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第七話 皆様の変化
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ビット捕獲作戦から、お屋敷の空気は格段と良くなった。
ギスギスした空気は、もはや微塵もない。良いことだ。
因みに、朝の恒例であったジャスティ様床とこんにちはは無くなった。
ビット捕獲作戦の翌日、ジャスティ様はお嬢様に起こされる前に自ら起きてきたのだ。
驚きのあまり、ジーン様は包丁で指を切り、クウリィ様は床に水をぶちまけた。
私は、花壇から誤って薬草を抜いてしまい、クリフ様に慰められた。
私達の混乱を余所に、ジャスティ様は一直線にお嬢様の元にむかい、満面の笑みを浮かべた。
「おはよう」
と、お嬢様に挨拶したのだ。お嬢様にだけ! こ、これは、もしや!?
「まあ! ジャスティ様、おはようございます!」
ジャスティ様が一人で起床出来たことを、お嬢様は殊更喜んだ。ジャスティ様に、愛らしい笑顔を惜し気もなく向ける。
ジャスティ様の頬が、赤くなる。お嬢様! 危険信号ですぞ!
「あ、ああ。今朝もいい天気だ。その、菜園の野菜達もさぞかし瑞々しいことだろうな」
「そうね! 今日は私も収穫を手伝うわ!」
お嬢様は嬉しそうに笑う。ジャスティ様が一人で起床したことを、心から喜んでいるのだ。
でも、お嬢様。今、その笑顔は危険です。
「そうか! では、共に行こう」
「ええ!」
ジャスティ様とお嬢様は、並んで歩いていく。お似合いだけど! お似合い、だけど!
お嬢様の娘的存在としては、複雑です!
「ジャスのやつ、抜け駆けー」
二人を見送ったクウリィ様が、むうっと口を尖らせる。おや?
「ええ、態度が急変し過ぎです」
台所の窓から顔を出したジーン様も、何だか不満そうだ。おやおや?
「んー……、俺も負けてらんないや」
そう言うと、クウリィ様は立ち去っていく。
闘志に満ちた目をなさっていた。
「……」
ジーン様は、無言で窓を閉めた。しかし、珍しく眉を寄せていたな。
これは、まさか。
「君の、お嬢様。愛されてるね」
ですよねー、クリフ様。
それから数日経っても、朝の恒例は起きなくなった。ジャスティ様凄い。
さて。いきなりだが、自由時間である。
最近の私は、何かとクリフ様と一緒に居るが、それは仕事があったからだ。
お嬢様流のおもてなしで、私の仕事がクリフ様の仕事になっている。だから、私に何も無ければクリフ様も仕事が無いわけで。今、私とクリフ様はする事が無いので、別行動中である。
私は、村の外れにある草花が群生する丘に来ている。お弁当もある。プチピクニックだ。
……本当なら、お嬢様と来たかったけれど。今のお嬢様は、青空学級中だ。邪魔は出来ない。
他に誰かを誘うという考えがあったにはあったけど。思い浮かんだのは、最近一緒に居るクリフ様だ。でも、本当に長いこと一緒に居るから、折角の自由時間ぐらい私から開放してあげたいし。
そういう思いから、一人なのである。
うむ。サンドイッチ美味しい。
「……良い青空だなぁ」
綺麗な青に、私は嬉しくなる。
はむっと、サンドイッチを頬張る。美味しい!
