどういうことですか? 隣国の敵兵がやってくるなんて……本当なんですか?」
「本当だ。わしの予知能力で見たことじゃからな」
「戦いを終わらせたいのに戦うんですか?」
「当たり前だろう。でなければやられる」

 空気がぴりぴりとしている。こんなことになってセナ王も緊張しているのだろう。出会った頃のおじさんの面白いイメージがだんだんと崩れていく。

 戦いを終わらせて平和を手にする。そうしようとしているはずなのに戦いをするのはおかしい。
 カノンの頭には疑問符しかなかった。



 そして、街の門に綺麗にたくさんの兵が並んだ。
 カノンもその場にいた。
 空を見上げると、青く澄んだ空に白い雲がふよふよと浮いている。草が小さく揺れているところを見ると、風も心地よいくらいの風力なのだろう。

 こんな時に戦争なんて始めようとする者がいるのか。

 そんなことを空を見ながらに考えていると兵の者がざわざわし始め、視線を定位置に戻すとカノンの目には『隣国の敵兵』が入った。
 本当に戦争なんてやろうとしているのか。
 やっとそう理解して恐怖を感じた。

 戦争をするなんて死人がでるということだ。死人がでるということはカノンの知っている者たちにもそうなる可能性があるということ。
 本当にそんなことしようとしてるの?

 平和を求めているはずが。
 相手だってそれを求めているだろう。戦いなんて死人なんて望んでいないはずだ。
 それがどうしてこうなる。

「そちらの王の予知能力でこうなることは認知していたはずだ。正々堂々と勝負させてもらう」

 敵兵の偉い位にいるような者が拡声器で声を響き渡らせる。

 何が正々堂々と勝負だ。何のために勝負する? 領地を手に入れるため? 財産を手に入れるため? まさか平和を手に入れるため?
 それならこれは間違っている、ということがわからないのか。



 このままでは本当に戦争になる。

 傍にいるスウェンを見れば真っ直ぐと敵陣を見据えていた。
 なぜ? 一緒に戦争を無くそうと約束してくれたというのにどうして彼は何食わぬ顔してそこに立っているのだろう。

 味方が誰もいない。

 カノンはさとった。ここには誰も戦いを止めようとする者などいないのだと。本当に平和を望んでいるのは自分だけなのだと。

 こんなにも多くの人が戦いを望んでいる。学校の全生徒の何倍もの人数の意思を止めることができるのだろうか。
 いや、できない。一人では確実に。

 もう自暴自棄にでもなってしまおうか。

 ここにいる全員の熱気で空気がストーブの上みたいにゆらゆら揺らめいて見える。


 味方陣の誰かがメガホンで敵陣に言葉を返している。
 いい度胸だーーとか、馬鹿言ってる場合か。
 そう毒づきながらカノンは鎧の特有な音を立てながら、メガホンを持つ男に近づいていく。

 距離はある。
 「か……ユーシャ?」とスウェンの声がしたような気がしたが止まらずに進んだ。
 とても小さな声だったけど、間違えて本名を言いそうになっていたような。


 メガホンを持つ男がカノン、ユーシャの存在に気づき馬鹿げた発言を止める。
 耳障りなんだよというようにカノンは彼の持つメガホンを奪い取った。
 驚いているようだが説明する気はない。貴方ただ一人には。


 メガホンを持って敵陣の方へ歩く。味方陣と少し距離があいた。それは心の距離なのかもしれない。

 メガホンを握りしめ、自分の頭の鎧を片手で脱ぎ捨てる。
 こんな物があれば何も伝わりやしない。

「戦争なんてやめなさいーー!」

 口を近づけ大きな声を出す。
 キーンとした嫌な音が鳴ったが、これで頭でも冷やせばいいと思うほどカノンは熱くなっていた。

「どうして戦うの? この戦いで何か生まれるというの?」

 戦いなんて馬鹿なことさせたくない。
 最初は人数の多さに、本当に戦争をするという空気に戸惑っていた。もうそうなるべきなんだろうと半端諦めだった。
 けれどやはり違う世界だとしても、違う世界だからこそ当たり前のことを変えたいと、今までいた世界の当たり前を実現したいと思った。

「何もかもなくなるだけ。人の命も人の想いも、生まれるとしたら憎しみ」

 カノンの女である声に驚いているのかその場が妙に静かだ。何人もいるはずなのに、全員呼吸を止めてるんじゃないかと思うほど静か。

「お互いに理不尽さを感じてこんなふうになっているんだと思う。でも私だって……」

 すうっと息を吸う。

「異世界に召喚されて女だと残念がられて男装させられて、ちょっと理不尽じゃないですか?」

 今までで一番大きな声を出す。
 本気でずっと理不尽に感じていたことだ。
 周りが呆然としているような空気を感じるがカノンは真面目な顔をしたまま続ける。

「それでも勇者として頑張ろうと思った。反発せずに言うことを聞いた。なぜってこの世界を救いたいから、戦いを終わらせたいから。……皆は、皆はどうなの? 戦いを終わらせたくないの? まさかこうやって戦い続けたい?」
 
 戦いを終わらせなければ現実世界に返してもらえない。だから終わらせようと思った。けれどもう帰る場所なんてないことを思い出してどうでもいいと思った。

 自分の存在が認められることはこの先絶対にない。ならばこの世界……と大きなことは言わない、自分を召喚した王の駒となってやろうじゃないか。
 カノンはいつしかそう吹っ切れていた。

「馬鹿みたいに剣振ってなくすのは魔物だけでいい。私たちの敵は魔物だけ。賛同してくれるのなら今持っている剣を捨ててください。捨てて皆で宴をやるの」
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