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55.明かされる真実
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お父さんが出した手紙の返事は、一週間を経てとある人物と共にやってきた。
「やっほー、ユリ。持ってきたよー」
お父さんの幼なじみの王都在住のジュードさんである。
玄関先に立っているジュードさんは、細かな紋章の入った封蝋付きの封筒を、ひらひらさせながらお父さんに見せている。
ジュードさんと初対面のお兄ちゃんは、「不敬だ……」と言ってお父さんの陰に隠れている。警戒しているのだ。ジュードさん、見た目、チャラいもんね。
「……ジュード。教皇さまの印が付いた手紙を、ぞんざいに扱うなど」
「え? 別に大丈夫だって。教皇さまは、見た目と違って、凄く友好的だし」
「……そうではなく。ああ、もういいです。さっさと入りなさい」
「うん。おじゃましまーす」
ジュードさんはそう言って、家のなかに入る。そして、ソファーに腰掛けた。
別のソファーには、私たち親子がお父さんを真ん中にして座る。
「さ、教皇さまからの手紙どうぞ」
「どうも」
お父さんは受け取った手紙の封を切り、目を通していく。
「……サキ、ユーキ。教皇さまからの許可が下りましたよ」
お父さんは重々しく言った。
「ただし、王都の監視のもと、話すようにとのお達しです。だから、ジュード。貴方が来たのですか」
「まあね。俺、教皇さまからの信頼篤いからさー」
そう言ってへらへら笑うジュードさん。ジュードさん、こう見えて、地位が高い人なのかもしれない。凄く意外だけど。
「ジュードが同席というのは、癪に触りますが。サキ、ユーキ。よく聞きなさい」
「はい」
「うん」
私たちは頷いた。ようやく、今までの謎が解明されるんだ。
ジュードさんは頭の後ろで腕を組んで、静観の姿勢を取っている。
「サキは知っていますね。我がガルシアが、異世界と繋がっていることを」
「はい」
お父さんはまずそう切り出した。
驚くお兄ちゃんに説明する。
ある日突然、リコット村の教会と、異世界の日本とが繋がったこと。その日本で、私とまりあ叔母さんが暮らしていたということを。
「サキは異世界を知っているの?」
「はい。七年暮らしていましたから」
お兄ちゃんは驚いたようだ。まあ、それも無理はない。異世界だなんて、なかなか理解できないもの。私も最初は混乱したし。
お父さんはお兄ちゃんの驚きが落ち着くのを待って、再び口を開いた。
「異世界と繋がったことに、邪神ジャグが関係しているのです」
「え……!」
初耳の情報に私は声を上げる。
お父さんは私の頭を撫でると、話を続ける。
「邪神ジャグは、元はジャクルトの守護神でした。闇に落ちてからは、違いますが、昔はそうでした。ジャグはシルスヴァーンという男をたいそう気に入っていたそうです。ジャクルトの英雄シルスヴァーンの死後、闇に落ちてしまうほどに」
邪神ジャグが何度も、シルスヴァーンの名を呼んでいたのを思い出す。闇に落ちてしまうほどの執着。邪神ジャグの様子を思い出し、私は身震いをした。
「ジャグは、長い間待っていたのです。シルスヴァーンの魂が転生し、再び世界に生まれ落ちるのを。確かに、シルスヴァーンの魂は転生しました。この世界ではなく、異世界のニホンという国で」
「まさか……、それで繋がったの?」
お兄ちゃんが、確信をもって呟く。
お父さんは頷く。
「ジャグが見つけたのは、ニホンの小さな村に住む幼い女の子でした。その女の子を手に入れる為に、世界の境目に干渉したのです。そして、女の子を引きずり込み、世界は繋がった」
「その女の子って……」
お母さんが言っていたことを思い出す。小さい頃に、迷子になって、義理の家族に引き取られたって……。
「ええ。女の子の名前はサラ。あなたたちの母親ですよ。サラは、異世界に連れてこられた。でも、ジャグは世界を繋げたことで、消耗したのでしょう。サラを手中に収めることができなかった。結果、サラはガルシアに落ち、その後ガルシアの貴族に引き取られたんです」
「そうだったんだ」