「おい、お前」
「ひ……っ」
突然背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。ジャスティ様だ。ジャスティ様に、話し掛けられたのだ。そう理解した瞬間、私はサンドイッチを瞬時に片付け、口元を拭い振り向いた。
「な、にか、ご用でしょうか」
ジャスティ様は、軽く目を見張ったあと、眉を寄せる。
「そう、畏まれると、何だかな」
「す、みません」
仕方ないじゃないか。ジャスティ様と私って、会話したことあんまりないですしー。
ジャスティ様は、立ったまま話し出す。
「その、お前とはこうして話すのは、初めてだな」
「そうですね」
困った。会話が弾まない。
しかし、ジャスティ様は気にした様子がない。それが救いといえば救いだ。
「……お前に、聞きたい事がある」
「なんでしょう」
ジャスティ様は、眉間の皺を濃くしてしまう。深刻な表情に、私は喉をごくりと鳴らす。何だろう。何を聞く気なんだ。
「……かっ」
ジャスティ様が、声を引き絞るようにして漏らす。か? か、とは。
「彼女は、何が好きなんだ……っ」
「え……」
私は、目を瞬かせる。彼女。ジャスティ様の言う彼女とは、お嬢様の事を指すのだろう。それが分からない程、私は鈍くない。多分。
「……好きなものは、ないのか?」
「い、いえ! ありますよ! お嬢様は、ほら、このお花が好きです」
私は、すぐそばに咲く、可憐な花を指差す。
「……野花ではないか」
ジャスティ様は、不満そうだ。
「確かに、都で売っているような花の美しさには敵いません。でも、この花を見るお嬢様の目はとても優しいです」
「そうか」
ジャスティ様は、花を摘もうとする。お嬢様に差し上げるのだろう。
私は、ある事を思い付いた。
「あの、どうせなら花冠を作りませんか?」
「花冠……」
「はい! 普通に渡すより、もっと喜んで下さいますよ!」
私の言葉に、ジャスティ様の目が輝いた気がする。
「そ、そうか。ならば、作り方を教えてくれないか」
「はい!」
私は、ジャスティ様と花冠を作った。作成中のジャスティ様は凄く真剣で、お嬢様が本当に好かれてるのだとよく分かる。お嬢様、罪作り!
ジャスティ様は、完成した花冠を持っていそいそと走っていく。あ、ちゃんとお礼は言われましたよ。ジャスティ様、変わったなぁ。
「ねえ、きみー」
サンドイッチを食べ終わり、後片付けをしていると、今度はクウリィ様がやって来た。
「お嬢さんって、何が好きー?」
聞き覚えのある質問がきた!
「す、好きなもの、ですか」
私はちらりと、側で風にそよぐ可憐な花を見る。この花はもう使えない。
クウリィ様は、期待に満ちた目で私を見ている。私は考えた。
「お嬢様は、静かな景色が好きです」
「景色ー?」
クウリィ様は怪訝そうに私を見ている。
「はい。静かな森。静かな川。綺麗な青空を舞う鳥の姿。そんな景色です」
「ふーん、そっかー」
クウリィ様は、いまいちピンとこないようだ。
だから、私は熱弁をふるった。二人で並び見る景色の素晴らしさを。そして、語る。クウリィ様のように普段賑やかな方が、静かな空間に寄り添ったら普段との印象の違いにお嬢様も、胸をときめかせるのではないか、と。所謂ギャップ萌えである。
そして遠回しに釘を刺すのも忘れない。下心は隠すべし。
「へー、キミって凄いんだね」
クウリィ様は、感心しきりだった。えへん。
「ありがとー」
クウリィ様は手を振って、去っていく。
上手く助言出来たようで何よりである。
……ジャスティ様達は、お嬢様のこれからに大きく関わってくる。お嬢様と仲良くして頂いて損は無いのだ。
「……お嬢様のこと、お願いします」
私の呟きは、風の中に消えていった。
「お嬢さんは、何か好きな食べ物がありますか」
……ジーン様、貴方もですか。
プチピクニックを終え、お屋敷に帰れば今度はジーン様の番だった。
分かっていた。予感もあった。ただ、言いたい。
お嬢様、愛され過ぎです。こんちくしょう。
「……お嬢様は、村の特産品で作ったパイがお好きです」
「作り方を教えてもらっても?」
「お任せください」
これも、お嬢様の旅路をより良いものにする為だ。どんと、こい!
ジーン様とのお料理教室で、私の自由時間は終わった。なかなか有意義に過ごせたのではなかろうか。うむ。
夕方になり花壇の薬草を摘む為に庭に行くと、クリフ様が既にいらしていた。
「お待たせしましたか?」
「ううん」
「なら、良かったです」
私は、花壇へとしゃがもうとしたが、クリフ様の挙動がおかしい事に気付き立ち上がる。
クリフ様は、両手を後ろに隠し、ちらちらと私を見ているのだ。どうしたのだろう。
「クリフ様?」
「あの、その、僕。これ」
クリフ様はもじもじしながら、後ろから袋を取り出した。見覚えのあるそれは、いつかの折り二人で食べた焼き菓子の袋だ。
「今日、時間が、あったから、教わった」
そうか。今日の自由時間、クリフ様はおばあさんの所に行ってたんだ。
夕日に顔が赤く染まったクリフ様は、私にそれを差し出す。
「……あげる」
私は反射的にそれを受け取り、笑顔を浮かべる。
お嬢様、クリフ様が!
