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階下が騒がしいと思いながら、泉はコーヒーを運んでいた。どうやら今日は作家によるトークショーがあるらしい。たまに写真集を出すアイドルなどが、同じようなトークショーをすることもあるがここまで騒がしいことはない。おかげで店も客がひっきりなしだった。
「すいません。」
「はい。少々お待ちください。」
忙しければ都合が良い。礼二と目を合わせることもないからだ。礼二も黙々とオーダーをこなしているが、そのオーダーもとぎれることはない。
「ねぇ。今日って荒田夕さんと誰が来るんだっけ。」
「小泉倫子って人。」
「あぁ。「白夜」の?映画面白かったよねぇ。他は?」
「わかんない。あまり詳しくないけど。」
やはり作家の中で有名なのは倫子や荒田夕なのだ。若くて、才能があって、そんな人が注目されるのだろう。だが今日は作家でも重鎮の人もいる。そんな人には興味がないのだろうか。池上と言う作家の作品も映像化はされているのに。
「お待たせしました。ブレンドと、カフェラテ。パウンドケーキです。」
中には泉と大和を目当てに来る女性たちも居たようだが、大和は今日は来ない。あらか様にがっかりしているようだ。
「いらっしゃ……。」
言い掛けて、泉は動きが止まった。そこには大和の姿があったからだ。
「よう。大丈夫か?」
「見ての通りですよ。」
大和は意地悪そうに笑い、泉の方にぽんと手を置く。すると女性たちがそれに目を留めて黄色い声援を送った。だが大和はそれを無視するように、カウンターへ向かう。
「店長。手伝おうか?」
「今日は休みじゃないんですか?」
「本社はな。でもこの状況は想像できてた。着替えてくるよ。」
このままではオーダーに時間がかかってしまう。そう思って礼二は大和に頼む。
「お願いします。」
すると大和はちらっと泉を見て、また階下に降りていった。なんにしても今は人手が欲しい。礼二はそう思いながら、またオーダーをこなしていた。
「阿川さん。四番さん上がり。」
「はい。」
トレーに紅茶のポットとサンドイッチ、コーヒーを乗せると集中するように泉はいつも通りに動いていった。
しばらくして大和が制服を着てやってきた。大和はフードやコーヒーを入れたり、表に出たりして二人のカバーを上手くしている。それに泉と一緒にいると、やはり女性たちがカメラを向ける。いい加減飽きてもらえないだろうかと泉はうんざりしていた。
やっと一段落ついて、席も空席が見えてきた。時計を見ると十三時。十三時三十分からトークショーが始まるらしい。だから客は階下に集中するのだ。
「すげぇな。この洗い物の山。」
大和は驚いて裏から出てきた。すると礼二は少し笑って言う。
「仕込みが足りそうにないですね。パウンドケーキはともかく、カップケーキははけてしまったし。」
「カップケーキは時間をおかなくて良いから、ちゃっと作れよ。表でも出来ねぇことは無いだろ?」
「はい。」
「阿川は休憩な。」
「え?」
カップや皿を持ってきた泉は驚いて大和を見る。
「だいたい片づけは終わってるなら、あとはこっちがする。店長は仕込みをしてもらって俺は表をするから。」
「えっと……三十分で戻ります。」
「ばーか。一時間って決まってんだろ?ちゃっと行ってこい。」
そういって少し笑った大和は、泉の背中を押すように階下に送り出す。噂では聞いていたが、確かに体に触れたり声をかけたりするのが多い。礼二とは恋人だが、店の中ではそんなことは関係ないので節度を守っているつもりだ。だが大和はその辺が緩い気がする。これでは誤解をされるのは当たり前かもしれない。
「赤塚さん。」
キッチンへ行こうとした礼二は大和に声をかけた。
「何だよ。」
「あまり誤解されるようなことは止めて欲しいんですけど。」
「……何?誤解って?」
スキンシップの度合いが緩い人もいる。だが潔癖な人はそうはいかない。忠告の意味を込めて礼二は大和に言ったのだ。
「確かに男同士のカップルに見えないこともない。だけど、その誤解に拍車をあなたはかけてると思います。」
「これくらい普通だろ?それともあんたと誤解されてねぇから、いらついてんのか?」
「そうかもしれませんね。」
隠さないな。大和はそう思いながらトレーにつまようじや紙ナプキンを乗せる。
「……あんたの方が年上だっけな。」
「そうですよ。」
「でも俺の方がたぶん経験値は上だし、あんたの自己満足で好きにされてる阿川よりも大事に出来ると思うけど。」
