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37.とうとうきた便り

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 リディアムくんの献身的な犠牲により、お父さんからの怒りを回避できた私とお兄ちゃん。
 安心感のまま、うさっちょのお菓子を貪り食うのだった。

「そんなふうに言われると、僕ら人でなしだね」
「人でなしですー」

 うさっちょのお菓子は、美味しいのだ。魔性のお菓子、ああ、うさっちょよ。
 私とお兄ちゃんがだらけきっていると、外のポストがカコンという音を立てた。

「手紙ですね」

 むしゃむしゃ。

「手紙だね」

 むしゃむしゃ。
 私たちは完全に、堕落していた。
 うさっちょのお菓子を貪る手を、止めない。

「サキが取りに行きなよ」
「お兄ちゃんが取りに行ってください」
「嫌だよ、僕はお菓子を食べなきゃいけないんだ」
「使命感溢れるのは構いませんが、手紙を取りに行ってくださいよ」
「嫌だね」

 ぬう、お兄ちゃんは引く様子がない。
 仕方ない、ここは気遣いの出来る妹が取りに行ってやるですよ。
 しばしのお別れです。うさっちょのお菓子よ。

「お手紙、お手紙」

 玄関を開け、ポストのなかを確かめる。ポストのなかには、一通の手紙が入っていた。白い封筒に、赤い封蝋。この封蝋の模様、見覚えがある。

「……あ!」

 思い至った私は、慌てて封筒を出した。分厚い感触に、ちょっとびっくりする。これ手紙だけじゃなく、他にも入っているな。
 私は、差出人の名前を確認した。差出人はこちらの名前で書かれていたけれど、優しい筆跡は確かにあの人のものだ。

「お兄ちゃん! まりあ叔母さんから、手紙きたよー!」

 私は踊らんばかりの勢いで、家のなかに飛び込んだ。
 勢い余って、くるりと回る私。それだけ、手紙を待ち望んでいたのだ。

「まりあ、おばさん……?」

 お兄ちゃんがきょとんとしている。

「お父さんの妹で、私を育ててくれた人ですよ!」
「ああ」

 知識として思い至ったのか、お兄ちゃんは頷いた。
 お兄ちゃんの興味が薄い様子にもめげず、私はうきうきと手紙の封を切る。

「勝手に開けていいの?」

 我が家では、手紙はまずお父さんが確認するという決まりがあった。

「まりあ叔母さんからの手紙は、例外ですよー」
「そうなんだ」

 ふんふんと、鼻歌を歌いながら私は封筒のなかから、手紙を出す。すると、手紙の他にも入っているものがあるのに気づいた。私の洞察力は当たっていたらしい。

「あ、写真だ……」

 日本と比べると荒い画質だけど、どういう写真なのかは分かった。
 お姫さまのような白いドレスを着たまりあ叔母さんが、同じく白い服を着たユージーンさんと並んで写っている。それで、手紙の内容は察することができた。

「結婚式、挙げたんだ」
「マリア叔母さん?」
「そうです。婚約者のユージーンさんとようやく挙式できたみたいです!」

 あの二人にとって、結婚式までは長い長い道のりだったことだろう。
 七年も離れていたのに、想いは薄れなかった二人。再会した時の喜びに満ちていた二人を思い出し、私は自然と笑顔になる。
 もちろん、まりあ叔母さんが結婚してしまって、寂しい気持ちはある。ずっと一緒だったのだ。
 でも、今の私にはお父さんやお兄ちゃんがいる。もう、寂しくない。
 だから、まりあ叔母さんの幸せを心から願えるのだ。

「幸せになるといいね」
「はい!」

 まりあ叔母さんの輝く笑顔を見て、私はきっと幸せになってくれると確信した。
 そして、肝心の手紙を読む為にお兄ちゃんの座るソファーに向かう。
 ソファーに座ると、手紙を読む。最近読み書きが格段に出来るようになった私は、こちらの文字もすらすら読めるのだ。

「ほうほう、結婚式は三日間行われたわけですな」
「実際の結婚式は一日目だよ。あとの二日は貴族の習わしでお披露目するんだ」
「貴族、面倒ですねー」
「体面があるからね」

 というか、ユージーンさんはやはり貴族だったのか。
 まあ、見た目からも貴族! ていう感じだったもんね。

「普通の人は、一日で終わらせるよ」
「ほー」
「だから、リディアムくんとの結婚は面倒じゃないから、安心してね」
「くふっ」

 お兄ちゃんの余計な言葉に、私はむせた。

「けっ、結婚とか、まだ七歳の私には早い話ですよ!」
「うん。あと十年は早い」

 十年、そうか。こっちの結婚は早いのか。私は十五年でも早い気がしていた。
 日本の感覚が、まだ抜けてないなぁ。

「と、とにかく! 私の話はいいんですよ!」
「うん」
「まりあ叔母さんの結婚式の話です。ユージーンさんっていうのが、まりあ叔母さんの結婚相手なんですが、結婚式の後に近衛騎士に任命されたそうですよ」
「近衛騎士!」

 お兄ちゃんが、両目を見開いた。
 な、何だろう。近衛騎士って、そんなに凄いのだろうか。
 まりあ叔母さんの筆跡も、その辺り乱れているし。

「サキ、近衛だよ! 近衛騎士!」
「は、はい!」
「その反応分かってないな。あのね、近衛騎士は、そのユージーンさんがどの騎士団に入っているかによるけど。このガルシア王国においては、王さまか教皇さまを守る騎士のことなんだよ」
「教皇さま……?」
「教会で一番偉い人! 王さまに匹敵するぐらい偉いよ」
「王さまに匹敵……!」