あの、芋を大量廃棄してしまったクリフ様が!
お嬢様に、焼き菓子を!
もう、本当に皆様、お嬢様が好きなんですね!
お嬢様の未来が明るいと分かり、私は嬉しくなる。
「ありがとうございます!」
お礼を言えば、クリフ様も嬉しそうにしてくださる。
お嬢様の為に、頑張りましたもんね!
「お嬢様も喜びます」
「え……」
瞬間、クリフ様から表情が消え去る。
え、何故?
「く、クリフ様?」
呼び掛ければ、クリフ様の体がぴくりと動く。同時に、表情も動く。
「……違う」
クリフ様の声は震えている。悲しそうな声だ。
クリフ様は、私の持つ袋に触れるとぐいぐいと押す。つ、潰れませんか焼き菓子!
「それ、君の……っ」
クリフ様の泣きそうな表情と、言葉に馬鹿な私は理解する。
この焼き菓子は、クリフ様が私へと焼いて下さったのだ。
「すっ、すみません! すみません、クリフ様!」
私は、一生懸命謝罪を口にする。
私は、馬鹿だ。思い込みで、クリフ様の真心を台無しにしてしまった。
私は、何度も謝った。土下座も辞さないつもりだ。この世界には、土下座ないけども!
何度目かの謝罪で、クリフ様は私から離れた。顔を俯かせている。本当に、ごめんなさいクリフ様。
「僕も、言葉、足らなかったから」
「クリフ様……」
クリフ様は、顔を上げる。そこにはもう悲しみの色は無かった。
クリフ様は、私の持つ焼き菓子を指差す。
「それ、頑張ったから、食べて」
「は、はい! 必ず!」
私は、必死に頷く。
すると、クリフ様は満足そうに笑って下さった。
「僕、他のひととは、違うから。覚えておいて」
「え……?」
それは、どういう?
「それ、じゃあ」
聞き返す前に、クリフ様はお屋敷のほうへと走って行ってしまう。
残された私は、とりあえずその場で焼き菓子を食べた。
焼き菓子は、甘くて、私の心に染み込んでいった。
ギスギスした空気は、もはや微塵もない。良いことだ。
因みに、朝の恒例であったジャスティ様床とこんにちはは無くなった。
ビット捕獲作戦の翌日、ジャスティ様はお嬢様に起こされる前に自ら起きてきたのだ。
驚きのあまり、ジーン様は包丁で指を切り、クウリィ様は床に水をぶちまけた。
私は、花壇から誤って薬草を抜いてしまい、クリフ様に慰められた。
私達の混乱を余所に、ジャスティ様は一直線にお嬢様の元にむかい、満面の笑みを浮かべた。
「おはよう」
と、お嬢様に挨拶したのだ。お嬢様にだけ! こ、これは、もしや!?
「まあ! ジャスティ様、おはようございます!」
ジャスティ様が一人で起床出来たことを、お嬢様は殊更喜んだ。ジャスティ様に、愛らしい笑顔を惜し気もなく向ける。
ジャスティ様の頬が、赤くなる。お嬢様! 危険信号ですぞ!
「あ、ああ。今朝もいい天気だ。その、菜園の野菜達もさぞかし瑞々しいことだろうな」
「そうね! 今日は私も収穫を手伝うわ!」
お嬢様は嬉しそうに笑う。ジャスティ様が一人で起床したことを、心から喜んでいるのだ。
でも、お嬢様。今、その笑顔は危険です。
「そうか! では、共に行こう」
「ええ!」
ジャスティ様とお嬢様は、並んで歩いていく。お似合いだけど! お似合い、だけど!
お嬢様の娘的存在としては、複雑です!
「ジャスのやつ、抜け駆けー」
二人を見送ったクウリィ様が、むうっと口を尖らせる。おや?
「ええ、態度が急変し過ぎです」
台所の窓から顔を出したジーン様も、何だか不満そうだ。おやおや?
