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冬
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未完成品の絵。それはバベルの塔。人を積み重ねたバベルの塔。死んだように無気力な人たちが存在するのは、自分のためではなく権力者のため。
そしてそのバベルの塔を作っている人の中に私もいる。権力者のために作られた私もパズルの一ピースだと思っていた。
しかし隣にいる彼はそうは言わない。
「お前が好きだ。」
嵐はそう言って私の目線までかがんだ。
たぶん普通の女性ならうっとりするのだろう。こんなに美しい人に言い寄られているのだから。でも私の心には一人の人しかいない。
どんなに言い寄られても私には彼の気持ちに答えることなど出来ないのだ。
「…ご…。」
視線を逸らし、その気持ちを断ろうとしたときだった。
ピンポーン。
部屋のチャイムが鳴った。
「誰だ。こんな時間に。」
嵐は舌打ちをして、壁に掛けられているインターフォンに向かった。受話器を取ると、何か話していた。
インターフォンから離れると、玄関の方へ向かう。そして再び部屋に訪れたとき、その後ろには楓の姿があった。
「楓?」
「元気にしていたようだ。良かった。」
彼は微笑んで、そして真顔になる。対峙しているのは、自分の兄だった。
「社長。」
「今はプライベートだ。いつも通り呼んだらどうだ。」
「わかりました。では、兄さん。」
「何だ。」
「いつまで周をここに置いておくのですか。」
「…必要か?仕事上には何の支障もないだろう。」
「ありませんが、いろいろと困ることもあります。」
「お前が困るのか。それとも違うモノが困るのだろうか。」
そう言って嵐は、テーブルに置いてあったたばこに手を伸ばした。一本取り出し口にくわえると、火を付ける。
「どちらもです。」
「どちらもときたか。」
少し笑い煙を吐き出す。
「お前はこいつを嫁に貰うつもりだろう。」
「…。」
「だから私が進めている見合いの話も全部断っているのだろう。」
見合いなどを進められていたのか。楓の様子が少し前からおかしいと思っていたのは、そのせいだったのかもしれない。
「そのとおりです。でも周にその気はない。」
「結婚する気はなくて、恋人同士でいたいのか。そんな状況でもないのにな。」
嵐の答えに、楓はふっと笑顔になった。
「何がおかしい。」
「いいえ。兄さん。あなたは少し勘違いをしているようです。」
「勘違い?」
タバコの火を消して、嵐は私を見た。
「僕は周の恋人じゃない。」
「…では誰がこいつの恋人なのだ。」
楓が足を進めたのは、玄関だった。そして連れてきたのは、私がずっと会いたいと思っていた人。
「律…。」
彼に駆け寄り、私は差し出された腕に飛び込んでいった。
「絵の具臭い。お前。」
「さっきまで描いていたもの。」
律の匂いがする。タバコとコーヒーの匂い。イヤな匂いじゃない。彼の匂いだから。温かさだから。
実際会っていない期間は一ヶ月ほどだったに違いない。だけど、何年も会っていないようだった。
「こいつか?こいつが周の恋人だというのか。」
抱きしめあっていたので音しか聞こえないが、嵐の足音がこっちに向かってきているのがわかった。
「所詮、上田登の影武者だ。こんな奴に何も出来ないだろう。周。目を覚ますんだ。」
「目を覚ますのはあなただ。」
珍しく楓の厳しい声が聞こえる。その声で足音が止まった。
「律…。」
律の腕の力が強くなる。まるでその兄弟喧嘩を見せまいとしているようだ。
「僕もずっと周が好きだった。でも周はずっと律が好きで、律も周が好きだった。その事実を僕はずっと認めたくなかった。」
「…。」
「人を好きになるのは条件じゃない。権力でもないんだ。」
珍しく説教臭いことを楓が言っている。だけどその言葉は果たして嵐に通用するのだろうか。
「楓。」
笑い声が聞こえる。そして再び足音が聞こえた。
「いつから私に説教できるくらい偉くなった。正妻の子供でもない、外で産まれた子供のくせに。…もっともお前が父の子供だという証明もないがな。」
「兄さん。」
そのとき私の耳に低い声が聞こえた。
「合図で逃げる。」
わずかに動く首でうなずくと、静かにそのときを待った。
パン!