お兄ちゃんは、明かされる事実に、驚愕の表情を浮かべている。邪神ジャグの執着は本当に凄まじい。
「僕とサラは、王都の幼等学校で知り合いました」
「こいつ、最初はサラちゃんのこと敵視してたんだぜ。素直じゃないから」
ジュードさんが茶化すように言うと、お父さんはジュードさんに笑顔を向けた。あ、あれは怒っている時の顔だ。
「黙りなさい、ジュード」
「へーい」
お父さんの怒りには慣れているのか、ジュードさんは飄々としている。
「父さん、母さんと仲悪かったの……?」
お兄ちゃんが心配そうに聞く。
過去を知っている私は、心のなかで頷いた。
「ああ、ほら。ジュードが余計なことを言うから!」
「あー、ごめんごめん」
ジュードさんは軽く謝る。
お父さんは私たちを見ると、引きつった笑みを見せた。
「まあ、最初は確かに仲は、その良くはありませんでした。しかし、サラとは和解をしてからは良き友人となりました。それから、時間を掛けて婚約する仲にまでなったんですよ」
「良かった……」
お兄ちゃんは、ホッと息を吐く。
私も、あの危機を乗り越え、愛を育んだ二人に拍手を送った。
「ま、まあ。そうですね。サラと婚約する前にジャグがサラに干渉する事態が何度もありました。サラはジャグに見つかってしまったのです。その度に、僕が退けたり、サラが精霊と契約してからは、サラ自身が何とかしてきたんです」
「母さん、精霊使いだったんだ」
「ええ、そうです。サキの精霊が見える力は、サラ譲りですね」
「えへへ」
お母さんとお揃いなのが嬉しくて、私は笑う。
だけど、お父さんは表情を引き締めた。
「学校を卒業して、僕とサラは結婚しました。ですが幸せは長くは続かなかった。ジャグがジャクルトの王を煽動して、ガルシアと戦争を起こさせたのです。なかなかサラが手に入らず、じれたんでしょうね。それは、サラへの明確な脅しでした」
「そんな……」
つまり、自分のものにならなければ、戦争を止めないと邪神ジャグは示したのだ。なんて卑怯なのだろう!
「サラと僕は言い争いました。僕はサラをジャグのもとへ行かせたくなかった。サラは、自分のせいで起きた戦争を見過ごせなかった。僕たちの意見は平行線のままでした。そして、僕はサラと和解できないまま、戦場に召集されたのです」
「お父さん……」
当時のことを話すお父さんが、あまりにも辛そうに見えて、私はお父さんの手を握った。
お父さんは、ハッと私を見て、悲しそうに微笑んだ。
「……僕は長いこと、戦地にいました。戦地では、サラのことを知ることもできず、サラが子を身ごもっていたことも僕は知りませんでした」
お父さんはお兄ちゃんの頭を引き寄せ、自分にもたれさせた。そして、私の手を握る力を強くする。
「こんなにも可愛い子供たちの存在を、僕は知らなかったんです……」
「父さん……」
お兄ちゃんが、お父さんの服をギュッと握る。
私もお父さんにもたれかかる。
「……戦争は、拮抗していました。しかし、ある時を境にジャクルトの勢いが弱まったんです。僕は悟りました。サラが、ジャグのもとへ行ったのだと……だから、ジャグは戦争から身を引いたのだと思ったんです」
お父さんの声は苦渋に満ちていた。
「……戦争が終わり、僕はサラの両親になじられました。何故、娘を守ってやれなかったのだと。僕には何も反論できなかった。サラを守れなかったのは事実でしたから。それから僕は無気力になりました。国への不信感もありました。国は、サラを差し出せと再三僕に言ってきたからです。何も信じられなくなり、全てが嫌になった僕は、サラが用意した家のあるリコット村にやってきたのです」
お父さんの貴族嫌いは、自分がその貴族でもあったからというのもあるのかもしれない。権力を持っていたのに、お母さんを救えなかった自分を責めているのだ。きっと。
「リコット村のこの家にきて、初めて僕はサラが妊娠していたことを知り、その子が妹と一緒に異世界に渡ったことも知りました」
「……うん」
私が王族を差し置いて、日本に避難した理由が分かった。邪神ジャグの人質にされない為だったんだ。
お父さんは私とお兄ちゃんの頭を撫でた。
「サラと僕の子供がいる。それが、僕の生きる意味となりました。子供を迎える為にも、自堕落な生活を送るわけにはいかない。そう思ったんです」