「んー……、俺も負けてらんないや」
そう言うと、クウリィ様は立ち去っていく。
闘志に満ちた目をなさっていた。
「……」
ジーン様は、無言で窓を閉めた。しかし、珍しく眉を寄せていたな。
これは、まさか。
「君の、お嬢様。愛されてるね」
ですよねー、クリフ様。
それから数日経っても、朝の恒例は起きなくなった。ジャスティ様凄い。
さて。いきなりだが、自由時間である。
最近の私は、何かとクリフ様と一緒に居るが、それは仕事があったからだ。
お嬢様流のおもてなしで、私の仕事がクリフ様の仕事になっている。だから、私に何も無ければクリフ様も仕事が無いわけで。今、私とクリフ様はする事が無いので、別行動中である。
私は、村の外れにある草花が群生する丘に来ている。お弁当もある。プチピクニックだ。
……本当なら、お嬢様と来たかったけれど。今のお嬢様は、青空学級中だ。邪魔は出来ない。
他に誰かを誘うという考えがあったにはあったけど。思い浮かんだのは、最近一緒に居るクリフ様だ。でも、本当に長いこと一緒に居るから、折角の自由時間ぐらい私から開放してあげたいし。
そういう思いから、一人なのである。
うむ。サンドイッチ美味しい。
「……良い青空だなぁ」
綺麗な青に、私は嬉しくなる。
はむっと、サンドイッチを頬張る。美味しい!
「おい、お前」
「ひ……っ」
突然背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。ジャスティ様だ。ジャスティ様に、話し掛けられたのだ。そう理解した瞬間、私はサンドイッチを瞬時に片付け、口元を拭い振り向いた。
「な、にか、ご用でしょうか」
ジャスティ様は、軽く目を見張ったあと、眉を寄せる。
「そう、畏まれると、何だかな」
「す、みません」
仕方ないじゃないか。ジャスティ様と私って、会話したことあんまりないですしー。
ジャスティ様は、立ったまま話し出す。
「その、お前とはこうして話すのは、初めてだな」
「そうですね」
困った。会話が弾まない。
しかし、ジャスティ様は気にした様子がない。それが救いといえば救いだ。
「……お前に、聞きたい事がある」
「なんでしょう」
ジャスティ様は、眉間の皺を濃くしてしまう。深刻な表情に、私は喉をごくりと鳴らす。何だろう。何を聞く気なんだ。
「……かっ」
ジャスティ様が、声を引き絞るようにして漏らす。か? か、とは。
「彼女は、何が好きなんだ……っ」
「え……」
私は、目を瞬かせる。彼女。ジャスティ様の言う彼女とは、お嬢様の事を指すのだろう。それが分からない程、私は鈍くない。多分。
「……好きなものは、ないのか?」
「い、いえ! ありますよ! お嬢様は、ほら、このお花が好きです」
私は、すぐそばに咲く、可憐な花を指差す。
「……野花ではないか」
ジャスティ様は、不満そうだ。
「確かに、都で売っているような花の美しさには敵いません。でも、この花を見るお嬢様の目はとても優しいです」
「そうか」
ジャスティ様は、花を摘もうとする。お嬢様に差し上げるのだろう。
私は、ある事を思い付いた。
「あの、どうせなら花冠を作りませんか?」
「花冠……」
「はい! 普通に渡すより、もっと喜んで下さいますよ!」
私の言葉に、ジャスティ様の目が輝いた気がする。
「そ、そうか。ならば、作り方を教えてくれないか」
「はい!」
私は、ジャスティ様と花冠を作った。作成中のジャスティ様は凄く真剣で、お嬢様が本当に好かれてるのだとよく分かる。お嬢様、罪作り!
ジャスティ様は、完成した花冠を持っていそいそと走っていく。あ、ちゃんとお礼は言われましたよ。ジャスティ様、変わったなぁ。
「ねえ、きみー」
サンドイッチを食べ終わり、後片付けをしていると、今度はクウリィ様がやって来た。
「お嬢さんって、何が好きー?」
聞き覚えのある質問がきた!