何かを叩く音がした。おそらく嵐が楓を殴ったのかもしれない。その瞬間、律の腕が私の背中をぽんと叩いた。合図だ。
抱きしめている腕をゆるめ、律は私から離れる。そして手を取り合い、部屋の外へ出ていった。
「周!」
嵐の声が聞こえる。廊下を走ってエレベーターに向かって走っていった。
もう少し、もう少しで逃げられる。そのときだった。
ぐっと片方の手を捕まれた。それに気がついて律も足を止めた。
「…沖田さん…。」
エレベーター手前の部屋から出てきたのは、沖田さんの姿だった。彼は私の手を引いて、部屋の中に入れようとした。しかし律がそれを許さなかった。
「くそ。」
「しぶといですね。」
私はそのとき再び断末魔の声というモノを聞いてしまった。
「わあああ!」
律の手が離れそうになり、私はその手を引っ張る。
「引っ張らない方がいい。こっちへ来るのだったら、体ごと持ってきてください。」
ぼそっと沖田さんは私にいう。私は痛がっている律をいわれたとおり体ごと部屋に入れた。
そしてそのバベルの塔を作っている人の中に私もいる。権力者のために作られた私もパズルの一ピースだと思っていた。
しかし隣にいる彼はそうは言わない。
「お前が好きだ。」
嵐はそう言って私の目線までかがんだ。
たぶん普通の女性ならうっとりするのだろう。こんなに美しい人に言い寄られているのだから。でも私の心には一人の人しかいない。
どんなに言い寄られても私には彼の気持ちに答えることなど出来ないのだ。
「…ご…。」
視線を逸らし、その気持ちを断ろうとしたときだった。
ピンポーン。
部屋のチャイムが鳴った。
「誰だ。こんな時間に。」
嵐は舌打ちをして、壁に掛けられているインターフォンに向かった。受話器を取ると、何か話していた。
インターフォンから離れると、玄関の方へ向かう。そして再び部屋に訪れたとき、その後ろには楓の姿があった。
「楓?」
「元気にしていたようだ。良かった。」
彼は微笑んで、そして真顔になる。対峙しているのは、自分の兄だった。
「社長。」
「今はプライベートだ。いつも通り呼んだらどうだ。」
「わかりました。では、兄さん。」
「何だ。」
「いつまで周をここに置いておくのですか。」
「…必要か?仕事上には何の支障もないだろう。」
「ありませんが、いろいろと困ることもあります。」
「お前が困るのか。それとも違うモノが困るのだろうか。」
そう言って嵐は、テーブルに置いてあったたばこに手を伸ばした。一本取り出し口にくわえると、火を付ける。
「どちらもです。」
「どちらもときたか。」
少し笑い煙を吐き出す。
「お前はこいつを嫁に貰うつもりだろう。」
「…。」
「だから私が進めている見合いの話も全部断っているのだろう。」
見合いなどを進められていたのか。楓の様子が少し前からおかしいと思っていたのは、そのせいだったのかもしれない。
「そのとおりです。でも周にその気はない。」
「結婚する気はなくて、恋人同士でいたいのか。そんな状況でもないのにな。」
嵐の答えに、楓はふっと笑顔になった。
「何がおかしい。」
「いいえ。兄さん。あなたは少し勘違いをしているようです。」
「勘違い?」
タバコの火を消して、嵐は私を見た。
「僕は周の恋人じゃない。」
「…では誰がこいつの恋人なのだ。」
楓が足を進めたのは、玄関だった。そして連れてきたのは、私がずっと会いたいと思っていた人。
「律…。」
彼に駆け寄り、私は差し出された腕に飛び込んでいった。
「絵の具臭い。お前。」
「さっきまで描いていたもの。」
律の匂いがする。タバコとコーヒーの匂い。イヤな匂いじゃない。彼の匂いだから。温かさだから。
実際会っていない期間は一ヶ月ほどだったに違いない。だけど、何年も会っていないようだった。
「こいつか?こいつが周の恋人だというのか。」
抱きしめあっていたので音しか聞こえないが、嵐の足音がこっちに向かってきているのがわかった。
「所詮、上田登の影武者だ。こんな奴に何も出来ないだろう。周。目を覚ますんだ。」
「目を覚ますのはあなただ。」
珍しく楓の厳しい声が聞こえる。その声で足音が止まった。
「律…。」
律の腕の力が強くなる。まるでその兄弟喧嘩を見せまいとしているようだ。
「僕もずっと周が好きだった。でも周はずっと律が好きで、律も周が好きだった。その事実を僕はずっと認めたくなかった。」
「…。」
「人を好きになるのは条件じゃない。権力でもないんだ。」
珍しく説教臭いことを楓が言っている。だけどその言葉は果たして嵐に通用するのだろうか。
「楓。」
笑い声が聞こえる。そして再び足音が聞こえた。
「いつから私に説教できるくらい偉くなった。正妻の子供でもない、外で産まれた子供のくせに。…もっともお前が父の子供だという証明もないがな。」
「兄さん。」
そのとき私の耳に低い声が聞こえた。
「合図で逃げる。」
わずかに動く首でうなずくと、静かにそのときを待った。
パン!
何かを叩く音がした。おそらく嵐が楓を殴ったのかもしれない。その瞬間、律の腕が私の背中をぽんと叩いた。合図だ。
抱きしめている腕をゆるめ、律は私から離れる。そして手を取り合い、部屋の外へ出ていった。
「周!」
嵐の声が聞こえる。廊下を走ってエレベーターに向かって走っていった。
もう少し、もう少しで逃げられる。そのときだった。
ぐっと片方の手を捕まれた。それに気がついて律も足を止めた。
「…沖田さん…。」
エレベーター手前の部屋から出てきたのは、沖田さんの姿だった。彼は私の手を引いて、部屋の中に入れようとした。しかし律がそれを許さなかった。
「くそ。」
「しぶといですね。」
私はそのとき再び断末魔の声というモノを聞いてしまった。
「わあああ!」
律の手が離れそうになり、私はその手を引っ張る。
「引っ張らない方がいい。こっちへ来るのだったら、体ごと持ってきてください。」
ぼそっと沖田さんは私にいう。私は痛がっている律をいわれたとおり体ごと部屋に入れた。
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