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二十五、叔父と筋肉
しおりを挟むヴィザンドリーの弟であるヴィクトールは、フランチェスカとミッシェルより三日遅れてやって来た。
ヴィクトールはヴィザンドリーと同じ銀髪を後ろになでつけた髪型で、体格はすごく立派だ。
首も腕も足も、服の上からでもわかるほど太い。
筋肉が盛り上がり、ぱつぱつに膨れたシャツにアインがきゃっきゃと嬉しそうに両腕でぶら下がっていた。
「はーはっはっは! アインは、小さい! 愛い!」
「おじさま、つよーい!」
「そうであろうともよ、守りとは強くあること!」
豪快に笑うヴィクトールを、ユリーシアは遠巻きに見ていた。
彼は、ミッシェルの父親。
小さくて、ふにゃふにゃとしたミッシェルの。
「はわわ、わ」
にこやかなのに、眼力が凄いのだ。
柔和に笑う父親を思い浮かべ、再びヴィクトールを見る。
筋肉が、凄い。
まさか、ミッシェルも大きくなると、筋肉が?
そんな暴走をする思考が、にこやかにヴィクトールを見つめるフランチェスカの姿が視界に入り、すとんと落ち着いた。
ミッシェルは、フランチェスカの子供でもある。
それに、強くあることという言葉通り、ヴィクトールは努力して鍛えたのだ。
筋肉もりもりに混乱してしまった、とユリーシアは恥ずかしくなる。
「あなた、アインを落とさないでね?」
「アインも男だ! 筋肉は男の夢よ! はーはっは!」
「まったく、もう!」
「はーはっは、なのー!」
楽しそうなアインは、可愛い。可愛いは可愛い。
ユリーシアは自分を取り戻した。
「はにゃあ、ミッシェルさんのお父さんはかっこいいにゃあ」
足もとにいるシルクは、憧れの眼差しをヴィクトールに向けている。
シルクは精霊騎士だ。強さに惹かれるのかもしれない。
「ああ、やっと来たか。ヴィクトール、元気そうで良かったよ」
「アインの相手、ありがとう」
「兄上! エリザベート姉上!」
「はーっはっはっは!」
笑いながらぶら下がったままでいるアインを、ヴィザンドリーが近寄り抱っこする。
ヴィザンドリーはフランチェスカが来訪してから、ずっと後宮にいてくれた。
護衛の分散の危険性とか、防衛強化など色々言っていたが、ユリーシアにしてみれば長く一緒にいられて嬉しい、だ。
「おとうさま!」
「お父さま、お母さま。話し合い終わったの?」
ヴィザンドリーとエリザベートは、後宮の警備の配置などを騎士団長と話し合うと離れていた。
その間、フランチェスカとヴィクトールがユリーシアたちのそばにいたのである。
「ええ、終わったわ」
「ヴィクトールは奥方と部屋が一緒でいいだろう?」
「さすが、兄上! わかっておられる!」
「まさか、お前が筋肉以外と結婚するとはなあ……」
「はーはっはっは! 愛とは、数奇なる運命! 運命とはフランチェスカよ! 筋肉については、親友であり、日々切磋琢磨する仲よ」
「やだ、恥ずかしい」
遠い目をするヴィザンドリーと恥じらうフランチェスカ。
ヴィクトールのなかでは、筋肉は友達らしい。
ユリーシアは、じっとヴィクトールを見る。
挨拶以外、まだまともに話せていない。
視線に気がついたヴィクトールが、にかっと朗らかに笑う。
その笑顔をすると、顔立ちが父親に似ている気がした。
少し緊張を解いたユリーシアは、おずおずと口を開く。
「あ、あの、叔父さま」
「なんだい、ユリーシア」
「腕、触って、いい?」
ヴィクトールの腕は、父親よりガッチリしていて、興味があった。
ヴィクトールは快諾してくれた。
「もちろんだ! 我が筋肉に触れてくれ!」
「う、うん」
ヴィクトールに近づき、盛り上がった二の腕に触れた。
厚い、硬い、がっしり、だ。
「こ、これが……筋肉!」
「ふむ、ユリーシアにもわかるか! 筋肉は俺にとって、努力と強き心の証明!」
「おお!」
感動すら覚えるユリーシアに、ヴィザンドリーが苦笑した。
「ユリーシア、ヴィクトールの筋肉は特別なだけだよ」
「な、なんと!」
「おじさまは、しょうぐん、だもんね!」
ヴィクトールは軍部に所属し、二十五歳にして若き将軍として名を馳せていた。
周りの意見を聞き、訓練にも熱を入れ、強さと人望を兼ね備えた人物である。
「まだ若輩の身なれど、兄上の治世を支える所存よ!」
「ああ、頼りにしている」
「はーはっはっは! ユリーシア」
突然名前を呼ばれ、ぴゃっと固まるユリーシア。
恐る恐るヴィクトールを見上げた。
「優しい善き目を持つ娘よ。お前は我が姪。ならば、俺は全力で護ろうぞ!」
「あ、ありがとうございます……?」
何を言われているのかは理解しきれないが、護ってもらえるのならば、お礼は必要だ。
「だが、ユリーシア。お前には筋肉が足らん。もっと肉と野菜を食え! でっかくなるのだ!」
「ヴィクトール、ユリーシアには適度な筋肉でいいんだ」
「そうねえ、もっとふっくらになるよう、色んな食事をしましょう?」
「はーい」
父親と母親に素直に頷き返した。
「そうにゃね。ユリーシアさんは、まだまだ食が細いから。美味しいもの食べるにゃ!」
「料理長さんの、好きよ」
シルクを抱き上げ、頬ずりをする。
シルクを見たヴィクトールが、わずかに目を見開いた。
「ほお、猫にも善き眼を持つ者がいるとは。さすがは、兄上の領域」
「褒められたにゃ! 嬉しいにゃ! はーはっはっは!」
ご機嫌なシルクを撫でると、ヴィザンドリーの腕から降りたアインがぴょんぴょんと跳ねた。
「おねえさま! ぼくも、シルクなでる!」
「はい」
「なでなで、良い子ねえ」
「にゃあん」
ふにゃあと笑うアインと、喉を鳴らすシルク。可愛い。可愛いが溢れた。
「アインも良い子」
「ふへへー」
アインを撫でるユリーシア。
嬉しさ全開で笑うアイン。
そんな姉弟の姿に、目を細めるヴィクトール。
「……兄上、俺を存分に使ってくれ。この幸福は守られるべきだ」
「ああ、ありがとう。頼りにしている」
「おうとも!」
国を背負う兄弟は、強く頷き合った。
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