お父さんの言葉に、私は泣きそうになった。
お父さんは、本当に私を歓迎してくれていたんだ。
「サキが帰ってきて、ユーキを取り戻して、僕の生活は色づきました。……二人とも、ありがとう」
お父さんに抱き寄せられ、私とお兄ちゃんは互いに泣きそうな顔をしていた。お兄ちゃんの目に私の顔が映っていたのだ。
「お父さん、お父さん。私こそ、受け入れてくれてありがとうございます……!」
「父さん、僕を迎えに来てくれて、ありがとう……!」
しばらくの間、私たちは抱き合ったままでいた。
ジュードさんは、そんな私たちを優しく見守っていた。
「……話は以上になります」
お父さんはどこか照れくさそうに、私たちから体を離した。
「俺もちゃんと見守ったから、宿屋に泊まってから帰るよー」
ジュードさんがにっこり笑って言った。
「ジュード、今日はすみませんでしたね」
「やだなー。殊勝な態度のユリはなんか怖いよ」
「そうですか、新作の魔道具の餌食にそんなになりたいですか。分かりました」
「ははっ、冗談だって! じゃ、俺報告書もあるし、行くね。サキちゃん、ユーキくん。またね!」
「あ、はい」
「また……」
ジュードさんは軽やかに、去って行った。
本当に、賑やかな人だ。
「……じゃあ、お昼の準備をしますか」
空気を切り替えるように、お父さんはそう言った。
「あ、父さん。手伝うよ」
お兄ちゃんがお父さんの後について行く。
私は、そんな二人に向かって口を開く。
「あ、あの……、話があります!」
立ち止まる二人。
私の心臓はバクバクいっている。
お父さんの話を聞いて、私はとある疑問が浮かんだ。
それは、お母さんは本当に邪神ジャグに奪われたのかということだ。
私とお兄ちゃんを邪神ジャグが襲った時、邪神ジャグはまだシルスヴァーンの魂に執着していた。
それはつまり邪神ジャグは、お母さんを手に入れられてはいなかったということになる。
ならば、お母さんは今どこにいるのか。
その答えを、私は知っている気がした。
「サキ、話とは……」
訝しがる二人に、私は拳を握って口を開く。
「シルヴェの森にあるポロンの木のところに、連れて行ってください!」
ポロンの木で待ってる。
過去のお母さんは、そう言った。
だから、私はポロンの木のもとに行かなくてはならないのだ。
「サキ、シルヴェの森はジャグがいたのです。どんな危険があるか……」
「父さん」
渋るお父さんを、お兄ちゃんが止める。
「サキにはきっと、大事なことがあるんだ。だから、行こうよ」
「ユーキ……」
お兄ちゃんの説得に、お父さんは息を吐いた。
「仕方ないですね。行って何もなければ、すぐに帰りますよ」
「は、はい!」
お兄ちゃんのおかげで、お父さんの許可は得た。
私は、行くんだ。ポロンの木のもとへと。
「やっほー、ユリ。持ってきたよー」
お父さんの幼なじみの王都在住のジュードさんである。
玄関先に立っているジュードさんは、細かな紋章の入った封蝋付きの封筒を、ひらひらさせながらお父さんに見せている。
ジュードさんと初対面のお兄ちゃんは、「不敬だ……」と言ってお父さんの陰に隠れている。警戒しているのだ。ジュードさん、見た目、チャラいもんね。
「……ジュード。教皇さまの印が付いた手紙を、ぞんざいに扱うなど」
「え? 別に大丈夫だって。教皇さまは、見た目と違って、凄く友好的だし」
「……そうではなく。ああ、もういいです。さっさと入りなさい」
「うん。おじゃましまーす」
ジュードさんはそう言って、家のなかに入る。そして、ソファーに腰掛けた。
別のソファーには、私たち親子がお父さんを真ん中にして座る。
「さ、教皇さまからの手紙どうぞ」
「どうも」
お父さんは受け取った手紙の封を切り、目を通していく。
「……サキ、ユーキ。教皇さまからの許可が下りましたよ」
お父さんは重々しく言った。
「ただし、王都の監視のもと、話すようにとのお達しです。だから、ジュード。貴方が来たのですか」
「まあね。俺、教皇さまからの信頼篤いからさー」
そう言ってへらへら笑うジュードさん。ジュードさん、こう見えて、地位が高い人なのかもしれない。凄く意外だけど。