「す、好きなもの、ですか」
私はちらりと、側で風にそよぐ可憐な花を見る。この花はもう使えない。
クウリィ様は、期待に満ちた目で私を見ている。私は考えた。
「お嬢様は、静かな景色が好きです」
「景色ー?」
クウリィ様は怪訝そうに私を見ている。
「はい。静かな森。静かな川。綺麗な青空を舞う鳥の姿。そんな景色です」
「ふーん、そっかー」
クウリィ様は、いまいちピンとこないようだ。
だから、私は熱弁をふるった。二人で並び見る景色の素晴らしさを。そして、語る。クウリィ様のように普段賑やかな方が、静かな空間に寄り添ったら普段との印象の違いにお嬢様も、胸をときめかせるのではないか、と。所謂ギャップ萌えである。
そして遠回しに釘を刺すのも忘れない。下心は隠すべし。
「へー、キミって凄いんだね」
クウリィ様は、感心しきりだった。えへん。
「ありがとー」
クウリィ様は手を振って、去っていく。
上手く助言出来たようで何よりである。
……ジャスティ様達は、お嬢様のこれからに大きく関わってくる。お嬢様と仲良くして頂いて損は無いのだ。
「……お嬢様のこと、お願いします」
私の呟きは、風の中に消えていった。
「お嬢さんは、何か好きな食べ物がありますか」
……ジーン様、貴方もですか。
プチピクニックを終え、お屋敷に帰れば今度はジーン様の番だった。
分かっていた。予感もあった。ただ、言いたい。
お嬢様、愛され過ぎです。こんちくしょう。
「……お嬢様は、村の特産品で作ったパイがお好きです」
「作り方を教えてもらっても?」
「お任せください」
これも、お嬢様の旅路をより良いものにする為だ。どんと、こい!
ジーン様とのお料理教室で、私の自由時間は終わった。なかなか有意義に過ごせたのではなかろうか。うむ。
夕方になり花壇の薬草を摘む為に庭に行くと、クリフ様が既にいらしていた。
「お待たせしましたか?」
「ううん」
「なら、良かったです」
私は、花壇へとしゃがもうとしたが、クリフ様の挙動がおかしい事に気付き立ち上がる。
クリフ様は、両手を後ろに隠し、ちらちらと私を見ているのだ。どうしたのだろう。
「クリフ様?」
「あの、その、僕。これ」
クリフ様はもじもじしながら、後ろから袋を取り出した。見覚えのあるそれは、いつかの折り二人で食べた焼き菓子の袋だ。
「今日、時間が、あったから、教わった」
そうか。今日の自由時間、クリフ様はおばあさんの所に行ってたんだ。
夕日に顔が赤く染まったクリフ様は、私にそれを差し出す。
「……あげる」
私は反射的にそれを受け取り、笑顔を浮かべる。
お嬢様、クリフ様が!
あの、芋を大量廃棄してしまったクリフ様が!
お嬢様に、焼き菓子を!
もう、本当に皆様、お嬢様が好きなんですね!
お嬢様の未来が明るいと分かり、私は嬉しくなる。
「ありがとうございます!」
お礼を言えば、クリフ様も嬉しそうにしてくださる。
お嬢様の為に、頑張りましたもんね!
「お嬢様も喜びます」
「え……」
瞬間、クリフ様から表情が消え去る。
え、何故?
「く、クリフ様?」
呼び掛ければ、クリフ様の体がぴくりと動く。同時に、表情も動く。
「……違う」
クリフ様の声は震えている。悲しそうな声だ。
クリフ様は、私の持つ袋に触れるとぐいぐいと押す。つ、潰れませんか焼き菓子!
「それ、君の……っ」
クリフ様の泣きそうな表情と、言葉に馬鹿な私は理解する。
この焼き菓子は、クリフ様が私へと焼いて下さったのだ。
「すっ、すみません! すみません、クリフ様!」
私は、一生懸命謝罪を口にする。
私は、馬鹿だ。思い込みで、クリフ様の真心を台無しにしてしまった。
私は、何度も謝った。土下座も辞さないつもりだ。この世界には、土下座ないけども!
何度目かの謝罪で、クリフ様は私から離れた。顔を俯かせている。本当に、ごめんなさいクリフ様。
「僕も、言葉、足らなかったから」
「クリフ様……」
クリフ様は、顔を上げる。そこにはもう悲しみの色は無かった。
クリフ様は、私の持つ焼き菓子を指差す。
「それ、頑張ったから、食べて」
「は、はい! 必ず!」
私は、必死に頷く。
すると、クリフ様は満足そうに笑って下さった。
「僕、他のひととは、違うから。覚えておいて」
「え……?」
それは、どういう?
「それ、じゃあ」
聞き返す前に、クリフ様はお屋敷のほうへと走って行ってしまう。
残された私は、とりあえずその場で焼き菓子を食べた。
焼き菓子は、甘くて、私の心に染み込んでいった。
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