その言葉に礼二は思わずケトルを置いて、大和の方をみる。
「は?」
「言葉の通りだよ。お前よりも俺の方が大事に出来る自信がある。」
好きなのだ。それがわかって思わず詰め寄りそうになった。だが大和はにやっと笑うと、顎で淹れているコーヒーを指す。
「それもう外せ。」
ドリッパーをあわてて外して、カップを用意する。もうカップも残り少なくなった。
「提供が先だな。」
そういってつまようじや紙ナプキンを避けると、カップに淹れたコーヒーと伝票を手にフロアに戻っていった。
階下へ行くと、人でごった返していた。新刊を置いている棚が避けられ、そこにステージが作られている。その周りに人が集まっていたのだ。
まだステージには誰も居ないと言うのに、熱心なファンはなるべく前で作家たちをみたいと思っているのだろう。特に荒田夕は芸能人のような扱いだ。女性の姿も多い。
そう思いながら、泉はバックヤードに入っていった。バッグヤードはあまり広くないのに、関係者でごった返しているようにみえる。さっさとバッグだけもって外へ行ってしまおうと思ったときだった。
「泉。」
声をかけられて振り返ると、そこには倫子の姿があった。化粧を濃いめにして、襟刳りが広く開いた服からは入れ墨が見える。
「倫子。表もすごい人だよ。」
「私じゃないわ。そっち目当てでしょ?」
そういって奥にいる荒田夕をみた。荒田夕は相変わらずテレビの取材を受けているらしい。カメラの前で笑顔を振りまいていた。
「一時ですよ。小泉先生。」
座っている初老の男が声をかけた。その顔に泉は思わず声を上げた。
「池上雅也先生ですよね。ファンなんです。」
「あぁ。こんな若いお嬢さんに言われるのは悪い気はしないね。」
「あら、池上先生。私もファンだと言ったのに。」
すると池上と言われた男は苦笑いをする。
「かなわないな。小泉先生には。」
そのとき倫子の方にふわっと温かいモノが被さった。驚いて振り向くと、そこには春樹の姿がある。
「さすがにジャケットを羽織ってもらえますか。今日、人が多いんですよ。」
「店内って暖かいんでしょう?ライトも当たってるし。暑いと思うんですけど。」
「それでもですね……。」
この二人がつきあっていると誰が思うだろう。外では担当者と作家だというスタンスは変えないらしい。
自分も礼二とそう見えるのだろうか。泉は少し不安になった。
「すいません。」
「はい。少々お待ちください。」
忙しければ都合が良い。礼二と目を合わせることもないからだ。礼二も黙々とオーダーをこなしているが、そのオーダーもとぎれることはない。
「ねぇ。今日って荒田夕さんと誰が来るんだっけ。」
「小泉倫子って人。」
「あぁ。「白夜」の?映画面白かったよねぇ。他は?」
「わかんない。あまり詳しくないけど。」
やはり作家の中で有名なのは倫子や荒田夕なのだ。若くて、才能があって、そんな人が注目されるのだろう。だが今日は作家でも重鎮の人もいる。そんな人には興味がないのだろうか。池上と言う作家の作品も映像化はされているのに。
「お待たせしました。ブレンドと、カフェラテ。パウンドケーキです。」
中には泉と大和を目当てに来る女性たちも居たようだが、大和は今日は来ない。あらか様にがっかりしているようだ。
「いらっしゃ……。」
言い掛けて、泉は動きが止まった。そこには大和の姿があったからだ。
「よう。大丈夫か?」
「見ての通りですよ。」
大和は意地悪そうに笑い、泉の方にぽんと手を置く。すると女性たちがそれに目を留めて黄色い声援を送った。だが大和はそれを無視するように、カウンターへ向かう。
「店長。手伝おうか?」
「今日は休みじゃないんですか?」
「本社はな。でもこの状況は想像できてた。着替えてくるよ。」
このままではオーダーに時間がかかってしまう。そう思って礼二は大和に頼む。
「お願いします。」
すると大和はちらっと泉を見て、また階下に降りていった。なんにしても今は人手が欲しい。礼二はそう思いながら、またオーダーをこなしていた。
「阿川さん。四番さん上がり。」
「はい。」
トレーに紅茶のポットとサンドイッチ、コーヒーを乗せると集中するように泉はいつも通りに動いていった。
しばらくして大和が制服を着てやってきた。大和はフードやコーヒーを入れたり、表に出たりして二人のカバーを上手くしている。それに泉と一緒にいると、やはり女性たちがカメラを向ける。いい加減飽きてもらえないだろうかと泉はうんざりしていた。
