守るべきモノ

神崎

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 店内はおそらくトークショーに客を取られている。さっきよりも閑散としているはずだ。だから表から伊織の声と泉の声の楽しそうな声が時折聞こえる。いらいらしながら大和箸込みのための野菜を切っていた。
 どんな関係なのかは知っている。小泉倫子の所で一緒に間借りをしている同居人同士だ。だが三十代前後の健康な男女だったら何があってもおかしくないだろう。それにきっと泉の何もかもを知っているのだ。風呂上がりも、食事をするときも、寝起きだって知っているのだろう。そう思うと腹が立つ。
「赤塚さん。」
 急に泉が顔をのぞかせて声をかけられたので、包丁を止めた。
「何?」
「野菜サンドいけますか?」
「一つ?」
「はい。」
「わかった。」
 そう言うと素っ気なくまた表に戻る。まな板にパンを二枚。バターを塗って、キュウリやレタス、トマトなどの野菜とハムを乗せながらため息を付いた。
「あの温泉良かったね。また馬に乗りたい。」
「泉は運動神経いいよね。俺、昔牛に乗ったことがあってさ。」
「牛車みたいなの?」
「うん。」
 野菜サンドが出来て、表に出てくる。コーヒーを淹れながら、伊織はじゃまにならない程度の会話をしているようだ。
「野菜サンド。上がり。」
「ありがとうございます。」
 泉はそう言ってトレーに野菜サンドとコーヒーを乗せると、カウンターを出て行った。その間大和は伊織をみる。少し色が黒くて、わずかに髪の毛が茶色い。ちゃらそうに見える男だ。
「何時までトークショーってするんですか。」
 伊織は大和にそう聞くと、大和は時計を見て言う。
「三時くらいまでかな。」
「普段、いつも三人で?」
「いいや。今日は忙しいのは目に見えてたから、様子を見に来てそのまま入ったんだよ。店長が来てしばらく様子を見たら帰るわ。俺、今日休みだったんだけどな。」
「へぇ……休みなのに大変ですね。」
 コーヒーを口にして、伊織は手元にあるタウン誌に目を落とした。あまり関心はないようだ。
「馬に乗ったのか?」
 その言葉に伊織がタウン誌から目を離して大和をみる。
「えぇ。去年、泉と温泉に行って。」
 男と女が二人で温泉へいく。それがどんな意味なのか、大和でもわかることだ。しかし戸惑ってしまった。
「え……。」
「あぁ、少し前までつきあってて。」
 恋人同士だったのか。なのに今は解消しているのだろう。そしてそれからも同居人というスタンスを保ってる。それでよく冷静に生活が出来るものだ。
 すると泉がカウンターに戻ってきた。
「何を話しているの?」
「ちょっと前に泉とつきあったことがあるって。」
「そうね。でも別れた方が自然につき合えてるかな。」
「そうだね。」
「伊織は彼女居ないんだっけ。」
 彼女と言われて、伊織は少し戸惑った。芦刈真矢を思いだしたからだ。だが真矢とは特に恋人同士というわけではない。それにまだセックスはしていないのだ。
 部屋へ行ってキスをすることはある。だがそれ以上をお互いが求めようとしていないのだ。
「いないな。今は欲しいとも思わないし。」
「もてるんだろうに。」
 嫌みのつもりで大和は言った。なのに伊織は少し苦笑いをして言う。
「言い寄られてもあまりこう……その気にならないと言うか。」
 草食系の男というわけだ。一晩限りとか、体だけのつきあいがあるような女がいる大和には、よくわからない感覚だった。
「伊織はさ……。」

「きゃああああ!」

 階下から叫び声が聞こえた。そしてざわめく声。それまでの空気が一変し、客がざわめいた。。
「何?」
「慕ってトークショーをしていたよね。何かあったのかしら。」
 トークショーと聞いて、泉の顔色が悪くなる。トークショーには倫子がいるはずだ。まさか倫子に何かあったのだろうか。そう思うといてもたってもいられない。泉は手に持っていたトレーをカウンターにおくと、そのまま階下へ行こうとした。だがそれを大和が肩をつかんで止める。
「阿川、行くな。」
「倫子に何かあったかもしれない。行かせて。」
 すると伊織も首を横に振る。その間にも階下は悲鳴のような女性の声、子供の泣く声が聞こえる。
「警察まだか?」
 大和が階下をのぞくと、そんな声が聞こえる。警察とはずいぶん物騒な言葉だ。やはり何かあったのだろう。
「お客様。ちょっとこの場を離れないでください。事情を聞いてきます。お急ぎの方はいらっしゃいませんか。」
 冷静に大和がそう聞くと、その場にいた客は首を横に振った。
「阿川。お客様をなるべく階段から遠ざけて。」
「赤塚さん。」
「俺は下を見てくるから。」
 そういって大和は階下に降りようとした。しかし下から礼二がやってきた。エプロンを持たないまま駆け上がってきたようだ。
「店長。何があったんだ。」
 すると礼二は首を横に振って客に言う。
「階下のお客様は順番に外に出てもらっています。お客様も並んですぐに出てください。」
 まずは状況よりも客の保身の方が大事だ。そう思って礼二は客を促す。そして奥にいる泉に駆け寄った。
「阿川さんはお客様を誘導して。」
「何があったんですか?」
 すると礼二は伊織や泉を見て言う。
「荒田先生と倫子さんが襲われたんだ。」
「襲われた?」
 泉の足がガクンと崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。それを支えるように伊織が手をさしのべて礼二に聞く。
「怪我は?」
「今、救急車と警察が来ているけれど、どちらも大したことはない。大丈夫。」
 すると階下からまた叫び声が聞こえる。
「離して!こんなヤツ!死ねばいいのよ!あたしもそのあと死ぬんだから!」
 女の声だった。こんなヤツというのはどちらのことを言っているのだろうか。泉の心は焦っていた。伊織の手をぎゅっと握る。すると伊織もその手を握った。
「大丈夫。大したことはないって言ってた。」
「倫子……。」
 泉の目に涙が溜まっていた。手を握る伊織の声すら耳に届いていないようだった。
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