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第6話

閑話 刺繍は趣味2

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 趣味を聞かれて答えたいから、セナリアンは趣味が欲しかった。ルージエ家は食品を扱っているので、仕事になってしまう。ダンスは相手がいる、ならばと手を出したのが刺繍であった。元々絵は描け、空き時間にどんな場所でも出来る上に、魔術とも通ずるものがあり、性に合っていた。

 周りが引くほどみるみるうちに上達し、魔術を利用しているとはいえ、なぜ図案と同じものができるのか、歪んだりしないのか、正直どうなっているのか、セナリアンにしか理解ができない。母・ルシュベルは陛下にもプレゼントしたらと簡単に言い放ち、大物がいいわねと言って作ったのが、王家のワシの紋章を中央に刺繍し、食事を邪魔しないように、垂れ下がる部分に王宮に咲く花々で彩られたテーブルクロス。

 ルシュベルが折角だから驚かせましょうと言い出して、父・ミミスに王家のテーブルのサイズと、王家の花の種類、上質で丈夫な布を依頼して、内密に作られた。

 プレゼントですとやって来た御一行。母・ルシュベルと、母の姉で伯母のリルラビエ・コルロンド、そしてコルロンドの魔術師であるジョンラ・ファーマスと、クーリットで四方を持ち、バサリと広げると国王夫妻は椅子が傾くほど、前のめりになった。クーリットも持ちながら、何だこれはとじっと見ている。

「これは…?」
「なんて、素晴らしいの…」

 ルシュベルとジョンラは誇らしそうな顔、リルラビエは同意するように頷いており、セナリアンは満足そうな顔をしている。

「まさか、セナリアンが作ったのか?」
「はいっ!大きいので大変でしたが、楽しかったです」
「一人で?」
「一人ですけど…」
「どのくらい掛ったんだ?」
「一ヶ月くらいでしょうか」
「一ヶ月…」
「合間に作っていたので」

 本来は紋章のみのつもりだったが、何だか寂しいからお花で囲おうと、毎日空き時間にちくちく刺繍しており、ルージエもコルロンドもとんでもないものができるのではないかと、セナリアンを見守り続けた。

 そして、一ヶ月を要し、ようやく完成したテーブルクロスに、皆は息をのんだ。

「ミミスから刺繍が得意だとは聞いていたが…」
「趣味です、趣味を見付けました」
「しゅ、み…」

 いや、これは職人が幾日も、もしくは多数で仕上げるレベルではないだろうか。正直、ここまでの刺繍だと、どのくらい掛かるのかがわからないレベルである。

「セナちゃん、素晴らしいわっ!何て才能なの!ベル、リルラビエ様、凄いですわね」
「素晴らしいでしょう!完成が楽しみで仕方ありませんでしたわ」
「はい、紋章だけでも素晴らしいと思いました」
「花は全て王宮にある花です。お父さまに調べてもらいました」

 父・ミミスは調べたりすることは、とてもきっちりしているので、珍しく役に立っている。

「えっ!!本当だわ、全部、そうね。凄い、もう言葉がないわ」

 花が好きな王妃は、王宮の花を管理し、すべて把握している。

「毒を消しの魔術も施してありますので、安心してお食事をしていただければと思います」
「いやいや、いやいやいや、これは食事をしてはならぬ品だぞ」
「ええ、そうよ!」
「駄目でしょうか…紋章は中央にあるので、そこに乗せなければ失礼ではないと思ったのですけど」

 セナリアンが珍しくしょんぼりしてしまっている。魔術を褒められることはあっても、刺繍はあくまでも趣味である、折角見付けた趣味は否定してはならない。それに気付いた王妃は珍しく焦った。

「いいえ、違うのよ!素晴らしすぎて。紋章も問題ないわ、ねえ、あなた。これはここぞの時に使うべきですわね」
「ああ、その通りだ。セナリアン、これはそうだな、外交の時に使うのがいいのではないか。なあ、クーリット」
「はい、相応しいと思います」

 陛下も年相応の顔をするセナリアンに、しどろもどろになってクーリットに話を振っている。クーリットはもはや敬礼でもしそうな勢いである。

「お母さま、素朴な方が良かったかしら?」
「そんなことないわ。素朴では王宮には合わないでしょう?今度は別の物にしたらどう?小物とか」
「う~ん」

「セナリアン、無理をすることはないが、また作ってくれるなら是非貰い受けたい」
「ええ、セナちゃん、私も是非欲しいわ」
「本当ですか!お世辞ではなくて?」
「お世辞などであるものか!」「ええ、そうよ、お世辞なんてレベルではないわ」
「ではまた今度は小さい物を作って来ますわ」
「ああ、楽しみにしている」「ええ、待ってるわ」

 クーリットに素晴らしいと絶賛されているセナリアンを横目に、国王夫妻はルシュベルに無理を言い過ぎたかと聞いたが、趣味を見付けたのが嬉しくて作り過ぎて、ルージエ家もコルロンド家にもたくさんあるので、今度は王家が貰ってくださいと微笑まれて、心が躍った。

 それからも小物から誕生日の贈り物まで、国王夫妻は互いに自慢しあっている。
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