ある運転手の愚痴

雨雲之水

文字の大きさ
上 下
1 / 1

ある運転手の愚痴

しおりを挟む
 道を走るトラック、安全運転だ。車はすべからくそうでなくてはならないが、彼の運転はことさらに慎重を極めている様に見えた。
 ふと先を見ると道のわきに車が、さらにパトカーに救急車も見える。どうやら事故の様だった。

「はぁ、またかよ。」

 運転手がため息を吐く。

 車の運転を生業としている者にとって、交通事故程見たくない物もない。明日は我が身かも知れないと思うと、気が滅入りもする。

「こうも事故が多いと嫌になっちまうなぁ。」

 そう、今日だけでも3回彼は交通事故を目撃している。今日だけではない。毎日最低でも1回は交通事故を拝んでいるのだ。しかしそれはなにも彼に限った話ではない。

「大体あいつらが悪いんだよ、異世界か何か知らねぇけどさ。」

 しばらく前に話題になったニュース。それは異世界に転生したものがこの世界に帰って来たと言うものだった。

「向こうじゃ英雄だか何だか知らねぇけど、こっちじゃ大悪人だぜ。」

 異世界から帰って来たと言う者たちは、そろってこの世界で死んだ者達だったという。しかもその方法は多岐にわたり、中にはトラックに轢かれたというものまであったのだからたまらない。

「おかげでこちとら毎日ヒヤヒヤよ。……おっとぉ!」

 とっさに彼はブレーキを踏みこむ。道のわきから若者が一人、こちらに跳び出そうとしていたのだ。

「気をつけろっつったって、あいつら聞きやしねぇしなぁ。」

 異世界のゲートを通って帰って来たと言う者達。当然ニュースに流れ、彼らはインタビューに答えた。剣と魔法の世界、栄誉、名声。この世界で得た知識があれば異世界では一気に歴史的偉人になれるのだそうだ。
 そしてその話の所為で、今自殺者が急増していると言う。未来の進展に希望が見えない者や、現状に不満があったり病気で先が長くない者。いや、そればかりか普通の老若男女全ての人が隙あらば死のうとしている。

「あいつらは死ねればそれでいいかも知れねぇけどよ、轢いたコッチはたまったもんじゃねぇよ。」

 本当に異世界に行けるのか、そして行った所で豊かな生活が手に入るのかどうかはともかく、今よりはマシと考える者が多いのが確かだった。おかげで死者の数は日に日に増えている。先ほどの事故も、恐らくその類だろう。

「しっかし、そんなにこの世が嫌かねぇ、あいつら。」

 剣と魔法の世界と言われても彼にはピンと来なかったし、映画や何かで見たファンタジー世界の暮らしも、別段彼の興味は惹かなかった。

「剣っつったって、この世界には銃がある。魔法ってったって、異世界の奴等から見ればこのトラックだって十分魔法みたいなものだろう。スマホや飛行機、家のライトだってそうだろうに。」

 そんな愚痴をいいながら、彼はトラックを走らせる。道中転生志願の飛び込みに注意しながら。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

新社会人、痴漢にあう!

まり
大衆娯楽
私が遭遇した痴漢達。 貴方なら、どう触る? 貴女はどう触られた?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

スカートの中、…見たいの?

サドラ
大衆娯楽
どうしてこうなったのかは、説明を省かせていただきます。文脈とかも適当です。官能の表現に身を委ねました。 「僕」と「彼女」が二人っきりでいる。僕の指は彼女をなぞり始め…

伝説のパーティ!~王子アルベールとその仲間達は如何にして伝説と謳われる様になったか~

雨雲之水
ファンタジー
 世界は平和だ。50年以上戦争も無いし、国は富んでいる。  アルベール、私の名前だ。この国、リッシュモン王国の第三王子なのだが、どうも退屈な毎日に辟易している。  毎日の武術の稽古や魔術の勉強。それらは決して嫌では無いが、何と言うか窮屈だ。だからここ最近は王宮を抜け出して街を散策している。  とは言っても、市などで買い食いをする程度だが。それでも十分だ。羽を伸ばせる。  このまま行けば王弟か。まぁ悪くはない人生なんだろう。けれど、それも何か私の望む人生とは違う様な気がするのだ。  贅沢を言っているのだろうとは思う。だが、王子だからと言って、決してその他になれないと言うのはどうなのだろうか?まぁ、じゃぁ何になりたいんだと言われると困ってしまうんだが。  今は見つからないが、いずれ何か見つかるかもしれない。そうしたら、私の人生もワクワクするようなものに変わったりするんじゃないだろうか?  おとぎ話にでてくる英雄の様な波乱万丈な人生、とまではいかなくて良いけれど、面白い、楽しいと思えるような毎日が。  ・・・市での買い食いも、毎度ではひねりがないな。今日は何処か別の所に行ってみよう。  何か私の人生を劇的に変えてくれるような。そんな出会いは無いものだろうか。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...