王道くんと、俺。

第五章

１０

嫌がる相手を無理やり襲って頬まで打つような、悪意に満ちた気持ちの悪い笑顔を浮かべてる奴なのに。

だけど、俺を見上げる郁人の手が震えてることに気が付いた。


「……郁人の頼みだから、今は見逃す。でも次は無い。消えろ」

「はいはい、おっかなーい会計様のご命令には喜んで従いましょうっと。じゃあねぇ千賀くん、また今度ゆっくり俺と遊ぼうねー」


今度なんて無い。
郁人がお前といるのを嫌がってる。
だから、今は目の前から消えろと言っただけ。
お前たちが郁人にしたことを、俺は絶対に許さない。もう一人の奴の顔も覚えたし、全校生徒のデータと照合すれば名前もクラスも全て分かる。それくらい簡単。

――誰も、通報しないとは言ってない。


去っていく二人を睨んでいると、後ろから郁人のうめき声がした。
慌てて振り返れば、地面に両手をついてぷるぷるしてる。可愛い。


「ど、どうしよう。立てない……っ」

「おんぶとお姫さま抱っこ、どっちが良い」

「えっ、どっちも遠慮します？」

「分かった。少しだけ我慢して、郁人」

「はい？　ちょ、待ってノア、うおぉっ――ぐふうっ！？」


多分、腰が抜けて立てないのだろう。
眉がへにょっとして涙目だしほっぺも赤いし、頑張る姿は生まれたての子鹿みたいで可愛いから、本当はしばらく眺めていたかった。
でもまた誰かが来るかもしれない。

……何となく、今の郁人を誰にも見られたくないと思った。
きっと郁人も見られたくないよね。
そうだ、急いで温室へ行けば良い。あそこなら安心出来るから。

おんぶも抱っこもダメみたいだし、仕方なく肩に担いで歩きだす。
郁人がちょっと苦しそう？

ああ、早く温室へ行かなくちゃ。



＜埜吾　視点・終わり＞

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