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それは夜を統べるもの

更に戦う者たち

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「おぉぉらあぁー!」



 目にもとまらぬ速さで狼少女が駆け抜ける。ニーグルムとの間は一瞬で埋まり、ジルベルタは右の拳を前に出す。



「おーっとと、速いね狼ちゃん。でも駄目駄目さ。力が上がって速さもけた違いなんだろうけど、私が対応できない速さじゃないよ。」



 しかしニーグルムはジルベルタの拳を難なくかわす。分かってはいた事だが、やはりジルベルタの攻撃は単調だ。いくら素早く動けると言っても、これではニーグルムにかすりもしないだろう。



「一発で倒そうとするでない、狼。アスワドはどうやってそなたに攻撃を当てていた?ほれほれ思い出せ。思い出せぬようなら、私がとくと教えてやろうぞ。」



 少女がにやりと笑って手をジルベルタに向ける。



「!こいつは。」



 少女が手を向けた瞬間、ジルベルタが何かを悟った様だった。次の瞬間、ジルベルタの動きは見違えるようなものになる。



「くそ、魂に門を直接つないで情報を流したな。でも駄目さ、アスワドの形意拳を私は知っている。それなら見てから避けられる!」



 セリエやミリアムの魔術をアロンダイトで斬りながら、ジェラールのガラティンを易々と避けながら、ニーグルムは余裕の表情を取り戻していく。



 ニーグルムはステップと小さい円の動きで以てアルベール達に対応している。彼の防御は鉄壁だ。アロンダイトと言う武器に目を奪われがちになるが、ニーグルム本人の強さもまた確かなものなのだ。



 しかし



「せいやっ!」



 ジルベルタが細かいステップからニーグルムに接近する。タイミングはジェラールの攻撃を避けた瞬間だった。彼女はニーグルムの懐深く入り込むとそのままの勢いで腰を落とし、真っ直ぐにニーグルムを突いた。



「うげぇっ!」



 その実直な動きは確かに武術。しかしそれは形意拳では決してない。ジルベルタが使った武術、それは正に空手であった。



「どうだ!」



 ジルベルタの正拳をまともに受け、ニーグルムの体はくの字に曲がった。アスワドの使っていた形意拳であったならば、技に入る前の大勢でおよそ何が繰り出されるか分かる。それならば多少無理な体勢からでも避ける自信はあった。

 しかし、実際にジルベルタが使ったのは空手。全く違うと言い切って良いのかどうかはともかく異なる武術だ。それが一瞬判断を遅らせた。



「ぐうぅ、形意拳かと思いきや空手・・・意地の悪い事をするねぇ。私をだますためにあんなことを言ったって訳かい?」



 腹を手で押さえてニーグルムは言う。倒れなかったのが不思議なくらいだ。



「意地悪なのはお互い様であろう?ほれほれニーグルム、私なんぞを見ていて良いのか?早う体勢を立て直さんと、ほれ来るぞ来るぞ、狼が来るぞ?」



 その言葉と同時に、ニーグルムを回し蹴りが襲う。すんでの所でかわすものの、蹴り足から聞こえる風切り音に思わず冷や汗が出る。



「どうしたどうしたニーグルム。狼ばかりを気にしていると、白銀の騎士がお出ましになるぞ?」



「くぅっ。」



 ニーグルムは迫りくるジェラールから逃れようと後ろに飛び退こうとする。



「ウォール!」



 しかしそれはならなかった。今まで遠巻きに壁を作っていたアルベールが、ニーグルムが飛び退くタイミングで彼の真後ろに壁を張ったのだ。

 例えニーグルムがその手に持つアロンダイトで魔術をどうにか出来ても、これではどうしようもない。正面にジェラール、側方にジルベルタ、真後ろに壁。どれから当たるのが正解なのか、ニーグルムは即断する。



 それは正面のジェラール。アロンダイトならばジェラールのガラティンを受け止められる。その瞬間ジルベルタの攻撃を貰う事になるだろうが、死にはしない。



「その首貰ったぞ、ニーグルム!」



 ジェラールが渾身の力を込めてガラティンを振りぬく。ニーグルムもまた腕に力を込め、アロンダイトでそれを受け止めようとする。



「目に見えぬ魔力の茨で絡みとれ、掴んで離すな彼の者の腕。バインド!」



 マリオンの魔法がニーグルムの腕に絡みつく。



「腕が!?くそっ!馬鹿な、私は黒き者、その化身だぞ!その私が、こんな下らない人間なんかに?」



 腕を動かせなかったのは一瞬だけだった。しかしその一瞬は彼の全てを永遠に奪い去る事になった。



「学ばぬのぅ。その下らない人間にまんまとやられてここに来たのは、、他ならぬそなたらであろうに。」



 少女が呆れて言う。




「ふむ、かつてない強敵であった。しかし、試練に打ち勝ってこそ騎士なのだ。」



 真っ直ぐに振り下ろされたガラティンを鞘に納めジェラールが言う。ニーグルムは肩から袈裟懸けに真っ二つにされ黒い煙となって虚空に消えた。アロンダイトだけをそこに残して。
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