 それって、凄く偉い人じゃないですかー。
 ユージーンさんは、王さまか教皇さまを守る騎士に任命されたということは、ユージーンさん自身それなりの地位にいるということだ。

「ユージーンさんが一気に、遠い人になりました」
「遠い人だよ。僕らのような田舎暮らしの子供にしてみれば」
「いやいや、お兄ちゃん。まりあ叔母さんと結婚したからには、ユージーンさんは叔父さんですよ」

 私がそう言えば、お兄ちゃんは固まった。

「……大変だ」
「お兄ちゃんの動揺振りに、ことの重大さがよく分かりました。お兄ちゃん、震えてますよ。しっかりしてください。お兄ちゃん」

 ぶるぶる震えるお兄ちゃんは、うさっちょのお菓子を震えながら食べた。
 すると、震えは止まった。お兄ちゃんにとって、うさっちょのお菓子は精神安定剤にもなるんだ。凄いな、うさっちょ!

「さ、さあ。お兄ちゃん、手紙はもう止めて。写真見ましょうよ、写真」
「う、うん」

 手紙に同封されていた写真は十枚ぐらいあった。
 どれも煌びやかな結婚式の様子を伝えている。

「マリア叔母さん、綺麗な人だね」
「そうでしょうとも!」

 私は胸を張った。
 まりあ叔母さんの娘的存在としては、誉められると嬉しいのだ。

「それに、凄く優しそう」
「優しいですよ。エリーゼ先生並みです!」
「それは、相当だね」

 お兄ちゃんは写真を、食い入るように見ている。自分の叔母さんがどんな人なのか、気になって仕方ないようだ。
 そして、何故かユージーンさんの写真には恐る恐る触れた。

「この方が、近衛騎士」
「お兄ちゃん、ちょっと動揺し過ぎですよ。私たちの叔父さんなんだから、もっと楽にしてください」
「うん。分かってる」

 お兄ちゃんは私とは違い、この世界の常識をよく分かっている。
 つまり、近衛騎士とはそれだけ偉くて凄い人なんだ。
 ユージーンさん自身は、一途で優しい人なんだけどね。

「サキ、ごちそうが写っているよ」
「なんなんですか、お兄ちゃん。人を食いしん坊みたいに」
「でも、食べてみたい」
「お兄ちゃんが食いしん坊でしたか」

 その後も、私たちは写真を見て、きゃっきゃと騒いだ。
 まりあ叔母さんのドレス姿、本当に綺麗だなぁ。
 ということを、研究室から戻ってきたお父さんに言った。
 あ、リディアムくんは帰ってしまったけど、ちゃんとうさっちょのお菓子を渡しましたよ。
 リディアムくん、何故かうさっちょを睨んでいたけど。

「衣装は綺麗ですね。さすが、王都の名家です」
「お父さん、お父さん。自分の妹なんだから、素直に綺麗だと言ってくださいよ」
「僕は、素直じゃないらしいですからね」

 お父さん、昼間のこと気にしてたんだ。

「父さん。父さんは素直な良い子だよ」
「ユーキ、あまり喜べません」

 お父さんにそう言われたお兄ちゃんは、私の方を見る。

「サキ。父さん持ち上げ作戦は失敗に終わったよ」
「ちょっ、そんなふうに言ったら、作戦の考案者が私だと思われるじゃないですか! 初耳ですよ、その作戦!」

 お兄ちゃんはぱちぱちと、目を瞬かせた。

「あ、そうか」
「……ユーキも、ずいぶんと口が達者になりましたねぇ」

 お父さんはしみじみとそう言いながら、手紙を読み進めていく。

「ほう。あのお人好しが、近衛の騎士ですか。時代は変わるものですね」
「お父さん、頑張ったユージーンさんをちゃんと労ってあげてください」
「サキは何を不思議なことを。僕はあのお人好しのことを、ちゃんと認めているつもりですよ」
「サキ、サキ。父さんは筋金入りの偏屈だよ」
「しっ! お兄ちゃん、それは言っちゃ駄目ですよ!」

 私とお兄ちゃんは、こそこそと話していたのだけど。
 ぱたんという音がした。お父さんが手紙を折りたたんだのだ。

「ユーキ、サキ。あなたたちが、僕のことをどう思っているのか、よーく分かりました」

 ゆらりとソファーから立ち上がるお父さん。
 戦慄する私とお兄ちゃん。

「お、お父さん……?」
「父さん、落ち着いて。どうどう」
「お兄ちゃん、それ逆効果ですよ!」
「あ、そうか」

 天然ですか、お兄ちゃん!

「サキ、ユーキ」

 お父さんに名前を呼ばれ、私とお兄ちゃんは飛び上がる。

「あなたたち。これから一週間。あの白いうさぎのお菓子は禁止です!」
「えー!」
「横暴だ! 権力を振りかざすなんて!」
「なんと言われようと、この決定は覆されません。大人しく従え」

 お父さんの意思は固いようだ。

「うっうっ、そんな……っ」
「一週間も、うさっちょのお菓子が食べられないなんて」

 悲しみに暮れる私とお兄ちゃんに、お父さんは深くため息を吐いた。

「まったく、いつからこんな愉快な子供になったのやら」

 私とお兄ちゃんを現在育てているのは、お父さんですよ?
 などとは、言えば罰が重くなるので、私は口を噤んだ。
 あー……、うさっちょのお菓子ー……。
 まりあ叔母さんの結婚というおめでたい知らせは、何故か私たちに絶望をもたらしたのであった。
 口は災いのもと。それを実感する日になった。
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