「ジュードが同席というのは、癪に触りますが。サキ、ユーキ。よく聞きなさい」
「はい」
「うん」
私たちは頷いた。ようやく、今までの謎が解明されるんだ。
ジュードさんは頭の後ろで腕を組んで、静観の姿勢を取っている。
「サキは知っていますね。我がガルシアが、異世界と繋がっていることを」
「はい」
お父さんはまずそう切り出した。
驚くお兄ちゃんに説明する。
ある日突然、リコット村の教会と、異世界の日本とが繋がったこと。その日本で、私とまりあ叔母さんが暮らしていたということを。
「サキは異世界を知っているの?」
「はい。七年暮らしていましたから」
お兄ちゃんは驚いたようだ。まあ、それも無理はない。異世界だなんて、なかなか理解できないもの。私も最初は混乱したし。
お父さんはお兄ちゃんの驚きが落ち着くのを待って、再び口を開いた。
「異世界と繋がったことに、邪神ジャグが関係しているのです」
「え……!」
初耳の情報に私は声を上げる。
お父さんは私の頭を撫でると、話を続ける。
「邪神ジャグは、元はジャクルトの守護神でした。闇に落ちてからは、違いますが、昔はそうでした。ジャグはシルスヴァーンという男をたいそう気に入っていたそうです。ジャクルトの英雄シルスヴァーンの死後、闇に落ちてしまうほどに」
邪神ジャグが何度も、シルスヴァーンの名を呼んでいたのを思い出す。闇に落ちてしまうほどの執着。邪神ジャグの様子を思い出し、私は身震いをした。
「ジャグは、長い間待っていたのです。シルスヴァーンの魂が転生し、再び世界に生まれ落ちるのを。確かに、シルスヴァーンの魂は転生しました。この世界ではなく、異世界のニホンという国で」
「まさか……、それで繋がったの?」
お兄ちゃんが、確信をもって呟く。
お父さんは頷く。
「ジャグが見つけたのは、ニホンの小さな村に住む幼い女の子でした。その女の子を手に入れる為に、世界の境目に干渉したのです。そして、女の子を引きずり込み、世界は繋がった」
「その女の子って……」
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「そうだったんだ」
お兄ちゃんは、明かされる事実に、驚愕の表情を浮かべている。邪神ジャグの執着は本当に凄まじい。
「僕とサラは、王都の幼等学校で知り合いました」
「こいつ、最初はサラちゃんのこと敵視してたんだぜ。素直じゃないから」
ジュードさんが茶化すように言うと、お父さんはジュードさんに笑顔を向けた。あ、あれは怒っている時の顔だ。
「黙りなさい、ジュード」
「へーい」
お父さんの怒りには慣れているのか、ジュードさんは飄々としている。
「父さん、母さんと仲悪かったの……?」
お兄ちゃんが心配そうに聞く。
過去を知っている私は、心のなかで頷いた。
「ああ、ほら。ジュードが余計なことを言うから!」
「あー、ごめんごめん」
ジュードさんは軽く謝る。
お父さんは私たちを見ると、引きつった笑みを見せた。
「まあ、最初は確かに仲は、その良くはありませんでした。しかし、サラとは和解をしてからは良き友人となりました。それから、時間を掛けて婚約する仲にまでなったんですよ」
「良かった……」
お兄ちゃんは、ホッと息を吐く。
私も、あの危機を乗り越え、愛を育んだ二人に拍手を送った。
「ま、まあ。そうですね。サラと婚約する前にジャグがサラに干渉する事態が何度もありました。サラはジャグに見つかってしまったのです。その度に、僕が退けたり、サラが精霊と契約してからは、サラ自身が何とかしてきたんです」
「母さん、精霊使いだったんだ」
「ええ、そうです。サキの精霊が見える力は、サラ譲りですね」
「えへへ」
お母さんとお揃いなのが嬉しくて、私は笑う。
だけど、お父さんは表情を引き締めた。
「学校を卒業して、僕とサラは結婚しました。ですが幸せは長くは続かなかった。ジャグがジャクルトの王を煽動して、ガルシアと戦争を起こさせたのです。なかなかサラが手に入らず、じれたんでしょうね。それは、サラへの明確な脅しでした」
「そんな……」
つまり、自分のものにならなければ、戦争を止めないと邪神ジャグは示したのだ。なんて卑怯なのだろう!
