悪意か、善意か、破滅か

野村にれ

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記憶

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 バトワスは部屋で一人、あの頃のことを思い出していた。

 エルムという名前も出て来ず、憶えていなかったことを実感した。彼女は言い返すこともなく、不思議そうな顔をしていたことで、私やオリビアの神経を逆なでた。

『どうして分かってやれないんだ?君だって愛されないことが分かっていて、結婚したいのか?』
『そうよ、しがみついて恥ずかしくないの?』
『君にも好きになってくれる人がいつか現れるだろう』
『現れるといいわね、ふふっ』

 エルム嬢は渋い顔をしており、泣き喚いたりしないことをいいことに、言いたい放題であった。いじめよりも質の悪い行動である。

 彼女は非難されるようなことは何もしていなかったことは分かっていたはずが、見ない振りをしていたのだろう。

 所詮、伯爵令嬢だからと思っていた。周りも伯爵家より上の者たちで、同じ気持ちだったのだろう。言い返さないのではなく、言い返せなかったのではないか。

 だが、ジェフも伯爵令息で、シャーリンに至っては子爵令嬢だった。今となってはジェフとシャーリンのことを盲目的に応援してしまったのか。

 王太子である私が同意してしまったことで、皆も追随してしまったことが、全ての過ちであった。

 エルム嬢にきちんと話をするべきだった。

 愛されていないということも、蔑んでいい、馬鹿にしてもいい材料になっていたが、そうではなかった。

 ジェフの行いにエルム嬢ならば、フォンターナ家の方から解消が出来ただろう。いや、破棄だと言われるべきだっただろう。

 だが、フォンターナ家はそうはしなかった。騎士団長の耳に入ったのが遅かったのだろうか、それともあの日まで知らなかったのだろうか。

 知っていたのなら、国を出る決断をするような方が、ジェフを許すとは思えない。

 いや、父上は見限ったと言った。もう罰する気もなく、出て行くことを選んだのか。それほどまでに、この国にいたくなかったのか。

 私がすべきだったことは、穏便に婚約を破棄ではなく、解消ではなく、白紙にして、マクローズ伯爵家とガルッツ子爵家に慰謝料を払わせることだった。それほどの裏切りをジェフは行っていた。

 親になって、もしも娘の婚約者が同じことをしたら…許せないと分かる。

 あの時は未来の子どものことなど想像もしていなかったが、王太子ではあったのだから、王族として正しく考えるべきだった。

 もしくは、追い出すべきはジェフとシャーリンの方だった。そうなっても仕方がなかった。だが、フォンターナ家が出て行ったことで、有耶無耶にしてしまったのだ。

 何が、恋愛結婚の象徴だ…シャーリンはジェフではない子どもを産み、これからさらに産むのだ。貴族夫人としては、狂っているとしか言いようがない。

 過ちを犯さなければ、もしかしたらではなく、こんなことにはなっていなかった。

 婚約破棄させたのはバトワスなのに、都合よく婚約解消と言っていたことすら、自覚がなかった。

 ようやく薬が完成したと連絡があり、現在の感染者の人数を申請し、こちらから医師を派遣させて投与を行うこと、身分に関わらず、派遣した医師の指示に従うことが条件となると通達があった。

 理由としては病気の前では皆、平等であること。身分を笠にしたり、家族を優先するようにと脅してくるようなことがあり、約束を反故にした場合は、残念だが派遣した医師も薬も引き上げると書かれていた。

 勿論、オイスラッドは受け入れ、現在の感染者を報告し、民にも必ず医師の指示に従うように発表し、アジェル王国にはカイニー王国から医師が派遣された。

「身分関係なく、重症者を優先し、順番に投与いたします」
「よろしくお願いします」
「あなた…」

 納得のいっていなかったシンバリアは、オイスラッドの腕を引っ張ったが、オイスラッドは首を振った。
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