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第6話

閑話 刺繍は趣味1

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 リスルートはもたれ掛かった陛下の背のクッションに目をやり、まさかと思った。

「父上!そのクッションは」
「ほお、あの子の腕前を知っておったか」
「リリアンネに聞きました。マージナルのタイもハンカチも独創的で素晴らしかったです。まるで生地に印刷されているかのようなものもありました」

 美しい紋章、白鳥だけを散りばめたもの、花や動物など、何種類も作られており、マージナルの父であるロジェール・グロー公爵も同じようなものをしており、思わず凝視してしまい、セナリアンから貰ったのですよと微笑まれて、手を広げ過ぎだろうとと思ったほどである。

 そもそも思い出してみれば、ミミス・ルージエ侯爵はよくタイやハンカチを褒められて、次女の趣味でして、へへへと笑っていたのを何度か目撃していた。私が何度か目撃したということは、頻繁に褒められていたことになる。

「そうであろう、これだけは執務室で使うために、依頼して作ってもらったが、他は誕生日やらに貰ったものだ」
「王家にもあったんですか」
「ああ、部屋にたくさんある!いいだろう?王妃も貰っておるぞ。毎回、自慢しあっておる。クーリットも貰っておるよな」

 自室にあったとは、成長してから入ることはなかった。

「はい、ハンカチやクッション、テーブルクロスも頂きました。毎回、妻が掲げて、邸内を自慢しながら、走り回っております」
「お前の妻は、やるだろうな、うん。そうだ!リスルートも見たことあるだろう、外交の時に使う紋章の入ったテーブルクロスを」
「はい…まさかあの赤い?」

 嘘だろう、二度ほどしか見たことはないが、鷲の紋章と周りに花々が刺繍されていたはずだ。厳重に扱われていたため、代々受け継がれた物だと思っていた。いや、今後国宝になる可能性は極めて高いだろう。

「ああ、あれが最初のプレゼントだ」
「最初?」
「ああ、クーリット、あれはいくつの時だったか?」
「確か九歳だったと思います」
「九歳…」
「魔術で強化したり、速さを上げたりはしているが、時間は掛かるがなくてもできる。王妃が実際に見たいと言い出して、横で見せて貰ったが、目を開いたまま固まっておったわ」
「リリアンネも図案だけで頭が火を吹くと言っておりました」
「私は刺繍をしたことがないから何とも言えぬが、刺繍をする者はそう言うだろうな。王妃もリボンを義母に見られて、ひん剥かれそうになったそうだ」
「あのお祖母様がですか」

 お祖母様は、カロノ侯爵家の妻であった。お祖母様は母とは違って、声を荒げることもなく、穏やかでゆったりした女性である。それがひん剥く姿が想像できない。

「今までにない早さだったそうだ。柄が問題だったんだよ、セナリアンがな、母、今はお前の義理の母でもあるな。ルシュベル夫人に聞いたんだそうだ、王妃様は何がお好きかしらとな」
「はい、母上なら薔薇とか、花でしょうか」
「うん、まあ息子ならそう思うが、夫人はなぜか王妃ではなく、王妃の父、義父の好きなものを伝えたのだよ。たまたま思い浮かんだんだろうな」
「ああ、なるほど、馬でしたか…」
「ああ、馬だ。セナリアンは疑いもせずにリボンに刺繍して、プレゼントしたんだ。王妃も義父ほどではないが、馬好きだから、困惑されることはなかったんだが。義父に自慢しようと思って、実家に行く際に付けて行ったんだ」
「欲しがったんですね、お祖母様。お祖父様が大好きですからね」

 お祖父様の一番は馬、お祖母様の一番はお祖父様、お祖父様の好きな馬のリボン、欲しいとなったわけだ。

「ああ、セナリアンが作っていることは別に伏せることでもなかったからな。頼んで作って貰っておったわ。それよりも厄介だったのは義父の方だったんだ。ルージエ夫妻とセナリアンを呼んで、愛馬を紹介して、愛馬のタイやらハンカチやら、枕カバーなんかも作ってもらったそうだ。セナリアンが愛馬をスケッチをした絵も欲しいと言い出して、飾ってあるのを見たことないか?」
「嘘でしょう!あれもセナリアンが?」
「そうだ、上手だろう?スケッチする横でまるで執事のように、祖父のように引っ付いていたそうだ。さすがに王妃がルージエ家にごめんなさいと謝っておったよ。でもまあ、そもそものきっかけはルシュベル夫人だからな」

 現在、カロノ侯爵家は王妃の弟・トレーノが継いでいる。

「この前、グロー公爵も付けてらっしゃったので、着々と浸食しているなと思っていたら、そんなに前から浸食していたんですね…」
「別に構わんだろう、儂らはお前より先にルージエ家と親しいのだから。そこのかわいいお嬢さんに貰っただけだぞ?誰かとは言っていないが、実際にそう言っている」
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