やっと一段落ついて、席も空席が見えてきた。時計を見ると十三時。十三時三十分からトークショーが始まるらしい。だから客は階下に集中するのだ。
「すげぇな。この洗い物の山。」
大和は驚いて裏から出てきた。すると礼二は少し笑って言う。
「仕込みが足りそうにないですね。パウンドケーキはともかく、カップケーキははけてしまったし。」
「カップケーキは時間をおかなくて良いから、ちゃっと作れよ。表でも出来ねぇことは無いだろ?」
「はい。」
「阿川は休憩な。」
「え?」
カップや皿を持ってきた泉は驚いて大和を見る。
「だいたい片づけは終わってるなら、あとはこっちがする。店長は仕込みをしてもらって俺は表をするから。」
「えっと……三十分で戻ります。」
「ばーか。一時間って決まってんだろ?ちゃっと行ってこい。」
そういって少し笑った大和は、泉の背中を押すように階下に送り出す。噂では聞いていたが、確かに体に触れたり声をかけたりするのが多い。礼二とは恋人だが、店の中ではそんなことは関係ないので節度を守っているつもりだ。だが大和はその辺が緩い気がする。これでは誤解をされるのは当たり前かもしれない。
「赤塚さん。」
キッチンへ行こうとした礼二は大和に声をかけた。
「何だよ。」
「あまり誤解されるようなことは止めて欲しいんですけど。」
「……何?誤解って?」
スキンシップの度合いが緩い人もいる。だが潔癖な人はそうはいかない。忠告の意味を込めて礼二は大和に言ったのだ。
「確かに男同士のカップルに見えないこともない。だけど、その誤解に拍車をあなたはかけてると思います。」
「これくらい普通だろ?それともあんたと誤解されてねぇから、いらついてんのか?」
「そうかもしれませんね。」
隠さないな。大和はそう思いながらトレーにつまようじや紙ナプキンを乗せる。
「……あんたの方が年上だっけな。」
「そうですよ。」
「でも俺の方がたぶん経験値は上だし、あんたの自己満足で好きにされてる阿川よりも大事に出来ると思うけど。」
その言葉に礼二は思わずケトルを置いて、大和の方をみる。
「は?」
「言葉の通りだよ。お前よりも俺の方が大事に出来る自信がある。」
好きなのだ。それがわかって思わず詰め寄りそうになった。だが大和はにやっと笑うと、顎で淹れているコーヒーを指す。
「それもう外せ。」
ドリッパーをあわてて外して、カップを用意する。もうカップも残り少なくなった。
「提供が先だな。」
そういってつまようじや紙ナプキンを避けると、カップに淹れたコーヒーと伝票を手にフロアに戻っていった。
階下へ行くと、人でごった返していた。新刊を置いている棚が避けられ、そこにステージが作られている。その周りに人が集まっていたのだ。
まだステージには誰も居ないと言うのに、熱心なファンはなるべく前で作家たちをみたいと思っているのだろう。特に荒田夕は芸能人のような扱いだ。女性の姿も多い。
そう思いながら、泉はバックヤードに入っていった。バッグヤードはあまり広くないのに、関係者でごった返しているようにみえる。さっさとバッグだけもって外へ行ってしまおうと思ったときだった。
「泉。」
声をかけられて振り返ると、そこには倫子の姿があった。化粧を濃いめにして、襟刳りが広く開いた服からは入れ墨が見える。
「倫子。表もすごい人だよ。」
「私じゃないわ。そっち目当てでしょ?」
そういって奥にいる荒田夕をみた。荒田夕は相変わらずテレビの取材を受けているらしい。カメラの前で笑顔を振りまいていた。
「一時ですよ。小泉先生。」
座っている初老の男が声をかけた。その顔に泉は思わず声を上げた。
「池上雅也先生ですよね。ファンなんです。」
「あぁ。こんな若いお嬢さんに言われるのは悪い気はしないね。」
「あら、池上先生。私もファンだと言ったのに。」
すると池上と言われた男は苦笑いをする。
「かなわないな。小泉先生には。」
そのとき倫子の方にふわっと温かいモノが被さった。驚いて振り向くと、そこには春樹の姿がある。
「さすがにジャケットを羽織ってもらえますか。今日、人が多いんですよ。」
「店内って暖かいんでしょう?ライトも当たってるし。暑いと思うんですけど。」
「それでもですね……。」
この二人がつきあっていると誰が思うだろう。外では担当者と作家だというスタンスは変えないらしい。
自分も礼二とそう見えるのだろうか。泉は少し不安になった。
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