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 カノンが起きたときに、目の前には犬が眠っていた。まるでカノンを囲うように、男たちから守るように眠られていたため、カノンは偶然かなと思ったがそれが可愛く思えた。

「まあ、そううまくいくことってないよね」

 カノンを召喚したおじさんのいる国、アトリシアに戻る途中、ウィクリフが呟いた。
 『王宮に伺ったとき、お礼してよ』とコーラス殿下に言ったウィクリフは期待していたのだ。コーラス殿下が王に、自分たちと不戦の条約をするよう頼んでくれると。しかし、あの時はコーラス殿下がいなかったため、不戦の条約をしに来たことも、ウィクリフたちがアトリシアの伯爵だということも知ってもらえていないままだ。

「また行けばいい。とりあえず戻ってセナ王に伝えて……また別の国に行くのか、もう一度頼み込むのかはそれからだ」
「セナ王の予知能力では、今回は『勇者を連れてクレイモアに行き、不戦の条約を申し入れ、駄目なら素直にアトリシアに戻る』だもんな」
「本当、面倒なことちまちまやるよな。予知できるなら平和に解決できるやつ一択を選ばゃいいのに」
「予知できるといっても、予知できるのは少し先のことまでだ。好きなように未来を見通せる力ではない。だからこそ、ちまちまに見える作業をしなければいけない」

 あのおじさんに予知能力があったということにカノンは驚いた。ユリクが当然のように予知能力なんて言うから、クラウディオとランスの会話は付加説明だ。

 近くの店でなぜか絨毯じゅうたんを買い、ウィクリフは前に座った。クラウディオたちも続いて座って。

「ユーシャ、座って。落ちるよ」

 よくわからないままもウィクリフに言われたまま座ると、微かに絨毯が浮いた気がした。じょじょに上昇し、人一人分の身長以上地と離れ空中を移動した。
 これは空飛ぶ絨毯か。空飛ぶ絨毯が店に売っているなんてファンタジーすぎる。

 落ちないかこわくなりながらも、犬を懐に入れなんとかカノンは耐えていた。

「ウィクリフの能力はほんと便利だよね」
「なんでここに来るときは歩いてこなきゃ駄目だったんだろうな」
「行きは全員歩き、帰りはどんな手段でも帰ってきていいっていうセナ王の告げは、コーラス殿下に会わせるためだと思う」

 クラウディオの見解は正しい。




 国に戻ると王に結果を伝えた。

「うむ。やはりそうか……まだーー」

 どうやら納得しているようだった。



 一任務終え、セナ王の部屋から出るとそれぞれ散ったらしい。

 話が終わって皆と同じように部屋を出ようとするとセナ王に呼び止められ、女だとバレていないかーーこのまま続けられそうかと言われ『正直、このままバレずにいられそうにないです』と答えると『なんだと!? ふざけるな。お前はーー』と、まあその先はカノンの言葉を全否定されてしまった。

 ふざけるな、はこっちのセリフなんだけどな……。と、しょげながら部屋の前から歩き出そうとすると足元に気配を感じ下を見る。そこには一緒に旅をした犬がいた。

 犬と言っては失礼か。

 彼はカノンの身を案じてか、男たちと同じ部屋で寝るとき男たちの壁になるようカノンの目の前で門番のように寝たり。魔物との戦闘時には安全な場所を確保してくれたりしていた。
 それはカノンが女だと打ち明けたからなのか、違う世界から来たと知ったからなのか。
 どちらかだとしたら、カノンは打ち明けて良かったと思った。
 彼は自分の味方になってくれている。

 歩くと彼はなぜかついてくる。
 セナ王が用意したらしい自分の部屋に向かおうとしていたカノンだが、このまま一緒に散歩したくなってしまう。

「まあ、滑稽な格好して」

 彼のことを見ていると、女性の声が聞こえ目線を上げる。なんというか一言で言うと胸の大きな女性だ。魅惑的な女性というのだろうか。カノンよりも背が高く、胸の大きさも倍ほどだ。

 素直に目の前の女性のことを美しいと思ったカノンだが、滑稽な格好ーーと言われたことに自分の姿を見下ろした。
 鎧。頭も顔も体も全身、鎧人間だ。
 確かに滑稽な格好なのだろう。

「犬の姿はどう? スウェン」

 女性はカノンの足元にいる犬のことを言ったらしい。反抗するように犬は、わんわん! と吠える。
 彼の名前はスウェンというのかとカノンは情報を得て、ん? と少し彼女の言葉に疑問を持つ。

「なによそんな興奮しちゃって。なんなら、三回回ってワンしたら元の姿に戻してあげてもいいわよ」

 犬は考えてから女性の前まで行き、いかつい顔をしながら言う通りに三回回ってワンした。「ワン……」と不機嫌かつ仕方なく言った感じだったが、女性はそれで満足したらしい。

「従順しちゃって、こっちも興奮しちゃうわ。元の姿でそうしてくれたらもっと興奮できるのに」

 頬を染めて、どこから出したのか小さな杖をしゅっと振るう。
 すると、犬だった姿の彼が男性の姿になった。

(ーーえ?)

 カノンは目を丸くする。これまで魔物とか目にして驚いたこともあったが、今回は真実を確かめるように凝視した。

「なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ」
「あらお仕置きよ、お仕置き」

 人の姿ーー男の人ーー人間。
 お仕置きという彼女の言葉に、彼の本当の姿は人間なのだと確信してしまう。嘘ーーと未だ信じられない。

 ずっとこれまで犬だと思って旅をしてきた彼と、目が合ってしまう。目が合うといってもカノンは鎧をかぶっているためその瞳は見られていない。
 だから、カノンがどんな表情をしているのかもわからないだろう。

 だからか彼は、彼女へのイラつきの表情と確かめるような視線でじっと見てくる。

「……」

 そんなに見ないで、とカノンは視線を下げる。それでもなお見つめてくる。
 そんなとき、彼女の声が響く。

「私を無視して鎧人間を見つめるなんて、また犬にするわよ」
「ふざけるな! お断りだそんなの」

 今だ。
 逃げるなら今だ。

 ーーと、カノンは彼らの横を通り過ぎ廊下をかけた。

 その動揺したような様子に女性はふと思う。

「もしかしてスウェンが人間だってこと知らなかったのかしら?」
「そもそも、俺が犬にされたってこと誰も知らないし、ましてや犬だった俺と初めましての勇者が知るわけないだろ」

 彼は何かを考えているような顔で、カノンの走り去った方を見ていた。
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