「サラと僕は言い争いました。僕はサラをジャグのもとへ行かせたくなかった。サラは、自分のせいで起きた戦争を見過ごせなかった。僕たちの意見は平行線のままでした。そして、僕はサラと和解できないまま、戦場に召集されたのです」
「お父さん……」
当時のことを話すお父さんが、あまりにも辛そうに見えて、私はお父さんの手を握った。
お父さんは、ハッと私を見て、悲しそうに微笑んだ。
「……僕は長いこと、戦地にいました。戦地では、サラのことを知ることもできず、サラが子を身ごもっていたことも僕は知りませんでした」
お父さんはお兄ちゃんの頭を引き寄せ、自分にもたれさせた。そして、私の手を握る力を強くする。
「こんなにも可愛い子供たちの存在を、僕は知らなかったんです……」
「父さん……」
お兄ちゃんが、お父さんの服をギュッと握る。
私もお父さんにもたれかかる。
「……戦争は、拮抗していました。しかし、ある時を境にジャクルトの勢いが弱まったんです。僕は悟りました。サラが、ジャグのもとへ行ったのだと……だから、ジャグは戦争から身を引いたのだと思ったんです」
お父さんの声は苦渋に満ちていた。
「……戦争が終わり、僕はサラの両親になじられました。何故、娘を守ってやれなかったのだと。僕には何も反論できなかった。サラを守れなかったのは事実でしたから。それから僕は無気力になりました。国への不信感もありました。国は、サラを差し出せと再三僕に言ってきたからです。何も信じられなくなり、全てが嫌になった僕は、サラが用意した家のあるリコット村にやってきたのです」
お父さんの貴族嫌いは、自分がその貴族でもあったからというのもあるのかもしれない。権力を持っていたのに、お母さんを救えなかった自分を責めているのだ。きっと。
「リコット村のこの家にきて、初めて僕はサラが妊娠していたことを知り、その子が妹と一緒に異世界に渡ったことも知りました」
「……うん」
私が王族を差し置いて、日本に避難した理由が分かった。邪神ジャグの人質にされない為だったんだ。
お父さんは私とお兄ちゃんの頭を撫でた。
「サラと僕の子供がいる。それが、僕の生きる意味となりました。子供を迎える為にも、自堕落な生活を送るわけにはいかない。そう思ったんです」
お父さんの言葉に、私は泣きそうになった。
お父さんは、本当に私を歓迎してくれていたんだ。
「サキが帰ってきて、ユーキを取り戻して、僕の生活は色づきました。……二人とも、ありがとう」
お父さんに抱き寄せられ、私とお兄ちゃんは互いに泣きそうな顔をしていた。お兄ちゃんの目に私の顔が映っていたのだ。
「お父さん、お父さん。私こそ、受け入れてくれてありがとうございます……!」
「父さん、僕を迎えに来てくれて、ありがとう……!」
しばらくの間、私たちは抱き合ったままでいた。
ジュードさんは、そんな私たちを優しく見守っていた。
「……話は以上になります」
お父さんはどこか照れくさそうに、私たちから体を離した。
「俺もちゃんと見守ったから、宿屋に泊まってから帰るよー」
ジュードさんがにっこり笑って言った。
「ジュード、今日はすみませんでしたね」
「やだなー。殊勝な態度のユリはなんか怖いよ」
「そうですか、新作の魔道具の餌食にそんなになりたいですか。分かりました」
「ははっ、冗談だって! じゃ、俺報告書もあるし、行くね。サキちゃん、ユーキくん。またね!」
「あ、はい」
「また……」
ジュードさんは軽やかに、去って行った。
本当に、賑やかな人だ。
「……じゃあ、お昼の準備をしますか」
空気を切り替えるように、お父さんはそう言った。
「あ、父さん。手伝うよ」
お兄ちゃんがお父さんの後について行く。
私は、そんな二人に向かって口を開く。
「あ、あの……、話があります!」
立ち止まる二人。
私の心臓はバクバクいっている。
お父さんの話を聞いて、私はとある疑問が浮かんだ。
それは、お母さんは本当に邪神ジャグに奪われたのかということだ。
私とお兄ちゃんを邪神ジャグが襲った時、邪神ジャグはまだシルスヴァーンの魂に執着していた。
それはつまり邪神ジャグは、お母さんを手に入れられてはいなかったということになる。
ならば、お母さんは今どこにいるのか。
その答えを、私は知っている気がした。
「サキ、話とは……」
訝しがる二人に、私は拳を握って口を開く。
「シルヴェの森にあるポロンの木のところに、連れて行ってください!」
ポロンの木で待ってる。
過去のお母さんは、そう言った。
だから、私はポロンの木のもとに行かなくてはならないのだ。
「サキ、シルヴェの森はジャグがいたのです。どんな危険があるか……」
「父さん」
渋るお父さんを、お兄ちゃんが止める。
「サキにはきっと、大事なことがあるんだ。だから、行こうよ」
「ユーキ……」
お兄ちゃんの説得に、お父さんは息を吐いた。
「仕方ないですね。行って何もなければ、すぐに帰りますよ」
「は、はい!」
お兄ちゃんのおかげで、お父さんの許可は得た。
私は、行くんだ。ポロンの木のもとへと。
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